第十五楽曲 第五節

 響輝が泰雅の店に行ったことは大和に言わずに取った行動なので、その夏のうちに大和がそれを知ることはなかった。杏里も自分から大和に言う気にはなれず、大和は彼女からも情報を得られなかった。


 クラウディソニックの事件後、リーダーだった響輝は今まで活動をしていた顔馴染みのライブハウスには行けなくなった。迷惑を多大にかけて気まずさが拭えないのである。

 杏里も実際に演奏している時間帯は足が遠のいた。やはり大好きだったクラウディソニックを思い出して胸が苦しくなるからである。特に隠れてダイヤモンドハーレムの路上ライブを観ていた時はそれが顕著だった。

 大和はダイヤモンドハーレムの活動や気分転換で行くものの、自身が音楽活動を続けていることを言えない。言えたのは当時実害を受けなかったクラブギグボックスの店主本間だけで、そもそも彼とは大和が祖父を通じて懇意にしていたことで言えた。


 そんな感情が交錯し、ダイヤモンドハーレムのデビューライブに付き添ったのは大和だけとなった。響輝と杏里はまだもう少し時間がかかりそうである。

 大和は2人のそんな空気を感じ取りつつ、それでもダイヤモンドハーレムと触れ合う時は響輝も杏里もいい顔をするので、それには安心している。ダイヤモンドハーレムの活動を通して、心の傷が少しずつ癒されていけばと希望を抱いていた。


 が、しかし……。


 十月中旬の月曜日、高校時代の恩師、長勢教諭からの電話で大和は打ちのめされる。


『すまん、大和。雲雀たちの学園祭のステージが通らなかった』

「え……、なんで……?」


 この日の開店準備のために店に下りてきたばかりの大和は仕事の手が止まった。そのままスマートフォンを耳にあてる。すると長勢から説明されたのは、夏休みの路上ライブでのトラブルが、ダイヤモンドハーレムが加害者だという情報にて提供があったというものだった。


「そんな! 彼女達は!」

『わかってるよ、俺だって』


 説明を聞いて声を張った大和を遮るように長勢が言葉を割り込ませた。しかし長勢から大和に追い討ちをかける事実を聞かされる。


『けど、納得しない先生が多いんだ』

「なんでですか? 彼女達の学校での素行とかは問題ないですよね?」

『あぁ、それは問題ない』

「じゃぁなんで信じてもらえないんですか?」

『問題は元クラソニのメンバーが関わってることなんだよ』


 大和はショックの余り、手に持っていたスマートフォンを落としそうになった。しかしなんとか力を入れて握り直す。


『俺が勝手にお前たちを引き合わせておいて本当にすまん』

「元クラソニって……事件のことが尾を引いてるんですか?」

『はっきり言うとそういうことだ。お前と響輝と柿倉が無実なのはわかってる。しかし不名誉な卒業生になってしまったお前たちを庇ってくれる先生があまりにも少ない。学園祭のことに関しては、ついさっき覆す方法を雲雀に話した。けど凄く難しい。力になってやれなくて本当にすまん』


 呆然とする大和。しかし既に長勢と古都が話をしたことは認識した。それならば古都が来店するはずの月曜日のこの日、しっかり古都から話を聞こうと思う。そのために席を外すことになるだろうから、杏里を呼んで営業を手伝ってもらおうと考えた。

 長勢との電話を切った大和はすぐに杏里に電話をかけた。もうこの日は大学の講義がない時間帯だったので杏里はすぐに電話に出た。そして大和から事情を聞かされ、友達と予定していた重要度の低い予定をキャンセルしてゴッドロックカフェに駆けつけた。


 しかし開店時間を迎えても古都が来店しない。こんなタイミングだから心配してしまった大和は古都に電話をかけた。すると刹那広場の近くにいると言う。大和は車で古都を迎えに行った。そして無事古都を拾ったその帰りに初めて泰雅のことを聞いた。

 今まで古都が泰雅と会っていたこと、夏休みの路上ライブで助けてくれたのが泰雅であったこと、そして泰雅の今の勤め先。複雑な気持ちを抱いた大和だったが、学園祭が通らなかった古都の方が今は気持ちが沈んでいるはずだと意識を入れ替えた。

