第十八楽曲 第三節
大晦日のお泊り会の夜は更け、テレビは歌番組が放送されていた。当初バラエティー派と歌番組派でチャンネル争いが勃発したのだが、トランプゲームで勝負し、結局歌番組派が勝ったのだ。その番組を見ながら古都が言う。
「むむ……。私たちも絶対このステージに立とうね」
「そうだね」
それに対して美和がやる気に満ちた表情で答える。唯は微笑ましくそのやり取りを聞いていた。すると希が言う。
「そうね。3年以内」
「いいね! 3年以内!」
これに古都が賛同するのだが、思わず大和が釘を刺す。
「おいおい、高校卒業後、1年目までだぞ……」
それはつまり十代での達成を意味している。ただ、呆れているとは言っても、達成できればガールズバンドとしては快挙だなとも思うのだ。それを知ってか知らずか古都が言う。
「目標は高くだよ!」
「そうよ、チキン大和。大和さんから独立した後の私達のサクセスストーリーを、指を咥えながら見てなさい」
希の言う前半の部分に大和は幾分凹むが、後半部分は言葉の使い方が間違っていると苦笑いだ。ダイヤモンドハーレムはメジャーデビューに向けて大和が育成しているバンドでありライバルではない。だからその高みまで行きついた際には指を咥えるどころか、目を細めるか、興奮して声を大にして応援しているだろうと思うのだ。
「あ、雪だ」
すると唯が声を上げるので皆一斉に窓の方を向く。どうやらカーテンの隙間から見えたようで、それを聞いてすぐさま古都がカーテンを開ける。
窓の外には、都会とは言い切れない都市のわずかなネオンに照られた真っ白な雪が、漆黒の空から舞い降りていた。寒さは厳しいが、こうしてこの幻想的な光景を見られることに、この場の誰しも心が洗われるような気分になった。
「もっと上手くなって、たくさん経験積んで、絶対メジャーデビューしようね」
「うん」
窓の外を見て古都が言うので、誰の声ともわからない返事が古都の背中に返ってくる。それを食卓で見ていた大和だけが、その返事を古都以外の3人全員がしたものだと理解していた。
そして時間は流れ23時59分。夜食と称して少し前に茹でた年越しそばは皆平らげ、手元にその空いた丼だけが置かれている。
『3、2、1……明けましておめでとうございます!』
皆でカウントダウンをした。喪中につき大和はその言葉を口にしないが、しかし微笑まし気で、そして既に忌中ではないので翌朝の初詣は同行するつもりだ。ただ、ここ最近朝から動くことが多い大和はなかなかそれに慣れず、もう既に眠くなっていた。
「それじゃ、僕は先に寝るよ。布団は寝室のウォークインクローゼットに人数分あるから好きに敷いて」
『はーい。おやすみなさーい』
明るく就寝前の挨拶を投げかけてくれるメンバー。それに大和は気分を良くして玄関を出ると、女子たちがいる晩の寝床となっている店のステージ裏控え室に下りた。屋外階段を下りる時大和はその寒さに凍え、降りかかる雪に体を丸めた。
「くっくっく」
一方、大和の部屋では女子たちの不穏な笑い声が漏れる。
そして大和が部屋を出てから5分後。荒々しく屋外階段を駆け上がる音が部屋まで聞こえてきた。そうかと思うと次の瞬間、勢い良く玄関ドアが開かれ、すぐにリビングドアも開かれた。リビングの入り口で立ちつくすのは少しばかり雪を肩に載せた大和だ。
「どうしたの? 大和さん」
しれっとそんなことを言う古都。希は無表情だが、笑いを抑えられない美和と唯は顔を伏せて口を押さえている。そしてその堪えた笑いで肩を震わせている。
「布団……布団がない」
「え? 布団? 控室に置いてある大和さんの?」
「う、うん……」
『ぶっ、あはは』
とうとうここで美和と唯は噴き出してしまった。それにつられて古都も笑った。希はしてやったりの悪戯な笑みを浮かべている。ここで大和はこの4人の悪戯に気付いた。
「まさか、隠したのか?」
ステージ裏控え室の大和の布団は、大和が風呂に入っている間に2階に上げられていた。それに気づいて大和は今、血相を変えて駆け上がって来たのだ。もちろん犯人はメンバー4人である。
