第十八楽曲 年末
年末のプロローグは古都が語る
「ほわぁぁぁ」
「何やってんのよ?」
私がゴッドロックカフェのホールの円卓に頬ずりをしていると、冷めた目で問い掛けてくる杏里さん。年末のこの季節なので、屋内とは言えテーブルは冷たい。それでもそれを愛おしむように私はテーブルの表面を平泳ぎの如く腕で摩る。
「何ってぇ、やっぱりここは私達ダイヤモンドハーレムの家だからぁ。戻って来れてこの空間の全てが愛おしいなぁって」
「もう戻って来て1カ月以上経つでしょうが。全くいつもいつも」
いつもと言うなら何をしているかなんて質問は愚問ではないか。そんな愚痴を抱きながらも私は平泳ぎを止めない。お店の合鍵も戻って来てそれは大事にキーホルダーにぶら下がっている。
「ちょっと。いい加減ミーティング始めるわよ」
「はーい」
そう言われて私は上体を起こす。すると既にメンバーも大和さんも席に着いていて、ミーティングの開始を待っていた。どうやら私が開始の邪魔をしていたらしい。
今日は12月29日。冬休み中の私達は私服姿でゴッドロックカフェに集まり、今しがた定期練習を終えたところだ。先月の学園祭前の約3週間。この店での演奏から離れて、学園祭を経て戻って来られて、この場所のありがたみがより身に染みている。愛着もひとしおだ。
「今年の練習は今日までだから皆お疲れ様」
『お疲れ様です』
「へ? そうなの? 明日は?」
杏里さんの言葉に場の誰もが疑問を抱かない。明日は土曜日なんだから定期練習があるではないかと私は思った。しかしその疑問を口にした途端、全員揃って冷めた目を向けてくる。
「30日から4日まで店は年末年始休暇だって前に言ったでしょうが」
呆れたように杏里さんが言うのだが、はて?
「店が休みなのは聞いてたけど、練習も休みなの?」
「まったく、まぁた人の話を聞いてない。店が長期休暇に入って大掃除もするから、練習も休みよ。次は年明けの最初の金曜日、5日から。営業も週末に合わせてその日から」
なるほど、そういうことか。了解した。杏里さんは解せた私の反応を見て次の話に移ろうとするが、そこへ唯が質問をした。
「そう言えば、お店の大掃除って誰がいつするんですか?」
「明日、僕と杏里でやるよ」
「2人だけでこの広さをですか?」
大和さんの回答に目を丸くする唯。確かに、2人でやるには広すぎる気がする。これは骨が折れそうだ。
「まぁ、しょうがないよ。去年までは爺ちゃんの手伝いで僕と杏里が入って3人だったけど、今年からは2人かな」
「それなら私手伝いに来ますよ? いつもお世話になってる場所なので」
「本当? それは助かる」
むむ。唯ができる子アピールをしている。するとすかさずのんも「私も手伝いに来る」と言う。しまった出遅れたかもしれないが、私も言わなくては。
「私も大掃除に来るよ。……あれ? 美和は?」
思い出して美和に質問を向けたのだが、こういう話っていつもなら家事力の高い美和が率先してしそうなのだけど、どうしたのだろう? 美和は難しそうな顔をしている。
「実は……。私、明日練習が休みだから昼のシフトでバイトを入れちゃって……。年末で人が足りないからどうしてもって店長にお願いされたの」
それは仕方ないね。個人経営の唯の喫茶店と、書店ののんは年末年始が営業していないから、この2人は自然とアルバイトが休みになるのだろう。けどコンビニの美和と、私のファミリーレストランはフランチャイズなので営業だ。
おかげで私もいつもなら休みの月曜日に、どうしても人が足りないってお願いされて、元日にも関わらずシフトを入れられたし。年末は練習があると思っていたからそのお願いから逃げたけど。
すると大和さんが実に優しい表情で美和にフォローを入れる。
「それはしょうがないよ。強制じゃないから気にしないで」
「私もちゃんとみんなと一緒に大掃除したかったです……」
