間奏 ギターソロ

美和のソロパート

 6月ももう残すところ数日。私は今月からバンドメンバーの古都と一緒に作曲を始めた。出来や大和さんからの評価には満足している。――いや、していた。

 楽器初心者の古都もそれなりの曲を作った。……1曲目は。これだけでもちょっと悔しかった。しかしそんな嫉妬は古都が作った2曲目を聴いてきれいさっぱり消えてしまった。

 私がこの先どれだけ技術を伸ばしても彼女の感性に勝ることはないだろう。悔しさなんか優に通り越して、古都とずっと一緒に音楽をやっていきたいと思い知らされる1曲だった。その音の世界観を表現する演者の1人として、私はずっとダイヤモンドハーレムのメンバーでいたい。


 火曜日のこの日、私はアルバイトが休みなので、食後にはゴッドロックカフェに行く予定だ。


「詠二。中学はどう?」

「別に」


 最近そっけない弟の詠二。思春期だからだろうか。詠二の部活や私の音楽活動が原因で、二人で囲む食卓も回数が減った。それなので話せる時間も限られているから私は続ける。


「別にってことないでしょ?」

「そんな学校のこと話すほど子供じゃねぇよ」


 なんと生意気な。根性入れ直してやろうか。それこそ背中に紅葉でも付くぐらいに。


「て言うか、姉ちゃんそれ、ダチがよく言う鬱陶しい親のセリフ」

「……」


 ショックで言葉を失う私。あぁ、そうか。可愛い弟だと思っていたけど、詠二からしたらお母さんが2人もいるようなものか。一見いいことのようにも聞こえるが、少なくとも私は鬱陶しい部類らしい。


 食後、私は気を取り直してゴッドロックカフェに行った。到着は19時ちょっと過ぎ。ちょうどいい時間かな。


「あ、美和。いらっしゃい」

「お疲れ様です」


 いつもの穏やかな笑顔でカウンターの中から私を迎えてくれる大和さん。


「何にする?」

「じゃぁ、ウーロン茶で」

「了解」


 大和さんが手際良く私の注文の品を準備するので、私はその手元を眺めていた。前から思っていが、大和さんの手は綺麗だ。


「今日も晩御飯作ってから来たの?」

「そうですよ」


 私は答えてから出されたウーロン茶を口に運ぶ。手を止めた大和さんは私の正面に立ったままだ。


「美和はさすがだね」

「いえ、そんなこと」

「美和の作るご飯は美味しいから美和の家族が羨ましいよ」


 大和さんはこういうことをさりげなく言うから照れる。同年代からは近寄りがたい印象を持たれているのか、あまり言われ慣れていない。私は照れを隠すようにもう一度ウーロン茶を口に運んだ。

 ただ、照れるものの大和さんに言ってもらえるのはやはり嬉しく、そんな大和さんの近くは居心地がいい。バンドのメンバーは皆大和さんを男としても慕っているようだが、わかる気がする。

 私もメンバーからはそう言われるが、正直それが恋心かと問われるとよくわからない。その感情がどういうものだかまだ経験がないから。ただ、あまり強く否定する気になれないのも事実だ。


 カランカラン


「いらっしゃ……あれ? 正樹君じゃん」

「げ……」


 大和さんの声に反応して私は入り口を見たのだが、思わぬ来客に私は唖然とした。


「よっ、美和」


 それは幼馴染の正樹で、営業時間内に店に来るのは初めてだ。周囲の空気に無頓着で、いつも私の周りから離れない正樹。なんで来た?


「さっき家に行ったら詠二がここだろうって」


 彼に対する邪魔者感が拭えない私の感情はお構いなしに、朗らかな笑顔で聞いてもいないのに答える正樹。まぁ、邪魔者と言っても彼のことは嫌いではないし、むしろ友人としては好きなのだが。ただ私の癒しの時間に割り込んでくることが邪魔だと思うだけだ。

