第八章
第二十一楽曲 進級
進級のプロローグは大和が語る
学年末テストが終わり、やがて出た結果ではなんとか全員赤点を回避し無事進級できることになった。と言うかそもそも、進級に不安を抱かせないでほしいものである。無論、ダイヤモンドハーレムのじゃじゃ馬コンビのことだ。
そして終業式を終えたメンバーは昼過ぎから制服姿でゴッドロックカフェに集まった。それ以前に昼食を一緒に食べに行こうということで寝ていた僕は起こされたわけだが、それはいつもとは違い古都のインターフォン連打と着信攻撃ではなかった。
起こしたのは自宅の合鍵を使って入室してきた杏里であり、鳩尾へのダイビングだ。大学生の彼女はすでに長期休暇に入っている。そもそも、杏里にはもうカレシがいるのだからちょっとは弁えてほしいものである。
そして僕はメンバーと杏里から昼食を奢らされて今ゴッドロックカフェにいる。ホールの円卓2卓を6人で囲う、いつものミーティングの形態だ。この日は終業式だが土曜日で、夕方からは定期練習もある。
「それじゃぁ、ミーティング始めるよー」
『はーい』
杏里の呼びかけに軽やかに応じるメンバー。スポットライトは点けていない状態のホールで間接照明の光だけが視界を確保してくれるが、それは幾分薄暗いものの美少女たちを綺麗に浮き上がらせる。若干1名成人しているので美少女とは言えないが、身内ながら美人であるとは思う。
「目先の予定ではなんと言っても2週間後のU-19ロックフェスの各店予選。これは当然のことながらグランプリを取るわよ」
「オッケー」
古都が合いの手を入れるように同調する。他の皆も古都同様自信に満ちた表情をしているが、確かに彼女たちの今の演奏技術と楽曲なら大丈夫だろうと思う。
バンド結成から11カ月。彼女たちは技術と感性を驚くほど伸ばした。軽音楽経験者の美和は言わずもがな、楽器経験者の唯と希もさすがで、それどころか楽器すら未経験だった古都でさえ、今ではステージに立つにあたって恥ずかしくない演奏技術を持っている。
これもひとえに彼女たちの今までの努力の賜物だ。奔放な彼女たちではあるが、軽音楽に打ち込むその姿勢は真摯である。
「大和、予選の持ち時間では2曲しか
徐に杏里が問い掛けてくるのだが、そのことならもう僕の頭の中で考えはできている。
「古都と美和が作曲した中から1曲ずつ選ぶつもり。エントリーシートに演奏の予定曲を書き足さなきゃいけないだろ? そこの記載欄に作詞作曲者の名前を書かなきゃならんから、メンバーの名前を書けた方が印象もいいし」
「なるほどね」
杏里が納得した声を出すと、突然勢いよく古都が発言をした。
「それなら私が作った曲はヤマトがいい!」
「……」
古都が言う「ヤマト」とは唯一学園祭で演奏をした彼女の傑作曲のことを言っている。しかしタイトルが決まっていないので暫定的にそんな呼び方をしているのだ。作詞のテーマは聞いているのでそのネーミングは理解しているのだが、正直、勘弁してほしい。
その曲もすでに僕が
「あの曲はまだステージ発表しないよ」
「ぶー」
古都が不満げに頬を膨らませるが、掘り下げない様子を見ると僕がそう言うのだとわかっていたようだ。恐らくダメ元で言ったのだろうが、やっぱり完成して覚えてしまえばやりたくなる曲ということか。すると古都は杏里に向き直って言う。
「けど杏里さん?」
「どうしたの?」
「最近ブッキングのオファーも来てないし、それ以外のライブの予定ってないよね?」
「ふっふっふ」
古都が欲求不満を示すと、途端に不敵な笑いを浮かべる杏里。その笑いは僕にとって嫌な予感しかしないのだが。
「それなら心配しないで。ね? のん」
「うん。ブッキングなら2、3日前から順調に問い合わせが来てる」
「なんだと!」
古都が驚きつつも目を輝かせるのだが、その前にその情報は僕も初耳だ。そもそもホームページのデータを希の自宅のパソコンに移してから、この店でホームページを管理していない。それどころか問い合わせフォームのメールの転送も、この店のパソコンはその際に解除していてそのままだ。今では希と杏里が転送メールを受け取っている。
