第十六楽曲 第一節
大和と喧嘩別れをした4人の軽音女子。彼女たちはその週明けの火曜日、昼休みに軽音楽部の元部室に集まることになっていた。昨日から昼食後に開催しているミーティングだ。まず元部室に到着したのは美和と唯である。
「古都ちゃんとのんちゃん、大丈夫かなぁ……」
「ま、まぁ、あの2人なら平気でしょ」
元部室に置かれた樹脂製のボール籠。その中の野球の硬式ボールを磨きながら唯が不安げな声を出す。それを問題ないと元気づけようとする美和だが、その笑顔は引きつっていた。その美和も手を動かしボールを磨いている。
「おっ待たせー!」
そこへ元気よく元部室のドアを開けたのは古都だ。その後ろに希もついてくる。2人とも短いスカートの下に、体操着のハーフパンツを履いている。希はブレザーの胸元を締めるような仕草だ。2人の入室を確認して美和が問う。
「どうだった?」
「バッチリ! 譲ってもらったよ!」
得意げに答える古都の、その笑顔は満面だ。すると希が胸元に手を当てたまま言う。
「胸元がスースーする。乳首も擦れてこしょばいし」
「は……」
「え……」
希の発言に言葉を失う美和と唯。それを古都は苦笑いで誤魔化す。そして絞り出すように美和が聞いた。
「えっと、パンツだけじゃないの?」
「あはは。のんが大きいからブラも欲しいって注文がきちゃって。それで何故か私までそういう流れになって。あはは。私達今ノーブラでーす」
美和は頭を抱えた。唯は若干パニックでオロオロしている。しかし意に介した様子がない希が続ける。
「スカートの中もスースーするし。それでもハーフパンツ履くまではもっと開放的だったから今はもう大丈夫よ」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「まぁ、美和の心配もわかるわ。これで私と古都のブラとパンツは格好のオナネタね」
「はぁ……」
深いため息を吐いた美和。今ノーブラ、ノーパンの古都と希を直視できない。
昨日の昼休みに生徒会主導で有志発表の抽選があった。ダイヤモンドハーレムは保険としてエントリーしていた。夏休みのトラブルによって印象が良くないため推薦は通らなかったが、そうは言っても疑いの域を出ないため一般募集の抽選まで拒否されることはなかったのだ。しかしその抽選に残念ながら漏れてしまった。
抽選会後、出席していた古都が当選者のリストをこの元部室で待つメンバーのもとに持って帰ってきた。それを見てメンバーは作戦を練った。そこで希が言う。
「当選者の誰かを買収しよう」
「「「買収?」」」
「男子がいいわね。……あ、1年9組の男子生徒が2人組で漫才やるんだ」
希の目がリストに書かれたコンビに留まる。これから希が何を言い出すのかと若干の冷や汗を感じる美和。時々希は古都並みにぶっ飛んだことを言うので不安だ。
「美和のクラスメイトね。交渉は頼んだわ、美和」
「ちょ、ちょ、待って。交渉って有志発表を譲ってもらえってこと?」
「そうよ」
「なんて言って譲ってもらうのよ?」
「そうね……。1人につきメンバー1人分のパンツをあげるっていうのはどう?」
「いいね! それも生脱ぎで!」
もちろん元気よく同調したのは古都である。希はうんうんと首を縦に振っている。美和の表情は引きつり、唯は真っ青だ。
「そんなこと私に言えるわけないでしょ!」
「もう決定事項よ」
「そうだー! 決定事項だー!」
普段はぶつかってばかりの古都と希だが、一度意見が合った時の結託と言ったらない。美和はこれ以上何を言ってもこの2人が折れてくれるはずがないと悟り、渋々交渉役を引き受けた。
そして教室に戻るなり、美和は抽選に当たった2人の男子生徒を呼び出す。もちろん人気のない場所、階段下だ。幼馴染の正樹を振り切るのは大変だったが、まぁ、それはどうでもいい。さっさと済ませたい美和は本題に入る。
「あのね、学園祭の有志発表のステージを譲ってもらえないかと思って……」
「そんなの嫌だよ」
即答である。もう1人の男子生徒も首を縦に振って表情で同調気味。予想通りだ。しかしここからが本番だと美和は気合を入れて、顔を真っ赤にしながら言った。
「実はね、譲ってくれたら2人に……その……」
「ん?」
尻すぼみになって消える美和の言葉。男子生徒は怪訝な表情を見せる。美和は一度気合を入れ直す。
――やっぱり私には無理だ! ごめん、古都、のん!