 そもそも学園祭の推薦が通らなかったのは、クラウディソニック自分たちの過去が足を引っ張っている。むしろ大和は責任を感じていた。


 その日は既に時間も遅く、古都を店に連れて行くことなく自宅まで送った。その後大和は店に戻った。すると杏里から連絡を受けた響輝が仕事後に来店していて、既に杏里から事情も聞いていた。


 そして響輝以外の客が捌けてから、大和は杏里と響輝と店の円卓を囲って座談を始めた。

 まずはこの日の古都の行動を説明した大和。すると響輝が杏里を連れて泰雅の店に行ったことがあることをカミングアウトした。

 その流れに乗るように今度は杏里が、夏休みの路上ライブは当初大和と響輝のために手配したのだとカミングアウトをした。更には大和と響輝がバンドを再結成するためにメンバー探しをしていたことも。ただこれは、大和がダイヤモンドハーレムをライブ観戦に連れて行った日に薄々察していたことでもあるので、大和は然して驚きはしなかった。


 そして話が学園祭のことに戻る。


「明らかにクラソニのことも学園祭の足を引っ張った」

「そうだな……」


 大和の言葉に気落ちした様子の響輝が答える。杏里は悔しそうにしていて、そして悲しそうに俯いて、2人の会話に耳を傾ける。


「古都は今日泰雅と会って、どういう事件があったのかを知った。それで学校がクラソニを敬遠してることも理解してると思う」

「そうか……」

「他のメンバーも明日には学園祭のことを知る」

「はぁ……」


 深く溜息を吐いて頭を抱える響輝。大和は自分がどう考えているか恐らく響輝にはわかったのだと悟った。そして杏里を一度見る。果たして彼女が納得してくれるだろうか。クラウディソニックの解散では取り乱した杏里だ。そんな不安を抱きながらも大和は言った。


「僕はダイヤモンドハーレムの指導から手を引こうと思う」


 これに対して視線も変えず何も言葉を発しない響輝と杏里。大和は続けた。


「やっぱりこの県内じゃクラソニが起こした事件はまだ記憶に新しくて、僕が音楽活動をしてることは胸を張って言えない。だから僕が関わってると、学園祭だけに止まらずライブ活動だってダイヤモンドハーレムの足を引っ張っちゃう。今までそこまで考えが至らなかったのが甘かったんだと思う」

「そう……だな……」


 響輝が力なく同意した。すると突然始まった嗚咽。それは杏里からだった。


「うぐっ、うぐっ……。なんで、なんでよ……。大和も響輝も何も悪いことしてないじゃん。大和は作曲の仕事だってもらってるじゃん。それなのになんで2人がこんなに窮屈な思いをしなきゃいけないのよ……」


 そう言ってとうとうテーブルに突っ伏した杏里。その彼女の姿を見て大和と響輝の胸が痛む。杏里もまだまだリハビリが必要で、ライブハウスでライブを観られるようになるまでもう少し時間がかかる。杏里だって窮屈な思いをしているのだ。それを大和と響輝は痛いほどわかっている。


「彼女達なら大丈夫だよ」


 無理して笑顔を作って杏里に言う大和。尤も泣いている杏里はその表情を見ていないのだが、それでもなんとなくそんな顔をしていることは察した。


「古都はしっかり目標が立てられてメンバーを引っ張っていけるし、美和は圧倒的な演奏力でバンドのサウンドを牽引してるし、鍵盤も弾ける唯はアレンジ力が伸びてるし、練習にストイックな希はホームページの管理とかもできてマネージングも任せられる」

「わかってるよ、あの子達の将来性が高いことくらい。……うぐっ。けどあの子達には大和が必要なんじゃないの?」


 これには押し黙ってしまった大和。それでも結論を変えるだけの強い根拠は浮かばない。


 この後ゴッドロックカフェのホールには杏里のすすり泣く声がしばらく響いた。感情では納得していなくても、頭ではわかっている杏里。彼女は涙を止めることができなかった。


 そしてダイヤモンドハーレムが、路上ライブのトラブルの被害者であることを証明できないまま、この週の土曜日を迎えた。ダイヤモンドハーレムの練習前に響輝と杏里も同席のもと、ミーティングを開いた大和。そこで彼はダイヤモンドハーレムのメンバーに言った。


「僕がプロデュースをするのは今日の練習で最後にする」

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