第十九楽曲 年始

年始のプロローグは希が語る

 元日の明け方5時。メンバーを起こさないようにマナーモードにしてあった私のスマートフォンが、セットしたアラームによって振動した。確実に私だけが起きられるようにパンツの中に忍び込ませていたので、振動の刺激が強くてちょっと心臓が跳ねた。しかしおかげでちゃんと起きられたので文句は言うまい。

 大和さんの寝室はまだ暗く、常夜灯の光だけが視界を確保してくれる。カーテンは引かれているが、その先に明るさはないので外もまだ真っ暗なのだとわかる。私の隣で寝ている唯は可愛い寝顔を浮かべて寝息を立てていた。


 そっと布団から出ると正月の明け方の厳しい寒さが容赦なく私に襲い掛かる。私がベッドを向くとそこには横たわる人物が。そう、愛しの大和さん……だけではない!


「あんにゃろう……」


 私はメンバーを起こさないように自分だけが感じ取れる小声で毒吐いた。足元には今、美和も確認できた。彼女もまた可愛い寝顔を浮かべてぐっすり眠っている。

 そして私の視線の先、ベッドには大和さんだけがいるはずなのに、そこには2人の影が。大和さんは私たちに背を向けて、寒いのに窓に寄って眠っている。その大和さんの背中にはぴったりと張り付いた当バンドのじゃじゃ馬姫、古都。なんて羨ましいことをしているのだ、こいつは。


 私はそっとベッドに近づくと古都を抱き上げた。ドラムのために始めた体幹トレーニングのおかげで筋力はある。細身の古都なんて余裕でお姫様抱っこできるのだ。私は古都を彼女の本来の寝床である、美和の隣の布団に運んだ。

 そして空いたベッドの大和さんの隣のスペース。厳密に言うと大和さんは窓を向いているので大和さんの背中だが、背中も悪くないかと思っている。ここは私のためにあるスペースだ。ここに潜り込むために私は卑猥なアラームで早起きをしたのだ。


 私は古都をどかす時にすでにめくられた掛け布団の位置に自分の体を横たわらせる。そして掛け布団で自分の体を覆った。更に後ろから抱き着くように大和さんにぴったりとくっつく。大和さんも寝息を立ててぐっすりと眠っている。この場所がとても温かい。あまりの心地良さに私はすぐさま二度寝の夢の中に誘われた。


 次に目を覚ましたのは大和さんが寝返りを打った時だ。大和さんの動作で目が覚め、その動作に合わせてうまく大和さんの腕を私の頭の下に誘導した。そしてすかさず大和さんの反対側の腕を私の背中に誘導する。これで腕枕、且つ、抱きしめてもらえる体勢の完成だ。なんて癒される体勢だろうか。私は今、大和さんに包まれている。


「うおっ!」

「あぁん……」


 大和さんはものの数十秒で目を覚ました。すると途端に目を丸くして私から飛びのこうとしたのだが、私の頭の下の腕だけが残る。しかし密着とは言えない体勢になってしまった。まだ包まれたばかりだと言うのに。


「おはよう、ダーリン」


 大和さんがさぞ驚いているのでその緊張を解いてあげようと、私はできるだけ甘い声を意識して挨拶を投げかける。それでも大和さんの表情はまだ強張っているので、私は顎と唇を突き出してみた。


「おはようのちゅう」

「バ、バカ」


 大和さんは掛け布団を引っ手繰ると私を跨いでベッドを降りた。大和さんが無理やり腕を引き抜いたので耳が擦れてちょっと痛かった。そして途端に寒さが私を襲い、凍えた。大和さんはリビングに出たのでどうやらソファーで寝るようだ。


「ちぇ……」


 少しばかり落胆した私は、時計を見てみるとまだ朝の6時なのでもう一度寝ようと思う。メンバーは各々の布団でまだ眠っている。私は自分の布団から掛け布団を持ってくると、大和さんの温もりが残るベッドで再び眠った。


「ぬおぉぉぉ! のん!」


 次に私を起こしたのは当バンドのじゃじゃ馬姫、古都の怒鳴り声だ。鬱陶しいと思うが、こいつの声は怒鳴っていても綺麗なので、なんだか世の中不公平だと思う。


「なんてとこで寝てんの!」


 自分のことを棚に上げてよく言う。その朝の喧騒で美和と唯もそれぞれの布団から上体を起こすが、まだ眠そうに目を擦っている。時計を見ると朝の7時を過ぎていた。私たちダイヤモンドハーレムの元旦はこうして始まった。


