第九章

第二十三楽曲 衣装

衣装のプロローグは大和が語る

 U-19ロックフェス地区大会翌週の金曜日、僕がプロデュースする4人の軽音女子は学校が終わってから制服姿のまま僕の店に集まった。地区大会後最初の定期練習だが、杏里の大学の授業の都合がついたため杏里も同席でまずはミーティングだ。


 前日の希の泰雅とのドラム練習は既にスタジオが予約してあったらしく、店は使わず今まで通り楽器店のスタジオでしたようだ。だから未だ杏里が泰雅と出くわしてはいないのだが、会ってしまったら杏里が取り乱さないか心配である。そして泰雅が関わっている事実を未だ杏里と、そして響輝にも言えていない。


「それじゃぁ、ミーティング始めるよー」

『はーい』


 その杏里の発声に元気よく返事をするダイヤモンドハーレムのメンバー。杏里主導のもとミーティングは始まる。


「まずは先週の地区大会お疲れ様。そして見事全国大会出場おめでとう」

「えへへん。ありがとう」


 杏里の労いにピースサインで満面の笑みを浮かべるのは古都だ。他のメンバーも一様に満足そうな表情を浮かべている。


「それで、全国大会は7月最後の日曜日だから、その辺りから武者修行の全国ツアーを開始するわよ」

「うおー! 楽しみー!」

「まだブッキングのオファーが出揃ってないからその話はまた追々ね」


 杏里とメンバーは本当に武者修行の全国ツアーをする気のようだ。長距離運転、それから高校生の経済事情で予算はうまく組めるのかなど、僕の不安は尽きない。すると古都が元気良く手を上げた。


「はい! はい! はーい!」

「なに?」

「前にちょっと話した衣装のことだけど」

「あぁ、古都と唯のクラスの子が作ってくれるって話?」

「そうそう」


 そう言えば、以前にそんな話をしていたなと思い出す。

 僕は彼女たちをプロデュースしていると言っても楽曲やステージでの技術的なこととか、活動の方向性を示すプロデューサーのため、正直ステージ衣装と聞いてもよくわからない。自分の現役時代はちょっと着崩した服装でステージに立っていたわけだし。


「来週の月曜日から、バイトが休みのメンバーが放課後に採寸するよ」

「もうデザインできたの?」


 いきなり採寸と言われて美和が疑問を口にする。端正な顔立ちの美和はずっとショートカットなのだが、こまめに美容院に通っているのだろうか? 僕がそんな明後日のことを考えていると、唯が美和の質問に答えた。


「まだなんだけどね、再来週だと中間テストが始まって部活停止になるから来週中に済ませようって話になったの」


 この日唯は長い黒髪をハーフアップにしていて、髪留めには僕がクリスマスにプレゼントした物を使っている。それが目に入る度、何だか嬉しくなる。他のメンバーも僕からの贈り物は大事に使っていると聞いているので買って良かったと思う。


「おっけー。わかった」


 美和が了承すると希もコクンと頷いた。幼顔で小顔の希が頷くとそのセミロングの髪で横顔が丸々隠れる。すると古都が説明を引き継いだ。


「私のクラスのむっちゃんを訪ねてね。家庭科部の服飾の方は家庭科室でやってるから」

「むっちゃんって誰よ?」


 古都がそのつぶらな瞳をキラキラに輝かせて言うのだが、その口から出たのがあだ名であるため希が素っ気なく質問を挟んだ。こういう時の希は怒っているのだろうかとも感じるが、これが彼女のスタンダードなのだともう理解している。


「森下睦月ちゃん。美和とのんは覚えてね」


 先ほども杏里から少し話が出たが、古都と唯、美和と希が今年は同じクラスなのだとか。先日長勢先生から久しぶりに電話がかかってきて今年のクラス編成の経緯を聞いたのだが、学園祭を騒がしたことがきっかけだと言うから僕自身立つ瀬がない。


 この後は特段大した議題もなく、結局僕は一言も言葉を発することなくこの日のミーティングは終了した。そして始まった練習を見ていて思う。元々技術が高かったとは言え、美和は更に腕を上げた。リフも速弾きも正確でリズムにブレがない。

