第十三楽曲 第四節

 3曲目は間奏まで進み、迎えた美和のギターソロ。美和はマイクスタンドの前から立ち位置を外すと、ステージの段差ぎりぎりの所まで移動した。そしてオーディエンスに見せ付けるように、更にはオーディエンスを煽るように早弾きを披露する。

 高音フレットに左手の指を走らせ、アンプとスピーカーからドライブの効いた小気味いいメロディーを流す。その時の美和は満面の笑みで下唇を噛んでいた。


 先週のリハーサルステージ後の反省会で、同卓になった響輝から言われた。


「美和はもっとさ、自分をアピールしろよ」

「え?」


 今まで考えたこともなかったことを言われ、一瞬キョトンとした美和。そのまま響輝の言葉に耳を傾ける。


「せっかくギタリストなんだから、目立とうとか、演奏をひけらかそうとか、そういう欲を持てよ」


 新しい発見である。今まではセンターに立つボーカルの古都の脇役だと思っていた。影で支える役割だと思っていた。今でもその意識は変わらないのだが、それでも自分もステージでは自己主張をしていいのかと、新鮮な気持ちが芽生えた。


「俺がステージ立ってた時はギターソロの時なんか、真ん中のボーカルの前に移動して弾いてたぞ。俺が目立てるのはここだと思って」


 そのエピソードを聞いて口元に手を当ててクスクスと笑う美和。そこまでするのもどうかとは思ったが、それでも気持ちはわからなくもない。


「わかりました。ギターソロの時はガンガン前に出ます」

「おう、そうしろ」


 ホール最前列で美和の前に立っていた食品加工工場の藤田は手摺から身を乗り出し、ステージの段差ぎりぎりでギターソロを演奏する美和に手を伸ばす。本気で手を伸ばしては触れてしまって演奏の邪魔になるので、そこは配慮している。痛覚もろとも鼓膜を刺激するような歪んだメロディーのギターソロを耳に受け、ノッていることをとにかくアピールしているのだ。

 美和に高揚感が沸く。自分が一番目立てるギターソロで、それを全面にアピールして、オーディエンスが歓声と突き上げた拳で応えてくれている。それがとにかく気持ちいい。美和の笑顔は引かない。


 やがてギターソロが終わり、美和が自身のマイクスタンドの前に戻ると、一歩引いていた古都が中央のマイクスタンドの前に戻った。古都が美和のギターソロの時に自分が目立たないようにしてくれていたことにも、美和は嬉しさがこみ上げる。


 再び歌が始まって、古都の歌声を耳にしながら美和はホールを見渡す。ギターソロの時はフレットを見ることが多いので、この時とばかりに自分達の曲を聴いてくれるオーディエンスの顔をしっかりと見たいのだ。

 ホールはすでに半分近くがステージを向いたオーディエンスで埋まっていた。ステージから離れているのは大和と河野と他店のブッキングマネージャーのみで、いずれもドリンクカウンターのところにいる。美和はそれを視界に捉えた。


 1曲目は古都がホール内の客をステージ前にかき集めた。2曲目は入り口が開いた瞬間に古都がシャウトした。そしてその2曲目から今の3曲目の間にぞろぞろと客が入っては、ステージ方向に詰めてくる。

 中には目的もなくたまたま通り掛っただけの若者もいる。古都のシャウトで興味を惹かれてチケットを買って入ったのだ。尤も、それをメンバーの誰もが知る由もないのだが。


 ふと美和の脳裏に幼馴染の正樹の顔が過ぎる。学友のためこの日呼ぶことは叶わなかった。しかしいつも応援してくれることに感謝をしている。美和の友達付き合いに対してはマイナス要因なのが玉に瑕だが。それでも学園祭のライブも成功したらクラスメイトもライブハウスのライブに呼んでみようかとも思う。その時は正樹も一緒に。

 その正樹も先週のリハーサルライブには来てくれた。そして反省会の時は興奮した様子で美和に言うのだ。


「美和、めっちゃ格好良かった!」

「あ、うん。ありがとう」


 普段は美和を褒めることがそれほど多くはない正樹だが、演奏に関してだけはストレートに褒めてくれる。だからこの言葉を美和は素直に受け取ったものの、それでも照れは感じる。


