第十七楽曲 第三節
日曜日のため定休日のゴッドロックカフェ。そこにこの日のライブを終えた大和とダイヤモンドハーレムのメンバーが帰って来た。外は既に日が沈み、寒さは増すばかりである。尤も、店内は屋外を視認できる窓がないためあまりその様子は関係ないが、それでも作動させたばかりの空調はまだ行き渡らないので、皆一様に防寒着を脱げない。
ライブの時、古都と唯は大和のコレクションの中から、グレードの高いギターとベースをそれぞれ借りて使っている。2人はせっせとそれを片付ける。希は自身のスネアとツインペダルをゴッドロックカフェのドラムセットにセッティングする。大和がプロデューサーに戻ったことで帰って来た、ダイヤモンドハーレムの演奏場だ。
美和は自身の楽器をステージに上げるだけなので、大和と一緒に帰りの道中で買ってきたオードブルをホールの円卓に並べる。その量はなかなかで、コンビニ袋に入ったジュースやお茶も多数だ。
今からここでクリスマスパーティーである。メンバーの表情は一様に綻んでいて、準備段階から楽しそうだ。
「杏里さんって、もしかしてデート……だったり?」
食事、ドリンク、紙皿、紙コップを並べながら美和が大和に問う。ギクッと大和は一瞬動揺したが、それを悟られないように平静を装って答えた。
「さぁ? どうなんだろ。杏里とは色恋とか話さないし、もしかしたら大学の友達と集まってるだけかもしれないし」
特に杏里から響輝に対する好意を秘密にしろと言われたことはない。しかし響輝本人には隠しているというか、なかなか自分からは言えない杏里だから、他人に勝手にしゃべってしまって、万が一制裁を与えられた時恐ろしいので大和は自主規制を強いている。
そして思い出されるのは、杏里に代わってこの夜を大和が響輝にお誘いした出来事。なんで自分が……と内心で文句を垂れながらも、定番となっている営業後に響輝が居座った日に声をかけたのだ。
「響輝ってイブの夜の予定は?」
閉店後までカウンター席で飲み続ける響輝に、大和はカウンターの中で片づけをしながら問い掛ける。大和にそんなことを聞かれると思っていなかった響輝は一瞬きょとんとするが、素直に答えた。
「特に何もない」
「じゃぁさ、杏里でも誘ってくれない?」
「は? 杏里?」
「うん。どうも大学や高校時代の仲のいい友達がみんな彼氏いるみたいで、今年は1人だって寂しがってたんだ。僕はメンバーとクリパやる予定になってるから相手できないし」
大学や高校時代の友達の件は嘘である。しかし響輝はそれに疑うことなく続けた。
「俺は別にいいんだけど、大和はいいのか?」
「は? 僕?」
自分を気にした質問が返ってくるとは思っていなかった大和は驚いた。その様子を見ながら響輝は続ける。
「いやさ、お前らが兄妹同然に育ってきたのは聞いて知ってるし、言わば兄目線で妹とツレが特別仲良くすることに複雑な気持ちにならなかのかなぁと思って」
そう言って手元のグラスを傾ける響輝。大和はここで1つの疑念を抱いた。
――もしかして響輝は今までずっと僕に遠慮してた?