「北は仙台から南は博多まで」
「……」
はて? 希は何を言っているのだ? 古都と美和と唯も僕同様理解ができていないようでぽかんとしている。彼女たちの頭の上に浮かんだ疑問符が今にも視認できそうだ。一方杏里は誇らしげな笑みを浮かべていて、そんな場の様子に構うことなく彼女は続けるのだ。
「札幌にも声はかけてあるから問い合わせが来るといいわね」
「……」
杏里は一体何の話をしているのだろうか。札幌とか仙台とか博多とか理解が及ばない。するとその杏里が補足をする。
「ふっふっふ。大阪と横浜のライブハウスからも問い合わせが来てるわよ」
「は!? ライブハウス!?」
ここで驚いて僕は声を張ってしまった。よくよく考えれば今はブッキングが話題なのだからライブハウスだと言われて当たり前だ。しかしなんとなく、本当になんとなくだが、杏里と希の間で悍ましいスケジュールを調整しているのではないかと思った。そしてそれは見事に的中した。
「皆、バイト代は貯まってる?」
「まぁ、多少は……ですけど……」
未だ解せない様子の美和が杏里に答える。僕の表情はどんどん引き攣っていき、それが自覚できる。
「今年の夏休みはバイト全休にして」
「バイト全休!?」
「全国ツアーをやるわよ。武者修行のライブハウス巡業」
「うおー! ツアー!」
「……」
「各家庭にちゃんと説明をしておいてね」
いやいや、僕と美和と唯は口をあんぐりと開けたまま固まってしまっている。しかし古都はそんな様子に構うことなく目が輝いていた。それに得意げな表情の希からも張り切っている様子がわかる。しかしその前に……。
「ちょ、待って。て言うか、落ち着いて。杏里が引率をするのか?」
「学生の私にそんな責任重大な役が務まるわけないじゃん。大和に決まってんでしょ」
「いやいや、僕はみ――」
「店ならその間私が見るから」
「……」
開いた口が塞がらない。そもそもこれは本当に各家庭の理解が得られるのか? すると杏里が言葉を足す。
「大和には運転手もしてもらわなきゃだしね」
やはりか。長距離運転……これこそが悍ましい。高校生が貯めたアルバイト代で成されるツアーだ。予算が少ないことくらい目に見えている。だから人や機材の輸送費を抑えるためにすべて車での移動だ。それだけでも運転に自信のない杏里に引率は無理だとわかる。
「県内のライブハウスからも来てるけど、今回そこはそれ以外の時期に振ってもらうわ」
この県内のライブハウスはオファーさえあればいつでもできるから、ツアーからは外す意向か。……いや、そうじゃなくて。
「ちょっとそのプランは高校2年生の女子には無謀じゃないか?」
「何よ? せっかくクラソニ時代の人脈をフル活用して全国のライブハウスにアピールしまくったのに。私の努力を無駄にする気?」
なぜ僕が責められなきゃならんのだ。しかしそんな僕の葛藤に構うことなく杏里は話を進める。
「GWはU-19ロックフェスの地区大会に出るつもりでスケジュールを組んであるから。7月最後の日曜日は全国大会よ。それを込みで夏のツアースケジュールを組むわ」
「はーい」
元気に返事をするのは目がキラッキラに輝いた古都だけである。話が勝手に進み過ぎている。やはりここはもう一度待ったをかけよう。
「ちょっと待って。みんな保護者の承諾は大丈夫なのかよ?」
「お父さんに聞いてみますが、ちょっと自信ないです。けど、頑張って説得します」
言葉のとおり自信なさそうな唯だが、彼女は今までもそう言いながらお泊り会をなんだかんだと説得してきた実績がある。すると美和も言う。
「私もさすがにお母さんと相談します。自分としてはやりたいんですけど」
しかしあっけらかんとしているのは古都と希だ。2人とも文句は言わせないくらいの勢いで承諾させると言うのだ。希に至っては自分が計画に加担しておいて問答無用である。いや、加担したからこそか……。
とにかく未だ開いた口が塞がらないのだが、今回は春休みとGWと夏休みの予定の案が一気に議題となったミーティングであった。
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