第二十三楽曲 第一節
古都のアルバイトが休みの月曜日。放課後、古都は睦月と一緒に教室を出た。向かう先は家庭科室である。
「やけに楽しそうね」
「だってぇ、衣装作りってなんだかワクワクしない?」
「まぁ、わからなくはないけど」
道中、睦月は至って素の表情であるが、古都の表情は緩みっぱなしである。時々両手で頬を包む仕草も見せる。
「しかし、古都と一緒に歩くと注目を浴びるから窮屈ね」
「ん? そうかな?」
そうである。放課後に特別教室棟へ向かう古都の行動は珍しい。だから普段はすれ違わない生徒が多数いるわけで、元々その美貌から人気のあった古都は去年の学園祭で更に有名になり、彼女を見ることがあまりないその生徒が注目するのだ。
そんな視線を集めながら2人は家庭科室に到着した。睦月は4人掛けの広い作業台の椅子に通学鞄を置くと古都に言った。
「ちょっと準備してくるからそこで待ってて」
「うん、わかった」
答えた古都は睦月が荷物を置いた席とは対面の椅子に腰かけた。隣の席に通学鞄を置くと室内を見回す。
既に女子生徒が2人いて1人は窓際に並べられたミシン台で作業をしている。作業と言ってもこれから始めるにあたっての準備のようだ。もう1人の生徒は離れた場所の作業台で定規を使って線を引いているのだが、型紙のようだと古都は思った。
しばらくの間、古都にしては珍しくも大人しくその場で待っていると奥から睦月に呼ばれた。
「古都。こっちに来て」
「はーい」
返事と一緒に声の方向に顔を上げると、睦月は部屋の隅に据えられた衝立の内側から顔だけを出していた。それはステンレスのパイプが支柱となって布が張られた衝立で、古都はその中で採寸をするのだとすぐに理解した。
軽やかな足取りで古都が移動すると、衝立の中で睦月はメジャーテープを手に待っていた。そこは1坪ほどのスペースが確保されていて、隅に置かれた机にはノートが広げられている。衝立にはハンガーが2つかけられていた。
「ブラとパンツになって。キャミを着てるならそれも脱いでね」
淡々と言う睦月。古都はこの窓際のスペースから外を見てみる。北側に面したこの場所は日当たりが良くないのでそれほど明るくはない。そしてグラウンドも面しておらず植栽ばかりが見える。更に2階。外からの目は気にしなくていいようだと安心して服を脱いだ。
「ふふ。なかなか寂しいのね」
「うぅ……、むっちゃん酷いよぉ……」
珍しくも睦月が笑顔を見せたかと思うと古都の胸を見て貶すのだ。下着姿の古都はがっくりと肩を落とす。
「でもウェストは引き締まってるし、ヒップも程よい大きさ。胸がないだけでスタイルは綺麗よ」
そのない胸が古都にとってはコンプレックスなのだ。またもがっくりと肩を落としそうになるが、睦月が古都の肌にメジャーを当て始めたのでそれもできない。そして採寸をしては脇の机に広げられたノートにその数字を記していく。
――あぁ、そのノートに私の貧相な数字が残るのか。
そんなことを内心で嘆きながら古都は睦月の手元を眺めていた。
やがてすべての部位のサイズを測り終えると睦月がノートから視線を古都に向けた。その視線はどこか突き刺すようにも感じて古都は思わず身構える。
「古都?」
「な、なに?」
「本当に〇カップ?」
「ギクッ」
採寸をしていれば下着姿の古都の背後に回るのも自然にできることで、睦月はしたたかにも古都のブラジャーのタグで確認していた。
「わざと1サイズ上げてるでしょ?」
「ち、違うよ」
「じゃぁ正確に測ってあげるからブラも取りなさい」
「嫌だよ! 本当だって! ちょうど〇と〇の間くらいなんだもん!」
「問答無用」
「ぎゃぁぁぁぁあ!」
家庭科室に古都の悲鳴が響き渡った。
「確かに中間と言えば中間か」
「ぐすんっ。むっちゃん酷い……」
家庭科室の採寸スペースでトップまで晒してしまった古都。剥ぎ取られたブラジャーを着けながら半泣きである。
制服を着た古都はどっと疲れた様子で採寸スペースを出た。すると元いた2人の女子生徒が古都を見てクスクスと笑っていた。どうやら睦月を含めた3人でこの部の服飾の方は全員のようである。調理実習の方とは随分人数差があるのだなと思いながらも、古都はその視線が悲しかった。