まさか響輝も満更ではないのではないだろうかと思った。もしそうなら杏里にとっては喜ばしい話だ。
「僕はそんなこと気にしないよ。むしろ杏里と響輝が個人的にでも仲良くしてくれるのなら嬉しいくらい」
「なんだ、そうか。それなら誘ってみるわ」
響輝は明るい表情でまたグラスを傾けた。その手を目で追いながら大和の頬が少しだけ緩んだ。
それを思い出しながら美和と一緒に料理を並べる大和。更に思い出されるのは先程スマートフォンに届いた杏里からのメッセージ。
『響輝がね! 響輝がね! 明日有給取ってくれてたの! 今日は帰らない! 大和の部屋にお泊りってお父さんに連絡したから、口裏合わせよろしく〈ハートの絵文字×3〉』
思わず苦笑いが漏れる大和。杏里の興奮した様子が手に取るようにわかった。
「どうしたんですか? ニヤニヤして」
「あ、いや……」
美和に指摘されたので大和は慌てて表情を戻した。
やがて準備が整い、大和とダイヤモンドハーレムのクリスマスパーティーが始まった。
『かんぱーい』
賑やかに始まったクリスマスパーティー。大和のみアルコールで、女子達はソフトドリンクだ。大和は脇の椅子に置いてあった紙袋を取り出す。
「えっとね、皆にプレゼント用意したんだ」
『わぁぁぁ』
もしかしたらもらえるかもしれないくらいの期待は抱いていたメンバー。実際に大和からプレゼントをもらえると知って一気に表情が綻ぶ。
「はい、美和」
「わ、ありがとうございます。開けていいですか?」
「うん、どうぞ」
すぐさま開けた美和は一度興奮の余り表情を崩すが、すぐに恐縮した。
「こんなブランド物の財布。いいんですか?」
「うん。日頃の感謝の気持ちだから受け取って」
「嬉しい。ありがとうございます」
「これは唯ね」
「あ、ありがとうございます」
唯もすぐさまラッピングを解き、それを古都と希が横から覗き込む。
「わぁ、綺麗」
唯は中から出てきた髪留めやシュシュやヘアピンの詰め合わせに目を輝かせる。自分の番はまだかまだかとその時を待っている古都と希。すると古都が言った。
「大和さん、もしかして皆に違うものを用意してくれたの?」
「うん、そうだけど?」
当たり前のように答える大和だが、メンバーはそれが嬉しかった。物によって金額の差が出たことは否定しきれないが、それを理解しつつも4人同じものではなく、自分のことを考えて一つ一つ選んでくれたことに喜びを感じる。
「はい、希」
「ありがとう」
希は定期入れだ。バス通学の希だが、ゴッドロックカフェまでは電車で来るため、バスと電車のICカードを2枚持っている。そのため磁気ガードされた両面使えるタイプである。
「これは古都ね」
「ありがとう、大和さん」
古都は満面の笑みで謝意を口にする。古都はシャープペンとボールペンのセットだ。作詞をする古都のことを考えてのプレゼントである。全員ハイブランドだ。とは言え、質よりも大和からクリスマスプレゼントをもらったことが皆嬉しかった。
この後、メンバーも各々プレゼントを用意していたのでプレゼント交換をした。それは賑やかで実に和やかな席となった。するとそれを引き裂くように……。
ドンドンドン
裏口のドアを叩く激しい音。それでもホールまで遠いし、場が賑やかなので誰も気づかない。
ブゥゥゥゥゥ……
振動する希のスマートフォン。しかしバッグにマナーモードで入れっぱなしの希は気づかない。もちろん他の誰も気づかない。しかし……。
ピロリロリ♪ ピロリロリ♪
次にマナーモードではない大和のスマートフォンが鳴った。さすがにこれは全員が気づいた。それは着信で、発信者の表示を見て大和の表情が固まった。その様子を見て古都が問う。
「どうしたの? 誰から?」
「あはは」
大和は乾いた笑みを浮かべて希を見る。フライドチキンを咥えたままの希は一瞬固まった後、それを噛み千切ってバッグから自分のスマートフォンを出した。
「……」
言葉を失う希。同一人物からの着信の数5件。未だ大和のスマートフォンは鳴り続けている。
「はぁ……」
希が大きくため息を吐くので大和は言った。
「仲間外れにするのもかわいそうだしね……」
「そうね……。私が行って来る」
どうせ裏口の前にいるだろうと予想して希は席を立った。希がいなくなったホールでは他のメンバー3人が察した。そして古都が苦笑いで言う。
「もしかして勝さん?」
「正解」
程なくして裏口から入った勝が勢い良くホールに飛んで来て大和に噛み付く。
「大和! なんで希を攫っていくだ!」
「いや、攫ったなんて人聞きの悪い」
「希は今まで毎年俺とイブをイチャイチャ過ごしてたんだぞ!」
「お兄ちゃん、その誤解を与える言い方止めて」
すかさず希が割って入るが、勝の勢いは止まらない。
「ライブからなかなか帰って来ないから母さんに聞いたら、今日は泊まりだって言うじゃないか! どうせここだと思ったよ! まさか一緒に寝るつもりじゃないだろうな!?」
勝は店の常連客と一緒にこの日のライブを観ていた。しかし行動はメンバーと別なので家で希の帰りを待っていたのだ。
「寝るのは1階と2階で分かれるわよ。お兄ちゃん、パパより口うるさい」
「う……。それより希は今日、連れて帰るからな!」
「嫌よ」
勝は大和に話しかけているが、答えているのは希だ。大和と他のメンバーは苦笑いである。
「じゃぁ、俺も今日泊まる」
「バカ言わないで! 明日仕事でしょ?」
以下、割愛。
この後幾らかの押し問答を経て、結局勝は希に言いくるめられてこの晩は帰った。とは言え、パーティーは参加したのでより賑やかになった。こうして聖夜は更けていった。
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