目をギュッと瞑り、顔に高度の熱を感じてガチガチに緊張した美和は言った。
「うちのメンバーの古都とのんが生脱ぎでパンツあげるって言ってた!」
ミーティングの内容から話を加工されている。どうしても自分はできないと思った美和は、パンツ推進派の古都と希だけを生贄に差し出したのだ。もちろん唯にそれができるとも思っていない。
するとドンッと音がした。美和が恐る恐る目を開けると、1人の男子生徒が夢見心地で倒れていた。卒倒である。もう1人の男子生徒は上を向き、湯気が出そうな締まりのない表情をしていた。
この後、美和はクラスメイトの男子生徒と商談を成功させる。そしてグループラインに書き込んだ。
『交渉成立。相手の希望は古都とのん』
美和がメンバーを売ったことを知らない古都と希はご機嫌で返信をする。
『古都:オッケー〈明るい絵文字〉』
『希:〈了解のスタンプ〉』
唯は自身の名前がなかったことに心底安堵する。もうここまでくると言い出しっぺの希と同調した古都に、しっかり責任を果たしてもらおうと美和は開き直っていた。
そして翌日の今日。先ほど人目につかない場所で、古都と希はスカートとブラウスやブレザーで隠しながら、美和のクラスメイトの男子生徒の目の前で下着を脱いで、紙袋に入れて手渡して来たのだ。
「それにしても、ブラまでとは図々しい」
「それについては当日ローディーもやってもらうことで話がついた」
美和の嘆きにピースサインで答える古都。表情は得意げだ。ローディーというアシスタントまでできたことに満足している。すると唯が不安げに発言を始めた。
「あのさ……、元は漫才で応募したコンビなのに、私たちがバンドでステージをジャックしちゃって……学校側は問題にしないかな?」
「うーん……」
古都が唸る。美和も難しい顔になった。譲ってもらう交渉はできたと言っても、際限がなくなるため原則当選の権利の譲渡は認められていない。認められるためにはそれ相応の理由がいるわけで、唯はそれを心配していた。
すると希が言う。
「問題ないわよ」
その言葉にきょとんとした表情をする希以外のメンバー。希は続ける。
「せいぜい反省文ね。さすがに停学にまではならないわ」
「はぁ……」
思いっきりため息を吐いたのは美和と唯だ。古都は「そっか、それなら問題ないね」なんて意に介していない。ここまで何の問題もなく送ってきた学校生活。それにとうとう傷がつくのかと美和と唯は肩を落とした。親になんと説明をしたらいいものか。
古都はそもそもこんな奴だから気にしていない。希は既に一度反省文を書いている。もう気にしないのだろう。
「ん? 反省文?」
美和ははっとなった。
「そうよ」
「のんは一回書いてるじゃん! 2回目って反省文で済むの?」
「済ませるの」
「どうやって?」
「モンスターペアレントを出動させる」
「は?」
「普段は家で迷惑な存在なんだから、こんな時くらいバカお兄には役に立ってもらうわよ」
ほとほと呆れ果てた美和。もしかしたら希は古都以上にロックなのかもしれない。いや、それは正解だろう。血気盛んでもあるし。普段は童顔で小柄で無口なのに、一度火が点くと手がつけられない。
「そうだ、古都」
希が質問を古都に向けた。
「何?」
「泰雅さんを紹介して」
「いいけど、なんで?」
「弦楽器の3人は今まで教えてくれる人がいたでしょ? 私だけはずっと独学なの。ドラムを教えてもらう」
古都は一度顎に指を当てて考える。希は無表情ながらその目は真剣だ。
「ふーん。いいけど、それって大和さんたちがいい顔しないんじゃない? それに私達に泰雅さんが関わることになって、それが学校にバレたらマズいんじゃない?」
「学校の大人が言うことなんか知ったことか。それにチキンの気持ちなんて考える余裕はない。それより私たちはこれから最優先にやらなきゃいけないことがあるでしょ? 四の五の言ってられない」
「よし、わかった。連絡先は聞いてるから、泰雅さんに連絡してのんに繋ぐね」
「うん。よろしく」
ここで予鈴が鳴り、この日のミーティングは終了した。古都と希に振り回されている感じのある美和と唯も、なんだかんだ言ってその表情はやる気に満ちていた。
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