この日アルバイトの予定がない古都は、すぐに下校しなくてはならない用事もないのでまだ学校に残った。そして家庭科室の次に出向いたのは美術室である。ガラッとノックをすることもなく美術室の扉を開ける古都。礼儀が成っていない。
「うおっ。あれって2年の雲雀じゃね?」
「きゃー、本当だ。可愛い」
中央に置かれたモニュメントに向かって放射状に椅子とキャンバスが据えられた美術室。そこにいた1人の男子生徒が反応すると、それに他の女子生徒が続いた。「2年の」という言い方と呼び捨てから3年生かなと古都は予想した。モニュメントに向いているのは学年バラバラの美術部員10人ほどである。
「古都!」
その美術室の中央とは違う窓際の方から名前を呼ばれた。古都がその方向に目を向けると、窓際の席にいた朱里が立ったところであった。そこには机も据えられている。古都は目当ての人物を見つけてパッと明るい表情を見せた。
「朱里、遊びに来ちゃった」
「うん。入って入って」
逆光を浴びた朱里が手招きをして古都を呼ぶ。古都は遠慮なくずかずかと美術室を進んだ。その時にモニュメントのデッサンをしていた部員の手は皆止まっていて、中央を迂回して歩く古都に注目する。
「先輩、あのめっちゃ可愛い人誰ですか?」
「2年の雲雀さん。バンドをやってる生徒よ」
まだ入学したばかりの1年生には古都を認識していない生徒も多い。ヒソヒソとした女子生徒同士の会話を古都の耳は捉える。この日確認できるこの部に男子生徒は2人だけで、他は女子生徒だ。
「絵のモデルになってくれないですかね?」
「頼んでみれば?」
「可愛すぎて声かけるの緊張します」
「何デレてんのよ?」
「だってぇ、セミヌードをお願いしたいんですもん」
床に着こうとした右足の膝が思わずカクンと折れそうになる古都。聞こえなかった振りをして笑顔のまま歩を進めた。
――まったく。どいつもこいつも貧相な体なのに剥こうとしやがって。
内心でそんな悪態を吐きながら古都は朱里の前まで到着した。するとすかさず朱里が隣の席の椅子を引く。
「ここ座って」
「うん、ありがとう」
「もうね、3つくらい案ができて、今ちょうど仕上げてたとこなの」
「へぇ、見てもいい?」
「うん。こっちの2つはできてる」
そう言って綺麗に着色までが施された2枚のルーズリーフを古都に手渡す朱里。古都はそれを食い入るように眺めた。
「すごぉい。めっちゃ可愛いじゃん」
「本当? 良かったぁ」
安堵したように笑みを零す朱里。童顔の彼女が笑顔になると無邪気に見える。衣装のデザインを楽しんでいるようで、それに古都は安堵する。
「採寸は終わったの?」
「はぁ……辱められたよ」
ため息とともにそう切り出して、古都は採寸が終わった旨とその時の状況を朱里に話した。辱められたと言いながら周囲の耳を気にしない女である。それを聞いて朱里はゲラゲラと笑う。
「大変だったねぇ」
「むむー。他人事かよ。――ていっ!」
「きゃっ!」
突然の朱里の悲鳴に美術部員が一斉に注目する。とは言え、今までこの2人の会話に耳は傾けていた。そして様子を見てみると案の定と思う生徒が大半で、古都は朱里のブレザーの中に手を突っ込んで、その掌を閉じたり開いたりしていた。朱里は身を捩って抵抗する。
「ちょ、止めっ……あっ……。騒いだら、みんなの、うぅんっ……邪魔になっちゃうから」
「あ、そっか。――ごめんなさい」
部員に向いてペコリと頭を下げる古都。男子部員は言わずもがな、女子部員までもがその光景に頬を赤く染め、それどころか羨むような表情さえも見せていた。朱里の表情は上気している。それを確認しながら体の向きを戻した古都は、不敵な笑みを浮かべて朱里の耳元で言うのだ。
「同士がいて心強いよ」
「もうっ! 古都のバカ」
そんなふざけた掛け合いを交わすものの、この後も古都はしばらく美術室に残り、朱里とデザインの打ち合わせを進めた。
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