第十五楽曲 第六節
一瞬何を言われたのか理解が遅れ、ゴッドロックカフェのホールを静けさが襲う。すべてを話した大和。古都は泰雅から聞いて知っていた内容もあったが、他のメンバーのためにもクラウディソニックの過去を包み隠さず話した。そのうえでプロデューサー辞退を申し出たのだ。
するとその静粛を古都の綺麗に通る声が引き裂いた。
「なんでそういうことになるのよ!」
元々声量のある古都。演奏をするための施工が成されたホールで、古都の生声がほんの少し反響する。大和は穏やかな表情で諭すように古都を見る。
「クラソニの事件のことは備糸高校の先生たちの間でも周知の事実なんだ。まぁ、部活からメジャーデビューを期待された卒業生が起こした事件だから当たり前だよね。それで学校からすると今や不名誉な卒業生ってことになってるんだ」
ここで古都は長勢教諭に言われたことに合点がいった。つまり学校側がクラウディソニックに対していい印象を持っていないのはこの事件が原因だ。それに加えてダイヤモンドハーレムの路上ライブで起きたトラブルを助けたのが、事件当事者の泰雅だと知られてはマイナス要因にしかならない。
そもそもダイヤモンドハーレムが被害者であることの証明はできなかったから、今更ではあるのだが。
「つまり、僕達がダイヤモンドハーレムに関わっているとこれからもいいことはない」
「こじつけよ」
大和の言葉にすかさず希が言葉を挟む。響輝と杏里は顔を伏せながらもそのやりとりに耳を傾ける。
「今回学園祭の話が流れたのは私達にも原因がある」
「けど、クラソニの過去も足を引っ張った」
「それがこじつけだって言ってんの」
睨むように大和を見据えて希は言葉を重ねる。古都も真剣な表情で大和を見据える。美和と唯は不安そうな表情でこのやりとりを見守っていた。
「響輝はリーダーだったことから未だに向こうのライブハスには気まずくて顔を出せてない」
大和が言った向こうとは県内の都会であり、路上ライブをやったり、ライブハウスが多く点在している街だ。当時のクラウディソニックの活動地であり、また、今のダイヤモンドハーレムの活動地でもある。
「杏里も精神的につらくて演奏してるタイミングでは向こうのライブハウスを覗くことができない」
それで自分たちの初ライブの時に響輝と杏里が観に来てくれなかったのかとメンバーは一様に納得した。
「気づいてるかもしれないけど、僕が君たちをプロデュースしてることも積極的には言ってない」
これはメンバー誰しもが気づいていた。これほど大きな事件が背景にあったことは知らないまでも、大和からその様子が伺えたので誰しもが調子を合わせていた。しかし希は反論の手を緩めない。
「それが私達の活動とどう関係があるのよ?」
「学園祭ですらクラソニが足を引っ張ったんだ。今はまだ知られていないけど、今後、向こうでライブとかの活動をしてれば、元クラソニのYAMATOが関わってるバンドだってことで、ダイヤモンドハーレムも窮屈な思いをすることになる」
「そんなの憶測でしょ?」
「憶測じゃない。避けては通れない絶対必要な予測だ」
大和も引く気はない。すると今度は美和が言う。
「約束してくれたじゃないですか。メジャーデビューを目指すにあたって、私達をその域まで育ててくれるって」
「ごめん……」
大和は力なく顔を伏せた。この時美和の声は震えていた。すると今度は唯が言う。
「わ、私達、そんな過去の事件には負けません!」
唯にしては珍しく、意思の強い自己主張である。しかし、大和はこれに対して何も答えられない。
響輝と杏里はこのやりとりを複雑な心境で聞いていた。ダイヤモンドハーレムの主張もわかる。間違ってもいない。更には強い気持ちを持っていることも理解できた。しかしクラウディソニックの当事者として大和の心境も理解できる。相反する2つの主張のどちらも庇いたい。そんな思いが苦しくて苦しくて仕方なかった。
すると大和はゆっくりと語り始めた。
「君たちには心から感謝してる。熱い気持ちを思い出させてもらったし、事件の傷だっていくらか癒してくれた。店の常連さん達と仲良くもしてくれた」