 起床した私は美和と一緒に朝食の準備をする。家事力の低い古都と唯は布団の片づけだ。しかしキッチンでの美和の手際はいい。私ももっと頑張ろうか。美和に負けないように、大和さんへ女子力をアピールしたい。

 そして朝食ができてこたつをメンバー4人で囲う。大和さんは1人で食卓だが、足元に電気ヒーターが置かれているので寒さは大丈夫だろう。それよりも彼は凄く眠そうだ。あまりよく眠れなかったのだろうか。すると大和さんが食卓からこたつに向いて言う。


「あのな……寝床に潜り込むのは勘弁してくれ」

「なんで?」


 これは明らかに私へ向けた言葉だとわかったのだが、なぜそんな質問をするのか。大和さんの意図が今一わからない。


「いや、やっぱり男女で同じ寝床はまずいだろ?」

「大和さんとなら別に構わない」


 そう、私の想い人なんだから何も問題はない。もしあんなことやこんなことになってしまったら、流れに身を任せてしまおうか。私はいつでも待っているのだ。


「そうだよ、のん! もっと常識を弁えな!」


 む。古都に言われるとそれは何だかむかつく。それならば応戦してやる。


「自分のことを棚に上げてよく言う」

「なっ! 私は潔白だよ!」


 それまでずっとジト目を私に向けていた美和と唯の視線は古都にも向いた。どうやら古都の方が信用はされていないようなので、それならば畳みかけてやろう。


「なんであんた朝起きたら布団にいたの?」

「な、なんでって……」

「寝惚けてベッドから布団に移動したの?」

「それがさ、よくわからないんだよね。起きたら布団にいて、あれ? ってなった」

「……」

「……」

「あ……」


 ほらみろ、墓穴を掘りやがった。すると唖然とした大和さんが言う。


「えっと、つまり、当初は希じゃなくて古都がベッドに潜り込んでたってことか?」

「ん? え? あはは」


 笑って誤魔化す古都だが、それはこの場にいるみんなに認めたことを意味する。美和も唯もその視線が冷ややかだ。内心羨ましいのだろう。


「って言うか、のん! なんで知ってんのよ?」

「私がお姫様抱っこして古都を運んだから」

「キー! 私の寝床なのに!」


 ここからはただ古都がうるさいだけなので、割愛。すると美和と唯の冷ややかな視線は私に向いた。そして唯が言う。


「えっと、話を整理すると、私たちが起きた時に大和さんはソファーで寝てたから、つまり、古都ちゃんが最初に潜り込んで、大和さんはそれに気づかなくて、次にのんちゃんが潜り込んで、大和さんがそれに気づいてソファーに移動したってことなのかな?」

「そうね」

「のん、はしたないよ」


 美和に説教をされた。まぁ、唯もそういうことが言いたかったのだろう。雑魚寝の時は乗り気だったくせに2人きりの寝床となると照れるのか。それならば2人の本心だって引き出してやる。つまり応戦だ。


「羨ましいの?」

「なっ! ち、違うよ!」

「あわわわわ」


 2人とも狼狽えちゃって可愛いな。逆に堂々としている古都はキーキーうるさくてまったく可愛げがない。顔はこんなにも可愛いのに。とにかく今の相手は美和と唯だ。


「どうしたの? 2人ともそんなに慌てちゃって」

「あ、慌ててないわよ」


 明らかに声が動揺しているよ、美和。唯はオロオロし始めたし。


「興味ないの? 大和さんと添い寝」


 かぁぁぁ、とか、ぼんっ、とか、そんな音でも出てきそうなほど2人は顔を真っ赤にした。ふふん、勝った。


「ご馳走様。さ、着替えてこようっと」


 突然大和さんが淡々とそんなことを言って立ち上がった。その大和さんを目で追っていると、彼は食器を片付け、着替えるため寝室に入ったのだが、その時まったく表情がなかった。

 ちょっとやり過ぎたか。どうやら許容オーバーで大和さんは思考を閉じたようだ。まぁ、いい。これから大和さんと初詣デートだ。楽しもう。

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