「ふふっ」


 同卓の響輝が不敵に笑ってカクテル瓶を口に運ぶ。これにも美和は恥ずかしさを覚えた。恐らく変なことを勘ぐっているのだろうと容易に予想ができたが、その後正樹が喜ぶ言葉を贈ってあげられないので手元のレモネードと一緒に言葉を呑んだのだ。

 それでも前日の練習の時に何か物足りないと感じていた美和はステージに立って、そして響輝の意見を聞いたことでモヤモヤが解消され、すっきりした表情を浮かべていた。


 曲は進み、3曲目の演奏が終わった。間髪を入れずに4曲目のカウントが鳴り、メンバーは最初の音をぴったり合わせる。4人が4人ともゾーンに入っているかのように、今できる最高の演奏を奏でていた。それはいつもならよくミストーンを犯す古都も同様だ。

 イントロからAメロに入り目の前のマイクに声をぶつける古都。視界の正面には2人の男の拳が見え、視界の下端には彼らの頭が見える。ゴッドロックカフェ常連客の、機械系工場員山田と、大工の田中だ。


 先週のリハーサルライブの後の反省会で古都は山田から言われた。


「古都ちゃん、ステージではもっと俺達観客を煽ってくれよ」

「ほえ? 煽る?」


 首を傾げる古都を見て同卓の山田と田中は萌えた。まぁ、自分のことは置いといて山田は続ける。


「うん。せっかくノリのいい曲をやってるんだから、古都ちゃんの方から俺達に付いて来いって煽ったらもっと盛り上がるのにと思って」

「あぁ、なるほど。上手にやらなきゃって遠慮してたかも。遠慮しなくていいなら私そういうの得意です」


 すると口を挟んだのは田中だ。田中は手元のビールを円卓に置くと言った。


「これは俺の持論なんだけどさ、男が立つステージを見る客は煽られたいんだよ。女が立つステージだと客は『萌え』を求めてるんだよ。アイドルがそうだろ?」


 そう言われてイメージしてみるとなんとなく納得できるなと思う古都。古都はそのまま田中の話に耳を傾けた。


「古都ちゃんの場合は容姿がいいから何をしてても『萌え』は掴める。だったらせっかくガールズロックをってんだから、いっそのこと煽っちゃえよ」

「なるほど。わかった、任せてください」


 リハーサルライブの前日まで物足りなさを感じていた古都だが、これで美和同様吹っ切れた。これは練習中に大和から言われたところでわかるものではない。練習ライブとは言え、第三者にステージパフォーマンスを観てもらって、そして意見をもらって気づける。古都は山田と田中の言葉が腑に落ちた。


 軽音楽に目と耳の肥えた常連客達に意見をもらったこの反省会は、ダイヤモンドハーレムのメンバーにとってこの日のステージを迎える上で、大いなる一助となった。

 そして迎えたこの日のライブで遠慮がなくなった古都はホールに下りて観客を集めたり、大和に扉を開けさせてシャウトしたりとやりたい放題なのだが、結果これが今、ホールを半分近く埋めている。

 ホールにいるオーディエンスは古都の歌声に酔いしれ、バンドのサウンドにノリ良く拳を突き上げ、この場のステージを彩っていた。初めて聴く世には出ていない曲ばかりの演奏で合いの手すらもない。それでも飛んで跳ねて叫んでと、熱くなっていた。


 古都は歌いながら、ギターを演奏しながらふとホールの後方を見る。そこには古都にとって大事な人、大和がいる。


 ――って、大和さん何杯目だよ。


 その時、古都の目に映った大和はステージに背を向けていてドリンクのお代わりをしているところだった。ステージに近づくわけではないが、この場にいる大和も気分がいいのだ。ダイヤモンドハーレムの演奏と歌が心地いいのだ。だから酒は進む。


 ――飲み過ぎは注意だぞ。


 古都はそんな大和から目を離すと、ステージ前で燃え上がるオーディエンス達を見渡した。そして彼らにダイヤモンドハーレムの歌を贈るため、精一杯の声をマイクにぶつけたのだ。

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