そこへ古都が穏やかな声で言葉を返す。
「私達だって大和さんには感謝してる。最初は私が押し掛けたとは言え、ボランティアで指導を引き受けてくれて、今こうして食い下がってるのも本当はおこがましいんだってわかってる」
「ボランティアのことは気にするな。古都たちが店に来るようになって店が賑わったんだからあながちボランティアでもないよ。それより僕は君たちの指導を始めてからたくさん得るものがあった」
「それならこれからもお願いします。まだまだ志半ばでしょ?」
「うん、そうなんだけど……。途中で投げ出す形になって本当にごめん。正直、また音楽の夢を失うのが怖いし、もしそれが実力によるものだったら仕方がないけど、万が一クラソニのことで君たちを同じ目に遭わせてしまったらと考えると震えが止まらないんだ」
これを言われては誰も何も言えなくなってしまった。話は平行線。つまりはダイヤモンドハーレムの誰もが大和の辞退の意思を説得できない。
時間にして数十分、7人もいるホールが静粛に包まれた。その重い空気を取り払うように美和が言った。
「そろそろ練習始めようか」
「そうだね」
それに古都が同調すると、メンバーはゆっくりと立ち上がった。そして店の小さなステージ上がると各々楽器を構える。その時メンバー全員に、こうして大和に見守られて演奏するのはこれが最後になるのかという寂しさが襲って来た。しかしそれを考えないようにした。
大和が指導を辞めるからと言って、店への出入り禁止までは言われてはいない。ステージはあるのだから自分たちで練習は進められるし、常連客達に向けての演奏はできる。このステージはダイヤモンドハーレムの原点であり、この場所がダイヤモンドハーレムの家なのだ。
そう意識を強く持ち、この日の練習を始めた。
しかしこんな時に気持ちが乗るはずもなく、その演奏はどこか宙に浮いていた。悔しさとか、寂しさとか、負の感情ばかりが溢れてくる。4人ともがミスを重ね、それは普段ミスの少ない美和と希までもが同様であった。
それを大和は悲しそうに見つめ、最後の指導になるにも関わらず指摘をすることもなく、ただ黙って目と耳をステージに向けた。悲しそうなのは響輝と杏里も同様で、ホールから何とも言えない切なげな表情でダイヤモンドハーレムを見守った。
そしていつもどおり2時間の練習を終えると片づけを始めた4人の軽音女子。土曜日のこの日は自前の楽器を持ち込んでいるので、各々がギグバッグを広げる。その片付けの最中、ステージに上がって来てドラムセットに近づく大和。手にはバッグを持っていた。
「どうしたの? ダーリン」
希のその言葉に大和は一瞬バッグを落としそうになったが、しっかりと握る。そして希が立ち上がったのを確認して、バッグを希に渡すとツインペダルを取り外し始めた。大和が希に渡したバッグは、店の楽器庫にあった希のスネアとツインペダルの収納バッグである。
「何してるの?」
「ん? ツインペダルとスネアは希の私物だから」
「は……?」
自宅での練習では電子ドラムを使っているため、自前のスネアとツインペダルは店のステージに置かせてもらっている希。普段他にここのドラムセットを使う人はいないどころか、このステージを使う人もいないので、希の楽器は常にセットされている。大和はそれを取り外し始めたのだ。
「ちょ、まさか……」
希が何かを言いかけたが大和は手を止めず、更にスネアも取り外すと希からバッグを取り返して収納を始めた。
「大和さん!?」
希が強く大和を呼ぶが大和はそれにも言葉を返さず、片づけを終えた。すると次は、古都の前に移動した。希の足元には収納されたスネアとツインペダルが残った。美和と唯は胸騒ぎを覚えながら大和の動きを目で追う。
「何?」
古都は近づいてきた大和に首を傾げる。すると大和は古都に向けて手を差し出した。
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