第十三楽曲 第六節
緊張した面持ちでゴッドロックカフェのハイエースのハンドルを握るのは杏里だ。運転に慣れていないがために肩に力が入っている。助手席には古都。セカンドシートには希と美和が座っている。普段は畳まれているサードシートに唯と大和がいるのだが……
「むむ、ちょっと、唯……」
「えっと……、あはは」
「まぁまぁ、のん」
後ろを振り返った希が唯にジト目を向けるのだが、唯はそれに戸惑い、美和は希を制する。美和が希を宥める理由はサードシートの様子を、助手席の古都に気づかれないようにするためである。
「むむー」
難しい表情をした希だが美和が助手席に目配せするので、その意図を読み取り視線を前方に戻した。古都が後部座席に振り返る様子は今のところない。
成功と言える初ライブを終えたメンバーであったが、ライブの全ステージ終了時にはなんと大和が完全に酔っ払っていた。女子4人で足元のおぼつかない大和を連れて歩くのも重労働なので、杏里と連絡を取り迎えに来てもらったのだ。ライブ後の杏里の体が空いていたことにメンバーは皆胸を撫で下ろしたものである。
因みにライブ後、常連客達とは別行動をしており、翌朝仕事のある常連客達は先に帰っていた。
杏里の到着後、唯が真っ先に車に乗り込み、メンバーに押し込まれる大和を車内に引っ張り上げた。大和は車に乗り込むなり、背もたれに体を預けてぐてっとしたのだ。その時一人で幅を取るものだから他のメンバーが乗り込むスペースはもうなく、唯以外はセカンドシートと助手席に分かれて乗ったのである。
いつもより狭くなった荷台にメンバーの楽器が詰め込まれていて、小刻みに揺れている。その手前のサードシートで、発進するなり最初のカーブで遠心力に呆気なく負けた大和は上体を倒した。そして大和の頭が落ち着いたのが唯の太ももで、それに唯は戸惑っているわけだし、希は羨んでいるのだ。
因みに、大和の体が倒れた時に、唯のふくよかな胸を経由して、大和の頭が一度その弾力でバウンドした事実は唯しか知らない。
尤も、冷静に希を制した美和でさえも内心実は羨んでいる。ただ、唯は戸惑っている気持ちとは裏腹に、後ろを振り返るメンバーがいない時にちゃっかり大和の頭を撫でている。つまり満更でもない。
「むー」
時々後ろを振り返っては羨む視線を向ける希。それを苦笑いで見つめる美和。その時唯は大和の頭を撫でるのを止め、自然な手の位置を装って大和の頭に添える。唯もしたたかさを覚えてきたようである。
「ライブはどうだった?」
一方、前方では肩に力が入ったままの杏里が助手席の古都に問い掛ける。大和を押し込んで発進させてから数十分、やっと運転に慣れてきて雑談ができる程度の心的余裕ができた。
「半分は埋められましたよ」
得意げに答える古都は靴を脱いで膝を抱えて座っている。たすき掛けに伸びたシートベルトが古都の控えめな胸を圧迫する。
「へー、じゃぁ、処女は守れたんだ」
「ばっちりです」
これまた得意げに言う古都だが、そもそもそんな下品な賭けをしたのだからそこはもう少し遠慮してはどうだろうか。
「初ライブで半分も埋めるなんて大したもんだわ」
「えへへん」
「クラソニだって初ライブは10人も集まらなかったから。学校の友達だって呼んだのに」
「へー。常連さん達は?」
「その頃はいきなり最初から期待なんてしてなかったよ」
前方を見据えながらも遠い目をする杏里は過去を懐かしんでいた。それに合わせて徐々に肩から力が抜ける。
「売上げバックはあったの?」
「少しだけありました。けどメンバーで相談して、今このガソリン代ってことで大和さんに全額預けます」
「うむ。感心」
夜道だが国道は交通量が多く、対向車線をすれ違う車両のヘッドライトが眩い。前方を走る車両のテールランプが道を示すように赤く灯っている。
「て言うか、常連さん達でちょうどノルマクリアして、売上げバックがあったってことは、他にもあなた達目当てのお客さんがいたってことか」
「はい。聞いた話では、私達の演奏中に外を歩いていた通行人が、今演奏してるバンドを観たいって言って入ってきてくれたそうです」
「どういうことよ、それ」
どういうことだろう? と首を傾げる古都だが、明らかに古都のシャウトが原因である。ライブが終わった途端その自覚がないのだからこの女、侮れない。
