第十二楽曲 第六節
ゴッドロックカフェのステージで練習に励むダイヤモンドハーレム。それをホールの円卓から見守る大和。リハーサルステージを翌日に控えて、皆一様に気合が入っている。
「うん。いいね」
「本当……?」
一度演奏が止まってステージに歩み寄った大和に怪訝な表情を見せるのは古都で、その表情は珍しく自信からほど遠い。それを見て大和が問い掛ける。
「どうした?」
「なんか物足りない……」
「私も同感です。やり残したことがあるようで」
美和も古都に追随するので、大和は貪欲な意見を言うメンバーに感心しながら微笑む。そもそもメンバー全員、目前のリハーサルライブに大なり小なりプレッシャーを感じている。だからアルバイトの傍ら、美和と唯は学校の勉強もさぼらず、メンバー皆家では黙々と個人練習に明け暮れている。大和はそれを悟りつつも柔らかい笑顔のまま答えた。
「それは明日答えが出るよ」
「そうだよね……」
まだ腑に落ちない様子の古都だが言葉を止めた。明日はあくまでリハーサルライブ。失敗も許される。課題を洗い出して修正すればいい。それはわかっているのだが、それでも常連客や学友を招待するので、成功させたい思いもある。
「唯」
「は、はい」
大和は唯に歩み寄ると唯は肩に力を入れた。大和から何を言われるのか身構えている。
「リラックスしてな。それからステージを楽しんで」
「はいぃ……」
「あと、サンズアンプは足元にあっても触ることないだろ?」
「はい」
「じゃぁ、こうしよう」
皆で買い物に行った日に買った唯自前のサンズアンプ。ギターの2人と違って今のところステージ上で音の切り替えをしない唯。大和は唯の足元にあったサンズアンプのシールドコードを抜き取ると、サンズアンプをベースアンプのキャビネットの上に載せた。
「これでオッケー。もう足元気にしなくていいからコーラス入らない時は唯の可動範囲が広がるね」
「あわわわわ……」
途端に狼狽える唯。アンプの上に置かれたサンズアンプは短いシールドコードでアウトプットジャックをアンプに繋がれ、インプットジャックは長いシールドコードで唯が手に持つベースに繋がっている。つまり大和が唯に対してステージパフォーマンスを求めていることがわかる。
大和は唯の様子に構うことなくステージ後方に移動する。
「希。ツインペダル慣れてきたね」
「うん。でも足元に意識が向いて、手元が疎かになる」
大和は自覚があったのかと感心した。すると唯の時同様動いた大和。希からドラムスティックを2本受け取ると、希とはドラムセットを挟んだ対面で、タムタムの固定ビスをスティックで挟んで緩め始めた。
「むむ。何をする、マイダーリン」
一瞬ガクッと手元が滑った大和だが聞こえなかった振りをして作業を続ける。
希はゴッドロックカフェにある基本セットを使っているので、タムタムは2つ。これは自宅の電子ドラムも同様だ。加えてゴッドロックカフェのドラムセットは追加でクラッシュシンバルが1枚あり、クラッシュシンバルは合計2枚のスタイルだ。
大和は演者、つまり希から見て右側のタムタムを取り外した。そして空いたスペースにライドシンバルを据えた。
「これでハイハットから順にクラッシュ2枚とライドが近くなるし、フロアタムへの流れもスムーズになる」
「けどそれだとタムの音が1つ減る」
「それは慣れてから増やせばいい。今はタムより連打できるバスドラの方が魅力的だよ」
「わかった。ダーリンが言うなら従う」
再び耳にしたその単語に膝がカクンと折れそうになる大和だが、なんとか気を保ち体勢を崩さなかった。因みに他のメンバーはチューニングをしたりして自分の音を出しているのでこの会話は聞こえていない。もし古都が耳にしたらさぞうるさいだろう。
