第六章

第十四楽曲 反省

反省のプロローグは大和が語る

 僕の自宅で朝の食卓を囲う僕がプロデュースする4人の軽音女子。皆備糸高校の制服姿だ。彼女たちが僕の体を枕にしたせいで体中が痛いが、なんとか食事の動作は取れる。

 部屋の家具は既にレイアウトが戻されていて、それほど広くないLDKはいつもの様相である。これは美和が朝食の準備をしている時に僕と他のメンバーで協力して配置した。寝室に避難させられていたリビングテーブルとソファーも元通りだ。それどころか食卓が4人掛けなので、店のバックヤードからオフィスチェアーまで持って来た。


 前日の深酒のおかげで僕の喉は焼けている。しかし酒が残っている感覚はあるものの、生まれてこの方頭痛や吐き気などの二日酔いを経験したことがないのは、酒が強かった祖父の血筋だろうか。従妹の杏里の酒好きもその血筋かと思える。


「大和さん、杏里さんが言ってたけど、昨日のライブは成功でいいの?」


 箸を片手に僕に問い掛けるのはボーカルギターの古都だ。ブッキングのために自分の処女を賭けるなど、ぶっ飛んだところがある古都だが一応バンドのリーダーである。一応と言っては失礼か、確かに彼女はバンドの方向性をしっかりと示している。

 古都は綺麗なミディアムヘアーを真っ直ぐに下し、つぶらな瞳で僕を見据える。その透き通るような声は綺麗だ。


「うん。……ん? て言うか、杏里? 杏里はステージ観てないだろ?」

「あぁ、大和さん、酔っぱらってたから気づいてないんだ……」


 若干呆れたような表情を見せるのはリードギターの美和だ。ショートカットで端正な顔立ちをしている彼女はメンバーの中で一番冷静だ。

 また家事能力が高く、この日も美味しい朝食を作ってくれた。一人暮らしで手料理から離れてしまった僕は、美和の作ってくれる料理が嬉しい。それどころか美和は、この日メンバーが持ち込んだ空の弁当箱におかずも詰めているから感服する。


「大和さんが、まともに歩ける状態じゃなかったから、杏里さんにお願いしてお店の車で迎えに来てもらったんです」


 遠慮がちに言うのはベースの唯で、センター分けの長い黒髪を背中に流している。花火大会の日に見せてもらった浴衣姿はとても似合っていて、和風美人という言葉がよく似合う。普段から自己主張が弱くあがり症ではあるが、昨日のステージでは何かきっかけを掴んだのか、終始笑顔でとてもいいパフォーマンスを披露してくれた。


「そうだったんだ。杏里にも後で電話入れとくよ。皆迷惑かけてごめん」


 一気に恐縮の念が襲う。起きた瞬間は僕を枕にして密着状態で雑魚寝していたメンバーに文句の一つでも言ってやろうかと思っていたが、どうやら僕の方に多くの非がありそうなのでここは引き下がる。それも昨日のステージで彼女たちが期待以上の出来を見せてくれたことで、嬉しくなってつい調子に乗り深酒をしたから何も言えない。


「高校入学してから初めてお弁当持って登校だ。美和のお弁当が楽しみ」


 話題とはまったく明後日の方向に意識を向けて朝食を取るのはドラムの希。小柄で童顔のオタク系女子だがそのドラムパフォーマンスは豪快で、容姿とはギャップのある演奏の姿は心臓を鷲掴みにする。昨日のステージでは今まで見た中でそれが最も顕著であった。


「しっかり味わって食べろよ」

「酔っ払いの大和さんが作ったものじゃない。偉そうに言うな」


 まぁ、普段無口ながらこういう一言が多いのも希である。僕はやれやれと思い、美和が作ったおかずを口に放り込むと、ご飯をかき込んだ。うん、美味い。


「次は榎田さんのお店のステージだね。その次が学園祭だ」


 よほど昨日のステージに満足しているのか、古都が晴れやかな表情で言う。ここで少しだけ釘を刺しておこうと思う。


「長勢先生の推薦、念押ししとけよ。チケットノルマの条件なら長勢先生から僕に聞いてくれてもいいし、場合によっては僕から本間さんに言って、長勢先生に結果を説明してもらうこともお願いするから」

