第十七楽曲 第二節

 迎えた12月24日。県内政令指定都市の大通り公園に設置されたステージ裏の、控え室となっているテント。大和と4人の軽音女子はスポーツタイプのベンチコートを羽織って待機していた。メンバーはヒーターに手をかざして暖をとったり、カイロで手を暖めたりと出番を前に指先のケアに余念がない。


「こんにちは! 大和さん!」


 そこへ元気良く大和に挨拶を向ける1人の青年。パイプ椅子に座っていた大和がその声に顔を上げると、彼のことを思い出して柔らかい表情になった。


「あ、確か……、メガパンクのカズ君だっけ? こんにちは」

「覚えてくれてたんですね! 感激っす!」


 目を輝かせるのはメガパンクというバンドのベーシスト・カズ。大和がダイヤモンドハーレムのメンバーの買い物に付き合った9月、その後のライブハウスで会ったバンドだ。メガパンクもまた、この日のクリスマスライブの出演者である。


「君達も今日出演?」

「そうっす。次なんで是非観てください!」

「そっか、次なんだ。知らなかった。是非観させてもらうよ」

「出演者リスト、ラインで送ったじゃない。ちゃんと確認しろ、バカ大和」


 大和の背後から聞こえるのは現場マネージャーでもある希の声だ。相変わらず辛らつである。いや、大和が一度プロデューサーを降りてからその具合が増した。大和は苦笑いを浮かべながらカズとの話を続ける。


「結構盛んに活動してるんだね?」

「はい。と言っても、8割型地元のここら辺ですけど」

「そうなんだ」

「そうだ! 今度インディーズデビューすることになったんですよ!」

「へぇ! おめでとう」


 大和に労ってもらってご満悦のカズは鞄から1枚のCDを取り出す。そしてそれを大和に手渡した。


「これ、来週発売なんですけど、良かったらどうぞ」

「お、ありがとう」


 大和はポケットから財布を取り出すと開いた。しかしすぐに手と声でそれを制される。


「いやいや、お金はいいです。憧れの大和さんに聴いてほしいこっちの都合なんで」

「だめだよ。インディーズだってこれからは立派なプロなんだから。しっかりお金は納めな」


 そう言うと大和はジャケットに表示されていた金額をカズに差し出した。カズは大和に諭されて、恐縮しながらも嬉しそうにその金銭を受け取った。


「ありがとうございます。じゃぁ、俺達これから出番なんで」

「うん、頑張って」


 思い返してみる。大和が彼らメガパンクのステージを観た日のことを。

 まだ3カ月前のことではあるが、ここ地元ではそれなりに知名度があって、ステージは盛り上がっていた。曲も腕も申し分なかった。その彼らのステージをまた観ることができるのかと、少しばかり高揚する。


 程なくしてメガパンクはステージに上がった。大和は客席からの視界に入らないステージ袖で彼らの姿を見守った。


 やがて演奏が始まると大和の表情は真剣になった。音圧が強風になって自身に向かって来たかのように感じ、その音楽は攻撃的だ。ポップでメロディアスだが、アレンジはハードで、それはダイヤモンドハーレムよりもヘビーなサウンドである。

 客席のオーディエンスは、真冬の屋外の寒さを感じていないのではないかと思えるほど熱く盛り上がっている。その口から漏れる白い吐息は空気の冷たさではなく、演出スモークかと錯覚するほどだ。

 そして何より、たったの3カ月。前回観た時からたったの3カ月だ。彼らはしっかりとその演奏技術を伸ばしていた。また、前回聴いていない曲も耳にして、そのクオリティーの高さに驚いた。


「凄いですね……」


 大和がその言葉に振り向くと大和の隣に唯が立っていた。いつの間に彼女はそこにいたのか、大和はそれに気づかないほどステージに見入っていた。


「うん。寒いのにこっちに来たんだね」

「あぁ、はい。大和さんに憧れてるっていうベーシストの人ですから気になっちゃって」


 どうやら同じベーシストとしての勤勉さと、その騒ぐ血が唯を動かしたようだ。唯はカズのパフォーマンスと、彼が提げたベース、ミュージックマンのスティングレイを真剣な表情で見た。大和は唯と一緒に横からそのステージを見守った。