希は夏休みの路上ライブから家で体幹トレーニングを始めた。まだ成果は実感できていないものの、名前すら素性を知らない泰雅に言われたことは取組中だ。そして大和がドラムセットを組み替えたことで大和も希の弱点をわかっていて、それを補おうとした対策なのだと、希は理解した。
「絶対タムをもう1つ増やせるようにするから」
「うん。期待してる」
希の強い気持ちに頼もしいと言わんばかりの笑顔で答えた大和。彼はステージを下りると円卓に置いてあったマイクを通して言った。
『もう1回同じ曲を通してやろう』
『はい』
弦楽器の3人はマイクを通して答え、希は腹に響くバスドラを2回踏んで応えた。
すぐに希がカウントを打ち、4人の激しいサウンドが鳴り響く。やがてスピーカーから顔を出す古都の耳に心地いい歌声。大和はステージ上のメンバーの演奏に目と耳を集中させた。
バンドが始動して、そして大和が指導を始めて4カ月半。美和以外軽音楽初心者で、古都に至ってはまともな楽器経験もなかったのに、大和はよくもこれほどまで演奏できるようになったと耽る気持ちもある。
もちろんまだ粗さはある。青さもある。それでも人前で演奏をするのに恥ずかしくないだけの基準には達したと大和は思っている。
そんなことを思いながら大和は1曲を聴き終えた。そしてステージに上がった。
「どうだった?」
大和が最初に声を掛けたのは希だ。希は少しだけ満足そうに口角を上げて頷く。
「叩きやすかった」
「うん。今月2回のステージはこのスタイルでいこう」
そう言って大和が次に足を向けたのは唯が立つ場所だ。大和は苦笑いを浮かべるが、そもそも穏やかな表情をしているので、それなりに自然な笑顔にも見える。
「余計に力が入っちゃね」
「うぅ……、ごめんなさい……」
一気に恐縮そうになる唯。
元々の楽器経験からすぐにフレットを見ずに演奏ができるようになっていた唯だが、それはぎこちなさがあった。しかし足元にサンズアンプが増え、それに気を取られていたことで顔を下に向け、それが皮肉なことに唯を落ち着かせた。
それなのにまた足元が寂しくなって再びぎこちない演奏に戻った。恥ずかしがり屋の唯は下を向くことで平常心を保っていたのだ。
「まぁ、慣れだよ、慣れ。せっかくのステージだから顔を上げて演奏して」
「は、はぃ~」
大和は最後に古都と美和の間に立つ。2人には演奏と歌う上での課題はない。尤も、目前のステージについてはだが。もっと先を見据えては練習あるのみだと思っている。ただ聴衆を前にしたステージはこれからなので、それは明日課題が出るだろうと思う。ステージのない路上ライブとは違う。
「うん。今日はここまで」
『うおい!』
古都のツッコミをマイクが拾い、ホールにその美声が響く。何かアドバイスがあって来たのだと思っていた古都と美和は肩透かしを食らった。
「なんだよ?」
『私達ギターの2人には何かないわけ? せめて明日に向けてとか』
「うーん……。ステージは楽しんでな」
楽しむことは古都なら言わずともできるだろうと思う。聴衆が付いた時の路上ライブではそうだった。美和はどうだろう? 先日一緒に観に行ったライブは楽しんでいた印象を受けたので、安心の方が強いか。大和はそんなことを思いながらステージを下り、背中越しに指示を出した。
「じゃぁ、片付けして。僕は開店準備」
「ちくせう。いいのか悪いのかもわからないぜ」
シールドコードを抜くために顔を下に向けていたので、もうマイクは古都の声を拾わない。美和も何か物足りなそうに片付けを始めた。
メンバーにはそれぞれ色々な思いが渦巻く。不安、楽しみ、力試し、今までの感謝。デビューライブを翌週末に控え、まずは明日のステージで自分達の成長を見せる。それぞれが思い思いの気持ちを抱きながら片付けを進めた。
そして彼女達はリハーサルでもある招待ライブを迎え、それを経て一週間後、初ライブ当日を迎えた。
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