大和は目を覚ました。酒が残っていてうまく瞼が開かない。ここはどこだろう。足や腹や肩に重みを感じる。屋内ではあるが、照明は点いておらず暗いことは薄目を開けたことでわかった。時間の感覚もない。
「あぁ、そう言えば初ライブ……」
声にならない声で大和は呟いた。自分の耳にも届かないほどの微かな声だ。喉が焼かれている感じがするのは、明らかにクラブギグボックスで飲んだ酒の量が原因だとわかった。そう言えば、ギグボックスを出た覚えがないと思い当たる。思い当たると言っても、つまりライブの最後の方から記憶がないのだ。
なんだか頬にくすぐったさを感じる。伸びをしたいが体に感じる重みでそれも叶わない。大和は一度気合を入れてしっかりと目を開けた。
「はっ!?」
大和は声を張るが完全に擦れてしまっているので、張り切れていない。身を引こうにも飛び起きようにも重みでそれもできなかった。しかしその時強張った大和の体で、大和の肩の重みの主が体を起こした。
「あ、おはようございます」
「お、おはよう……、美和」
美和は床に放置されていた自身のスマートフォンを手に取ると時刻を確認した。
「まだ5時……。もう少し寝ます」
それだけ言って美和は大和の肩に再び収まった。再び頬にくすぐったさを感じるので、原因は美和の髪の毛かと理解した。唖然としている大和は、体が起こせないので首だけ曲げて頭を起こす。首の筋肉を攣りそうだ。
「どういうことだよ……」
相変わらずの酒焼けの声で呟く大和。これで今自分がいる場所が自宅のリビングだとわかった。更にカーテンが閉まっていることに気付き、時刻の割に暗い原因もわかった。ダイニングテーブルはシンクにくっつけられ、ソファーとリビングテーブルは見当たらない。恐らく寝室だと思った。床には布団が敷かれ、大和はそこで寝ていた。
そして驚くべきは自分の体を枕にしていた少女達。そう、達だからそれが美和だけはない。
美和の反対側の腹に古都がいて、美和側の太ももに唯がいて、古都側の太ももの唯より更に下に希がいる。少女達は千鳥になって大和に対して直角に、大和の体を枕にして寝ていた。彼女たちの体の下には硬いだろうに、大和が今使っている布団をほんの少しとカーペットだけだ。
「て言うか……」
大和の頭に疑問符が連打された。しかし首が限界で枕に頭を戻し天井を見る。今視界に入った少女達は皆、部屋着だった。しかも化粧はちゃんと落としていたように思う。記憶が抜け時間感覚が薄いとは言え、さすがに初ライブの翌朝だということは認識できた。しかもこの日は登校日。
大和は体を起こすこともできず、天井を見上げたまま一時間以上を同じ体勢で過ごした。そしてやっと少女達が起きたのだ。枕になったことで体中に痛みを感じる。
「おはよう、大和さん」
健やかな笑みで挨拶をする古都。他の三人も挨拶を済ませて既に洗面所に向かった。大和の疑問はまったく晴れていない。
「どういうこと?」
「どういうことって?」
「皆泊まったの?」
「そうだよ」
相変わらず笑顔の古都だが、それが麗しいものだから咎めようとする気持ちとは裏腹に大和は照れて視線を外す。
「今日学校だろ?」
「えへへ。ちゃんと制服も授業の用意も持って来てるよ」
「は!?」
古都の説明を大和は口をあんぐりと開けて聞いた。
前日、ライブハウスに行く前にこのゴッドロックカフェに集合したダイヤモンドハーレムのメンバー。初ライブなのだから、成功したら打ち上げを、失敗したら反省会をしたいと泊まるつもりの大荷物で集合していた。その荷物は1階の店のステージ裏の控え室に置いてあった。各々家族にもそう言って昨日は出てきていた。
大和はその後メンバーと合流したので、メンバーが泊まるつもりだったことを知らない。昨日は控室にも入っていない。それに事前に告げられてもいない。事前に言えば反対されることをわかっていたので、古都をはじめメンバー誰もが断りを入れなかったのだ。いや、希が断りを入れるなと言った。
しかし、大和が酔っ払ってしまったためにまともな打ち上げもできず、大和を寝かすとメンバーは風呂を済ませ、皆で雑魚寝したのだ。因みに杏里はここに大和とメンバーと車を置くと、乗ってきた自転車で帰宅した。
学校にはちゃんと行くつもりだから泊めたことはともかくとしても、少女達と寝床を共にしたことに大和は頭を抱えた。
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