第二十四楽曲 第一節

 6月最初の日曜日。この日、古都とジミィ君は約束のデートである。10時に備糸駅で待ち合わせだが、ジミィ君は朝の9時より前から来ていた。張り切り過ぎである。

 周辺は10時から開店する店が多く、ジミィ君はただ突っ立って1時間以上駅の改札前で古都を待った。その間、服装はみすぼらしくないかとか、寝ぐせはないかとか、確認に余念がない。


 梅雨入り間近でジメジメと暑くなってきたが、幸いにもこの日は晴れている。ジミィ君はGパンに薄手のシャツといういで立ちだが、眼鏡をかけていること以外これといった特徴はない。ダサくはないが、無論、お洒落でもない。


「おーい! ジミィ君」


 10時少し前、改札を抜けて手を振るのは見た目麗しい少女、古都だ。清楚な柄のワンピース姿で薄く化粧を施していて、その笑顔が眩しい。髪型は低めの位置でのツインテールで、容姿はいいこのじゃじゃ馬姫はそれがなかなか破壊力を上げる。


「お、おはよう」


 古都がジミィ君の前に立つとジミィ君は一瞬だけ古都の目を見たものの、すぐに視線を下げて挨拶をする。古都の肩掛けバッグの金属チェーンが、彼女の控えめな胸を斜めに走っていた。


「おはよう。待った?」


 デートでは定番とも言える言葉の掛け合いに酔うジミィ君。憧れている美少女とのその応酬に胸が弾む。


「いや、全然」

「そっか、良かった。待たせちゃったら悪いなって思ったから」

「そんな。遅刻したわけでもないんだから気にするなよ」

「えへへん」


 その笑顔だけで今日は満足だ。顔を俯けながらも上目にしっかり古都の表情を捉えてジミィ君は思った。


「どこ連れてってくれるの?」

「えっと……雲雀は行きたいとことかある?」

「ある!」


 力強い言葉が返ってきて思わずジミィ君は気圧される。お伺いは立てたもののジミィ君自身、この日のプランは夜更かしして色々考えてきた。それでも古都に希望があるならそちらを優先する意向だ。


「都心に行きたい!」

「わかった。って言うか、雲雀って家がそっちの方向だからここでの待ち合わせは戻る方向だったな」

「気にしないで。電車の中で合流するより、こうして待ち合わせした方がデートっぽいでしょ?」


 そんなことを言われてクラクラするジミィ君。初っ端からこの調子で大丈夫だろうか。かなり浮かれ気分である。


 そんな感じでデートはスタートし、2人はIC乗車券をタッチしてホームに上がった。そしてやがて来た電車に乗ると都心に向かった。

 途中、地下鉄に連結して乗り換えなしに路線が変わる道中、隣に座る古都の肩が触れる度に強張るのはジミィ君だ。古都はそれを気にした様子もなくいつものとおり弾丸トークである。ジミィ君がそれに相槌を打って聞いている構図だ。


「都心って、どこか行きたいとこあったのか?」

「うん。夏物の服を見たかったし、雑貨屋さんにも行きたかったし、気になってる映画もあるの」


 すべて地元の備糸市内でもできることである。ジミィ君はまさか地元で自分と会っていることを隠したいのか……なんて卑屈な考えも過るが、勉強は一緒にしたのだしそれは違うはずだと言い聞かせる。


「あとね、映画館の近くにライブハウスがあるんだよ」

「あ、もしかしてライブに行きたいの?」

「そうなの!」


 肯定してジミィ君に振り返る古都の目は輝いている。電車は地下鉄に路線を移したところで、車内灯がその美少女を照らす。


「楽器屋さんも近くにあるから、エフェクターの種類も増やしたいなと思ってて」


 そこまで聞いて都心まで行く目的を理解したジミィ君は安心と共に、どんどんこのデートが楽しくなってきた。尤も最初から楽しんではいたし、始まったばかりなのだが。


「だからほら」

「ぶっ!」


 ――鼻血が出るかと思った。


「あはは」


 古都は無邪気に笑っている。古都はワンピースのスカートの下にデニムのショートパンツを穿いていて、スカートの裾を捲ってジミィ君に見せたのだ。

 一度興奮の絶頂に昇ったジミィ君は視線を更に下げると、確かに古都の足元も動きやすいようヒールの低い靴であることを確認した。ただ興奮が落ち着いたとは言え、古都のスラっとした生足は艶やかである。制服で見慣れているはずなのに。


