第十四楽曲 第八節

 古都がファミリーレストランの席に通されてそれほど時間をかけずに泰雅は到着した。古都はボックステーブルの正面に座る泰雅をじっと見据えるが、先に口を開いたのは泰雅だ。


「ちっ、禁煙席かよ……」

「私が先に入ったんだから、喫煙席には通してもらえません」


 制服姿の古都だから尤もである。そもそも古都は泰雅が煙草を吸うことを知らない。するとウェイトレスが注文を取りに来た。


「生とフライドポテト」

「かしこまりました」

「そっちは?」


 テーブルの脇ではフリルの付いた可愛らしいユニホーム姿のウェイトレスが注文を待っている。


「もうフリードリンクを注文しました」

「そっか」

「飲むんですか?」

「だめか?」

「別にいいですけど」


 ウェイトレスが離れたのを確認して古都はドリンクバーに行くため席を立った。いつもなら家で夕食を食べている時間で、その後にゴッドロックカフェに行く。だから同席者の酒に付き合うことに抵抗はない。泰雅にしてみれば、いつもなら営業中なので客と一緒に飲んでいる。店と連れは違えどもお互いいつもの月曜日だ。


 ドリンクを持って古都が席に戻って来るとすかさず泰雅が問い掛けた。


「なんかさっきと雰囲気違わないか?」

「別に」


 それだけ言って古都はソフトドリンクをストローで啜る。窓の外はすっかり暗くなっている。地元から一時間弱かかるこの都会で、周囲には見慣れない制服姿の高校生も多数いるが、それを見ると放課後にしては遠出をしたものだと古都はしみじみ思う。


「泰雅さんですよね?」


 古都がグラスをテーブルに置くと正面の長身の男に問い掛けた。泰雅はそれに対して素直に首肯する。誰に名前を聞いたのかもわからないが、近所のバーの店長なのだから名前を知られていることに疑問も抵抗もない。


「そうだけど」

「元クラソニのドラマー、TAIGAさんですよね?」

「……」


 これには言葉に詰まってしまった泰雅。古都が真っ直ぐに見つめるものだから視線が泳ぎそうになる。古都がクラウディソニックのメンバーのことを知っているのは予想外であった。尤も、大和や響輝のことは知っているのだから、バンドの存在は知っていると思っていたが、ドラムパートの自分のことを知っているとは思っていなかった。

 もしかすると大和か響輝か杏里にバンドのことを詳しく聞いているのだろうかと勘ぐったが、その時古都が言葉を繋いだ。


「私、中学の時、クラソニのファンだったんです」

「あ……、そうなんだな……」

「だから泰雅さんのことも知ってるつもりだったんですけど、CDのジャケ写と比べて髪型は違うし、ジャケ写だと身長もわからないし、ガタイだって把握してなかったから。だから今まで気づきませんでした」


 どうやら古都は、つい今しがた自分が元クラソニのメンバーだと気づいたのだと泰雅は悟った。しかしメジャーデビューが一度は決まっていたバンドとは言え、中学生が当時のインディーズバンドをよく追いかけていたものだと感心する。


「クラソニのファンなのはわかったけど、さっきからなんでそんなに機嫌悪いんだ?」

「そう! それです! なんで最初に教えてくれなかったんですか!」


 質問をしといて返答に困る泰雅。一方、目力のこもった視線を泰雅に突き刺す古都。泰雅は女子高生からこれほど真っ直ぐな視線を向けられて怯みそうになる。


「うちのバンドの美和もクラソニのファンだったんですよ! 私達2人とも気づかなかったことは不覚ですけど、助けてくれた時に一言言ってくれても良かったじゃないですか!」

「あ、いや……」


 なんと答えたらいいものか。そしてテーブルに身を乗り出す勢いの古都をどう宥めたらいいものか。そう泰雅が困っているとタイミングよく注文の品が運ばれて来た。ウェイトレスは明るい声で営業文句を言いながらテーブルに商品を置く。


「お待たせしました。生ビールと、フライドポテトと、目玉焼きハンバーグセットご飯大盛りです。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」