「うん、わかったよ、大和さん」

「あと、次の榎田さんの店のステージはもう学校の友達も呼んでいいんじゃないか?」


 これはメンバーが一様に友達票を嫌っていたことによる僕からの意見である。

 学園祭のステージのためにチケットノルマをクリアすることが昨日のステージの条件であり、そもそも自分達の音楽だけで知名度を上げるために今まで彼女たちは頑なに学校の友達を頼ることをしなかった。しかしこれから学園祭に向けての準備に入るのだから、そろそろ学校内での認知度も上げなくてはいけないと思うのだ。


「そうですね。校則で校内での販促は禁止だけど、私たちのライブスケジュールくらいはこれから告知するようにします」


 納得したように言う美和。他のメンバーも特に反対意見はないようだ。


「あとそれから。榎田さんの店は箱もでかいし、シビアなお客さんも多いから、今以上に技術を上げなくちゃいけない」

「そっかぁ。それなら今日のお昼休みはお弁当食べたらミーティングしよう。昨日酔っ払いのせいでできなかった反省会」


 追随したのは古都だが、一言余計である。もう謝罪の言葉を口にしたのだからそんなに言わなくてもいいのに。とまぁ、僕は気持ちを入れ直して一言足す。


「それなら昨日見たステージの僕が感じた課題を、今日の午前中までにグループラインで送っておくよ」

「え? 大和さん、課題見つけてくれたんですか?」


 僕はプロデューサーなのだから当然である。それを唯があまりにも意外そうな口ぶりで言うので、僕は「なんで?」と聞いた。


「酔ってたから……」

「……」


 お淑やかな唯にまで言われるのかと、内心僕は肩を落とす。これはどうやら一生言われるなと感じさせる。ばつが悪くなり僕は視線を落として味噌汁を啜った。うん、美味い。


「今日の放課後、ここに寄って荷物を回収したらバイトに行きますね」

「あぁ、うん。わかった」


 美和の言葉に了承した僕は、つまり一旦荷物は店に置いていくつもりなのだと理解した。そこへ古都が口を挟む。


「私は今日バイト休みだからそのまま店にいる」

「じゃぁ、ギターの練習でも何でも好きに店使って」

「うぃっす」


 とは言え、つまり古都は制服姿のまま営業時間を迎えるつもりか。それとも昨日の私服に着替えるのだろうか。バーなのでできれば制服は遠慮してほしいものだが、彼女が酒を飲むわけではないので然程大きな問題でもないかと考え直す。


「大和さん、晩御飯はどうするの?」


 古都のその問い掛けで古都が晩御飯を一緒に取りたいという意思が垣間見えるのだが、それはたかられていることを意味する。まったく……と思いながらも可愛い教え子だから素直にご馳走してあげようと思う。


「営業前に近くで一緒に食べようか?」

「いえい!」

「むむー」


 すると途端に難しそうな顔をする希。どうしたのだろう。


「今度私もバイトが休みの日に学校から直接ここに来る」

「……」


 なんでそうなるのだよ。今回は荷物の都合でこういう話になったが、営業開始が19時の店なのだから、今までどおり一回帰って着替えてご飯を済ませてから来てくれればいいのに。


「私ともディナーデートして」

「わ、わかったよ」


 デートの意味はよく分からないが、深く突っ込んでも話が複雑になりそうな予感がしたので素直に承諾する。それに満足したのか希は再び黙々と朝食を取り始めた。

 祖父の店と部屋を引き継いで一人暮らしを始めてからはあまりなかった賑やかな朝食の席はこうして進んだ。思い返せばGW合宿以来か。杏里が居候をしていた時でも彼女は朝から僕を起こすことはなかったし。


 やがてメンバーが登校する時間になり、僕は彼女たちを玄関まで見送った。なんだかこうして朝の見送りをして「いってらっしゃい」と言うのも不思議な感じがする。彼女たちは口を揃えて「行ってきます」と言って僕に背中を向けた。

 バタンと玄関ドアが閉まると室内を一気に静けさが襲い、寂しさすらも感じた。しかしそんな感情とは裏腹に僕は現実的なことに気付いた。


「やばい。メンバーと一緒に寝たことが正樹君にバレたら彼はショックで寝込むかも。て言うか、勝さんにバレたら殺される」


 閉まり切った玄関ドアを見ながら僕に冷や汗が伝った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る