 そしてメガパンクのステージが終わると大和は唯と一緒に控え室のテントに戻った。


「あ、どうだった?」


 そこへ古都と希が2人を迎え入れる。唯は古都からの質問にやや興奮気味で凄かったと感想を伝える。メガパンクのパフォーマンスによほど感心していたのか、唯にしては珍しく饒舌だ。大和も感心したのは同じなので、唯の様子が理解できる。

 すると控え室のテントに2人の男女が入って来た。いや、当初はここにいた人物だから戻って来たと言うべきか。それは美和と主催者のバンドであるブラックベアーのボーカル・ヨシであった。


「あれ? どこに行ってたの?」


 ダイヤモンドハーレムの輪に戻って来た美和にすかさず古都が問い掛ける。


「ん? あぁ、お手洗い」

「……」

「な、何よ?」


 古都がジト目を向けるものだから美和が一歩引く。どういう意図の視線だと美和が怪訝な表情をするので、古都はその意図を口にした。


「男と2人でツレション?」

「なんちゅう言い方を……。ちょっとそこで会ったから一緒に戻って来ただけよ」

「それにしては長かったね。大き……おふっ」


 美和の右ストレートが古都の鳩尾に入るので、古都の腰はくノ字に折れて彼女は咽た。


「違うよ!」

「違ったか。しかし乱暴だなぁ。イライラしちゃって……あ! せいり……おふっ」


 今度は美和のミドルキックが古都の脇腹に入った。変換する間もなくまたもくノ字に折れて咽る古都。

 以前ブラックベアーと対バンした際はナンパな感じであったし、唯の演奏を小バカにされたことがあるので、仲良くしている様子が古都は意外なのだ。一方、古都と美和を見て大和が呆れ顔で言う。


「おいおい。本番前に怪我させるなよ」

「はーい。……大和さん、ちょっと」

「ん?」


 美和が大和をテントの隅に引っ張るので、大和は何事かと思いながらも素直に美和についていく。他のメンバーは抜け駆けかと疑い、それをキリッとした目で追う。場所を変えた美和は周囲に声が聞こえないように小声で話し始めた。


「あの……」

「どうした?」

「えっとですね。結構しつこく個人的に連絡先を聞かれるんです」

「あ、そうなの……」


 大和は察した。つまりナンパの類だと理解し、美和はそれに困惑しているのだ。その相手が美和と一緒に入って来たブラックベアーのヨシであることもすぐにわかった。


「メンバー用のツイッターは相互フォローしてるからDMでのやり取りも今まで少しあったんです。けど今日になって電話番号やラインも聞かれるんです。まだ教えてないんですけど、どうしたらいいですかね?」


 美和が困っているのは、相手が交流バンドだからあまりないがしろな対応はできないからだ。しかし個人的な付き合いとなるとそれは戸惑うし、引いてしまう気持ちもある。どこまで距離を詰めていいのかわからず、だから大和に相談したのだ。


「うーん……。一番は美和がどうしたいのかだけど、僕に相談したってことは、美和はそれほど前向きじゃないと思うし、嫌だと思うなら止めておけばいいんじゃないかな?」

「そう……ですよね!」


 本音でははっきりと「連絡先の交換はダメ」と大和に言ってほしかったのだが、それでもここまで大和から言葉を引き出せたので、答えながらにしてその途中で残念な気持ちが喜びに変わった。


「うん、自分の気持ちを大事にな」


 それに対して大和は穏やかな笑顔で美和を元気付けた。その気持ちは大和に向いているのだが。それでも美和の表情は晴れて、メンバーの輪に戻った。


 この後、ダイヤモンドハーレムの出番になり彼女達はステージへ上がった。そしてこの寒さを吹き飛ばすほどの綺麗な古都の声と、それを乗せる4人のサウンドが、聖夜を控えた都会の空に舞った。


 学園祭以来のステージであり、大和はそれをステージ袖から目を細めて見守った。彼女達のステージを観ているとなんだか元気をもらえる。早く杏里と響輝にも見せてあげたいと願う。

 ロックは人を変える力がある。人を元気にする力がある。まだ後遺症が克服できない2人を、ダイヤモンドハーレムと自分が作る音楽で前向きにできたらと願った。

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