そこまで悲しそうな顔をしなくてもいいのに。よほど大掃除に参加したかったのだろう、とても美和が落胆している。大掃除だから普通に考えればあまり進んでやりたいものではないけど、確かにお世話になっている愛着ある場所だし、やっぱりみんなの輪を外れるのが寂しいのかな。気持ちはわかる。するとそれを見かねた杏里さんが妥協案を示した。
「美和、大晦日の予定は?」
「大晦日は何も入れてないです」
「他のみんなは?」
全員一致で首を横に振る。みんな案外暇人なんだなと思うが、つまり私も一緒だ。
「じゃぁさ、大和。店の大掃除は31日にして、明日は2人で2階の部屋の掃除しようか?」
「あ、そうだね。それなら大晦日にみんなで店の掃除ができるね。皆どう?」
『さんせー』
全会一致で決定。これで美和の表情も晴れた。するとのんが何か閃いたようで「そうだ」と言う。
「今年の年越しは大和さんの家でする」
「は?」
「もう決定よ。お泊り会。翌朝、一緒に初詣デートしましょう?」
なんと。こいつはまたお泊り会の提案だ。と言うか、初詣デートだと? それは聞き捨てならない。私は物申す。
「私もそうする!」
「マジかよ?」
まぁ、物申すって言うか、賛同なんだけどね。クリスマス会の時に大和さんがしっかりこの冬用に人数分の布団も揃えてくれていて、お泊り会もしやすくなったからね。大和さんも遠慮しないで2階で寝ればいいのにと思うが、合宿の時みたいに律儀にお店の控室に布団を敷いて寝たのだ。
するとすかさず美和も「私も」って入って来た。うん、これはいつもの流れだ。
「あぁぁぁ、お父さんに聞いてみます。先週もお泊り会してるから、許してもらえる自信があんまりないです」
唯はこの調子だ。確かに一番家庭が厳しいのは唯だから、2週続けてとなると難しいか。しかしここでバッサリと切り捨てるのがのんである。
「唯は残念だったわね。戦線離脱」
「えー、酷いよ……。最初に大掃除の参加を言ったの私なのに。絶対お父さんにうんって言わせるもん」
珍しく唯が強気に言葉を返すが、まぁ、大和さんのことが絡むと彼女も譲れないのだろう。あ……でも私も翌元日は夕方からアルバイトだ。するとその大和さんが呆れ顔で言う。
「あのさ……、僕の都合も聞いてよ」
「大和さんの予定なら問題ないわ。もう決定よ」
相変わらずのんが有無を言わせないものだから、大和さんは溜息を吐いて「わかったよ」と承諾するのだ。て言うか、まずのんの方こそ勝さんの手綱をしっかり握れよ。さすがにもう押し掛けさせるなよ。
「杏里さんは?」
ここで私は杏里さんに問いかけた。すると杏里さんは得意げな表情で答える。
「あたしは大掃除が終わったら帰るわよ。夜はカレシと年越しデートだから」
「ふーん」
だそうだ。
「……」
「……」
「……」
「なんだと!」
「え!? 杏里さん、彼氏いたんですか?」
「あわわわわ。ど、どんな人ですか?」
「初耳よ。て言うか、誰?」
テーブルに身を乗り出すダイヤモンドハーレムのメンバー。それにしても、なんだ? どうした? 杏里さんが、いつもはあの凛とした杏里さんが、デレている。それを大和さんは隣で微笑ましく見ているし。
「ささ、ミーティングの続き」
大和さんだけそんなことを言っているが、私達女子高生はこの手の話が好きだ。大和さんを無視して杏里さんに質問攻めをする。しかしそれをデレた顔のまま全て躱す杏里さん。一切何も答えてくれない。なんだよ、この幸せそうな顔は。て言うか、大和さんはもちろん知っているな。杏里さんが答えてくれないなら、後で大和さんを問い詰めてやる。
あ、それで、結局ミーティングの内容はと言うと。とりあえず、ライブの予定もなければ、今のところブッキングのオファーも来ていないので、年明け5日からの練習に励もうということになった。
――と思っていたらのんが一枚のチラシを差し出した。
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