「いや、それ頼んでな――」

「はい! 大丈夫です!」


 心当たりのなかったハンバーグの商品を返そうとした泰雅を遮って、古都が元気に答える。それを聞いたウェイトレスは席を離れ、その背中を見送って泰雅はナイフとフォークを手に取った古都に問い掛けた。


「飯も頼んでたのか?」

「そうですよ。フリードリンクとは言ってないですよね? ちょうど夕飯時だし」


 そう言うと古都はご機嫌で食事を始めた。泰雅はそれを苦笑いで眺めてジョッキを口に運んだ。


「あ、私、電車賃しかお金持ってないんで」

「はぁ……」


 一口ビールを喉に通した安堵のため息と、たかられていることを悟ったため息が同時に出た。元々女子高生に財布を開けさせるつもりはなかったものの、食事まで注文されているとはちゃっかりしているなと思った。


「割引券なら持ってるんで安心してください」

「ん? ここのか?」

「はい。ここと同じフランチャイズでバイトしてるんで」


 なるほどな、と納得した泰雅はフォークで数本フライドポテトを刺すと、一気に口に放り込んだ。そして二口目のビールを喉に通す。


「この制服が備糸高校ってわかったのは泰雅さんも卒業生だからですよね? それでもなんで私の学年まで知ってたんですか? 大和さんと連絡取ってるんですか?」

「あ、いや。大和とはもう連絡は取ってない。ゴッドロックカフェのホームページにお前らのバンドのホームページのリンクが貼ってあったから、そのプロフィールで」


 泰雅はその後に続く「更に、それで興味を持って夏に路上ライブを観に行ったんだ」という言葉を呑み込んだ。古都が「ふーん」と頷いたのを確認して泰雅は話題を転換した。


「で? 月曜の放課後に俺を追って何しに来たんだよ?」


 本題である。古都は食事を続けながら時々泰雅に視線を向けて事の経緯を話した。


「刹那広場で路上ライブを見てたんです。そしたら泰雅さんらしき人を見つけて」

「あぁ、買い出しの帰りに刹那広場の脇を通ったわ。確かに路上ライブやってたな」

「それで夏に助けてくれたことのお礼を言いたくて追ったんです」

「礼ならあの日にも言ってくれただろ?」

「そんな。連絡先だって聞けてないし、大和さんもずっとお礼が言いたいって言ってるし、そんなわけにはいかないですよ」


 それを聞いて表情を曇らせた泰雅。古都は食事に視線を落としていて泰雅の表情に気付いていないが、それでもこの日の密会を口止めされた手前、大和からの礼は叶わないだろうと察している。


「じゃぁ、今日俺を見掛けたのは偶然ってことか?」

「そうです」

「わざわざ月曜の放課後に路上ライブを観に来た理由は?」


 そこで古都の食事の手が止まり、ゆっくりと両手がテーブルに落ちる。視線も伏せてしまった。泰雅は地雷だったのかと息を飲む。

 学園祭のライブが夏休みのトラブルのせいで流れてしまった古都は行く当てもなく、何の理由もなくただただ自身が路上ライブをした地に来ていた。だから理由を問われてもないと言えるのだが、ただ学園祭のことから経緯を話した。

 すると泰雅が申し訳なさそうに声のトーンを落とした。


「そうだったのか。迷惑かけちゃったな」

「そんなことないです! あの時助けてもらってなければもっと大変なことになってたから!」


 それを聞いて少しだけ報われた気になる泰雅だが、すぐに自分を戒める。そんな泰雅の様子に構わず続けた古都の次の言葉に泰雅の血の気が引く。


「長勢先生から言われたんですけど、クラソニが備糸高校から良く思われてないって」


 泰雅がクラウディソニックの元メンバーなら備糸高校軽音楽部で結成されたバンドであるため、泰雅も備糸高校の卒業生である。古都ももうそのことには気づいていて、長勢教諭のことは共通認識がある。

 しかし今泰雅が見せている動揺が解せない古都。再び進んでいた食事の手はまたも止まってしまった。


「俺達のこと詳しくは聞いてないのか……?」


 やっと絞り出すように問い掛けた泰雅。古都は首を傾げた。そして泰雅は話し始めた。クラウディソニックが結成してからどういう活動をして、そしてなぜ解散したのかを。それを唖然として聞いた古都の食事の手は完全に止まってしまった。

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