 やがて電車は途中の駅に停まり、何人かの乗客が入れ替わった。ロングシートの端に座っている古都とジミィ君は入り口付近に位置している。すると1人の老婆が古都とジミィ君の前に立った。混雑はしていないが座席は空いていない。それを確認して古都は口を開いた。


「ここど――」

「ここどうぞ」


 古都が席を立とうとして正にその言葉を言いかけたその時、古都より先にサッと立ったのはジミィ君である。柔らかいジミィ君の表情に老婆は笑顔を見せた。


「ありがとうございます」


 ジミィ君と老婆が位置を変わると、ジミィ君は端に座る古都の前に立ち、古都の脇の手摺棒を握った。古都は自身を見下ろすジミィ君を見ながら笑顔を見せた。これに照れてしまったジミィ君は頬をポリポリかく。


 そこからは数駅で目的の駅に到着し、そのまま地下通路を通ってデパートに入った。


「ジミィ君は行きたいところないの?」

「ここ、大きな本屋があるからそこだけ寄らせてもらえれば」

「ふーん」


 すると楽しそうに目を細める古都。この女、何やら企んでいる。ジミィ君は身構えたが、古都はお構いなしに言葉を続ける。


「お金と時間はある?」

「ま、まぁ。それなりに」


 普段は勉強に一生懸命でたまに漫画や文庫本くらいにしか金銭を消費しないジミィ君なので、貯まった小遣いをそれなりに持ってきていた。加えて夜までかかるライブに付き合うだけの時間もある。


「よし。それならジミィ君をコーディネートしよう!」

「は!? ……え? ちょ!」


 戸惑うジミィ君に構うことなくスタスタと歩を進める古都。ジミィ君は慌てて古都を追った。


 やがて古都はエスカレーターを上がり、メンズファッションのフロアで足を止めた。そして辺りを見回してとある店舗の看板に目を留める。


「よし、あそこにしよう」

「ひ、雲雀……?」


 古都はジミィ君の言葉に耳を貸すことなく店の中に入った。そこはフォーマルな服が数多く並べられた店である。古都はすかさず店員を呼ぶ。


「すいませーん」

「はい。いらっしゃいませ」


 落ち着いたダーク色のパンツとシャツに身を包んだ男性店員は、首から提げたIDカードだけが店員であることを示している。


「この子をコーディネートしてください」

「はい。かしこまりました」

「ジミィ君。予算は」

「えっと……このくらい」


 この状況に観念したジミィ君は指を立てて予算を示す。店員はそれを把握して店内を連れ回した。それに一緒について歩く古都が言う。


「ぐふふ。男の子を着せ替え人形にするの初めて」


 口元に両手を当てて実に楽しそうに笑う。


「一回やってみたかったんだよねぇ」

「う……」


 慣れないデートに加えて普段はあまり積極ではない服の買い物で、しかも古都に遊ばれているジミィ君。思わず言葉に詰まるが、それでも古都が楽しそうにしているから本望だとも思っている。


 そして数十分後。着たまま購入して店を出たジミィ君の装いは新たになった。手に持つ紙袋は元着ていた服と靴が入っている。


「えへへん。格好良くなたじゃん」

「そ、そうかな……」


 古都の隣を歩きながら照れるジミィ君。慣れないフォーマルなカラーパンツにVネックの半袖シャツを着ている。足元は革靴だ。


「うんうん。お洒落さんとデートだ」


 憧れの古都が満面の笑みでベタ褒めするので、ジミィ君の顔は真っ赤だ。しかしそれで終わらないのが雲雀古都である。


「せっかくだから写真も撮っちゃおう」

「え……」


 この後古都がスマートフォンで2ショットの自撮りをしたのだが、寄るように腕を引かれたジミィ君が卒倒しそうになったのは言うまでもない。そして画面に収まったジミィ君はガチガチに緊張していた。


「ラインで送るね」

「あ、ありがとう……」


 ジミィ君は自身にとって一生の宝物となる2ショット画像を手に入れた。

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