 希は泰雅との練習の甲斐あって安定感が抜群だ。彼女のツインペダルは今やバンドの武器で、楽曲に疾走感を与えてくれる。

 唯は素直で飲み込みが早く音楽センスがいい。アクセントをしっかりわかっていて楽曲に厚みをもたらしてくれる。本番では顔を上げて笑顔で演奏できるようになったことも評価できる。

 そして古都である。希こそ泰雅とのタッグで化けたものだが、この1年を通して一番伸びたのは古都だろう。そもそも楽器経験がなかったのだからその伸び代が大きかったことは当然なのだが、それを理解していても目を見張るものがある。


 そんな風に彼女たちを見ていると僕も熱くなり、マイクを通して声を張るのだ。4人ともが伸びたからこそ求めるものがより厳しくなる。そうして熱中しているとあっという間に練習時間は過ぎて開店時間を迎えた。

 開店準備は杏里がしてくれたので助かる。僕はその杏里と一緒にカウンターの中に入り、続々とやってくるお客さんたちを迎える。そして金曜日のこの日、ダイヤモンドハーレムのメンバーはいつものように和気藹々とおっさんたちに囲まれるのだ。


「へー、札幌や仙台や博多にも行くんだ」


 これは美和の隣に座る食品加工工場の藤田さんの言葉である。話題は夏休みの武者修行のツアーだ。杏里とメンバーは「巡業」だなんて言うのだが、力士にでもなったつもりだろうか。まぁ、これは余談だ。僕は今、カウンターの中で藤田さんと美和の前にいて一緒に飲んでいる。


「ただ、どれくらいお金がかかるのか怖くて……」


 不安を零す美和はバンドの会計も担っている。今までのライブでの売り上げバックやメンバーからの集金などで少しだけ留保はできているようだが、それも大した額ではない。メンバーがアルバイトで稼いだそれぞれの貯金を持ち寄らなくてはならない。


「本当に予算大丈夫かよ……」


 僕も美和に便乗して不安を吐露してみる。すると美和が眉尻を垂らして僕に目を向ける。せっかくの端正な顔立ちが悲壮感に包まれているが、それでも可愛いからこのバンドはよくもここまで容姿に優れたメンバーが集まったなと、いつものように感心する。


「俺、全国の安い宿なら色々知ってるぞ?」

「え!?」

「本当ですか!?」


 藤田さんからの思わぬ発言に僕と美和は声を張った。店内はいつものようにロックが鳴り響き、おっさんと女子高生の楽しそうな会話がそのBGMに混ざっている。つまり僕たちの声もそれに紛れているわけだ。

 僕と美和の反応に気を良くしたのか、藤田さんが得意げな表情になって言う。


「俺、転職する前は旅行代理店で働いてたから」

「藤田さん、転職経験してたんですか?」


 それは知らない情報だったので思わず質問をした。藤田さんは手元のハイボールを一口煽ると言った。


「あぁ。土日休みじゃないのが嫌で辞めちゃったけどな」


 気まずそうに笑うのは、転職を誇れないと思っているからだろう。転職に対する価値観は人それぞれだと思うが、僕はバンドの解散で継がせてもらった店に職を得ているため、転職であろうと仕事に就いていれば立派な社会人だと尊敬できる。

 すると話を戻すように美和が食いついた。


「じゃぁ、藤田さん色々教えてください!」

「いいよ。それこそ安さを求めるなら民宿がいいかなぁ。――あ、そうだ。いっそのこと前の職場の同僚を紹介しようか?」

「旅行代理店のですか?」

「うん。民宿に詳しい奴がいるんだよ。俺ももう業界離れて数年になるし、現役の方がより詳しいだろうから」

「ぜひ! お願いします!」


 美和が満面の笑みを向けて頼るので、藤田さんはどんどん気を良くし更にはこんなことまで言う。


「任せろ。できるだけ安い宿で、手数料もあんま取るなって言っとくから」

「わぁ、嬉しいです。藤田さん、ありがとうございます」


 普段クールな美和だからここまで前のめりになるのも珍しいのだが、藤田さんはそれに鼻の下を伸ばしている。まったくもう――とも思うが、実際助かる話なのでここは素直に甘えようと思う。

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