「ったく。また下ろさなきゃいけないじゃん」
恐らくクローゼットに片付けられているのだろうと予想した大和は、してやられたと少しばかりの悪態をつきながら寝室へ足を向ける。しかしすかさず希が言う。
「この雪の中、布団を下ろすの?」
その指摘に大和は固まってしまい、寝室のドアに向かっていた手は宙に浮いた。それを見てメンバーはまた笑うのだ。メンバーはまだ寝る様子がない。しかし自分はもう眠い。大和はメンバーに問い掛ける。
「えっと、今日の部屋割りは決まってるの?」
「ん? 大和さん次第だけど?」
「僕次第?」
古都の言葉の意味がわからない大和。彼の意向としては年頃の女子と同じ部屋で寝るわけにもいかないので、こうなってしまってはリビングか寝室のどちらかに4人がまとまって寝てくれればと思うのだ。4人分まとめて布団を敷くとなればリビングの方が有力か。
「大和さんが寝室で寝るなら4人とも寝室に布団を敷くし、リビングで寝るなら4人ともリビングに布団を敷くよ」
「は!?」
思わぬ回答に声を上げる大和。皆一様に楽しそうだ。そして古都が続ける。
「今日は5人でお泊り会だよ?」
「バ、バカ! そんなことできるわけないだろ!」
狼狽えて言う大和だが誰も気にした様子がない。大和はどういうつもりなのかと信じられない。
「いやさ、それはさすがにまずいよ」
「平気よ」
希、即答である。大和は一瞬唖然とするが、すぐさま思考を働かせて言葉を返す。
「いやいや、古都と希なら平気かもしれないけど、さすがに美和と唯は抵抗あるだろ?」
「私は平気ですよ? 初ライブの後にも一度皆で雑魚寝してますし、大和さんなら安心してますから」
美和の言葉にそれはどういう意味なのだと大和は思う。信頼されているのか、舐められているのか。あの時はそもそも酔っぱらって記憶がないのだと内心反論する。それでも自分を枕にされていたことは思い出す。すると唯まで言う。
「私も平気です。皆で同じ部屋で寝るのは楽しそうです」
「……」
完全に言葉を失ってしまった大和。同意者が一人もいない。まさか美和と唯までそんなことを言うとは思ってもいなかった。
結局この晩大和は、自分のベッドで窓を向き、寒いのにその窓に寄って布団を被った。もちろん眠れるはずもない。見えない鎖で自分の体を縛り付けるように丸まっていた。
一方女子達は、寝室の床に無理矢理布団を4組敷き、雑魚寝の如く狭いスペースで各々の掛け布団を被った。大和が自分だけリビングに布団を敷こうとすれば、女子が部屋を二手に分かれて布団を敷こうとする徹底ぶりだ。一切大和を逃がすつもりがない。
同じ目線で床に就くことができないと思った大和は渋々ベッドにいるわけで、完全に女子たちの思惑どおりである。大和は間違いを犯してはいけないと丸まりながら悟りに入った。逆に女子達は暗くなった寝室で大和とのお泊り会を存分に楽しんでいた。
「のんちゃん、今日は勝さん大丈夫だったの?」
「今朝、ご飯に下剤を盛っといたから今頃寝込んでるわ」
「うお。さすが、のん。やることがえげつないわぁ。因みに前から気になってたんだけど、のんって勝さんに家で襲われたりしないの?」
「それはないわ。スキンシップは気持ち悪いけど。私は純潔だし、キスもまだよ。そう言う古都は? 処女なのは知ってるけど」
「私もまだだよ。美和は?」
「え? それ私に振るの? まぁ、どっちもまだだけど……。唯は?」
「あわわわわ。ど、どっちも、まだ、だよ……」
「そうよね。唯が経験者だったらさすがにカルチャーショックを受けるわ。ところで皆は一人エッチするの? するならその時のおかずと頻度は?」
「かぁぁぁ」
「あわわわわ」
「うお。のん、ぶっこむねぇ」
――心頭滅却すれば火もまた涼し
いや、大和の窓際は涼しいどころか寒いはずだ。
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