 そんな正樹は断りもなく私の隣に座る。


「なに飲む?」

「じゃぁ、コーラで」


 正樹の注文に「了解」と返事をした大和さんは意気揚々と準備を始めた。変なこと勘ぐられないといいけど。


「あんた部活終わったの?」

「そりゃ、もう19時過ぎてるから当たり前だろ」

「県予選もうすぐなんだから練習しなよ?」

「ただでさえ練習きついのに、これ以上やったらオーバーワークになるわ」


 そんなことわかってるよ。今のはただの嫌味だよ。私の癒しの時間を邪魔されたことによるただの八つ当たりだ。


「はい、コーラ」

「あざーす」


 愛想良くグラスを受け取る正樹はその笑顔が眩しいらしい。クラスの女子が言っていたのを聞いたことがある。つまり彼はモテる顔をしている。性格の受けもいい。私は昔から一緒にいすぎてよくわからない。


「幼馴染ってやっぱり仲いいもんだな」

「そうっすかね? 照れます」


 いや、いちいち照れなくていいから。まったくもう、恥ずかしい。


「こうして見ると美男美女カップルだな。やっぱり2人は――」

「できてません!」


 そのくだり、その先何を言うか読めるからね、大和さん。私は思いっきり言葉を遮って、強く否定した。


 カランカラン


「あ、藤田さん。いらっしゃい」

「えぇ……。美和ちゃんが同年代の男と一緒にいる……」


 入店してきた藤田さんは私と正樹を見るなり悲痛な表情を向ける。それに私は頭を抱える。はぁ、溜息しか出ないよ。


「美和のただの幼馴染ですよ。ここどうぞ」

「あ、そうなの」


 大和さんに促されて安堵の表情を見せる藤田さんは正樹とは反対の私の隣に座った。藤田さんはメンバーの中で私を一番可愛がってくれている大事なお客さんだ。お世話にもなっているし、無下にはできない。

 まさか、この年の差で正樹が私に抱くような感情を持っているとも思えないし、アイドルの推しメンのようなものだ。自分をアイドルに例えるのも恐れ多いが。


 て言うか、隣で正樹ががっくり項垂れているのだが……。しかしなぜ正樹は突然こんなに項垂れた? あぁ、大和さんが『ただの』幼馴染だと紹介したからか。正樹の気持に応えられないのは申し訳ないが、事実だからしょうがない。


「なぁ、美和?」


 むくっと顔を上げると唐突に声を掛けてくる正樹。なんだろう?


「練習じゃない日までここに通うためにバイトしてんのか?」

「は? 違うよ。バイトはバンドの活動費を稼ぐため」

「バンドって何にそんな金掛かんだ? 美和はもう楽器も持ってんじゃん」

「練習もここでやらせてもらってるし、今はまだ掛かってないよ」

「今は?」


 鸚鵡返しに質問を重ねる正樹。まぁ、確かに内情がよくわからなくてもしょうがないか。


「私達の目指すところは高いのよ。だから後々の活動を考えると、いつお金が掛かるかもわからないから、メンバー皆今は出費がなくてもバイトをしてお金を貯めてるの」


 私が要約して説明すると「ふーん」と一応の納得を見せる正樹。すると続けて悪気なしに痛い質問をするのが正樹である。


「じゃぁ、ここの料金はどうやって払ってんだ?」


 これはあまり聞かれたくない質問だったな。途端に大和さんは面白おかしく笑って離れていくし。

 まぁ、大和さんや常連さん曰く、アルコールを飲まない私達女子の料金は大した金額ではないそうだけど。それにバンドのことでお世話になっている常連さん達から、お金のことは心配しなくていいから営業日はメンバーのうち誰か1人でもいいから顔を出してくれと言われている。それでこのルーティーンなのだ。

 私が質問の答えに詰まっていると、答えたのはなぜか得意げな顔に変わった藤田さんだ。


「俺達常連客が払ってんだよ」

「え? 貢いでんすか?」


 だからその言い方。本当に私の幼馴染はデリカシーがなくて思わず私は頭を抱える。


「はっは。まぁ、可愛がってるし期待してるからな。その投資ってことだから貢ぎでもあながち間違ってないな」


 笑って言う藤田さんだが、藤田さんが寛大な大人の対応をしてくれて良かった。しかし……


「そんなら今日は俺が美和の分は払いますよ」

「は? 何言ってんの? あんた」


 これには思わずツッコんでしまった。なぜ私が同級生で幼馴染の正樹に奢ってもらわなくてはならない? そもそも彼は私と同じ市営住宅に住む母子家庭の子だ。


「俺だって小遣いの中から美和にそのくらいのことはしてやれます」

「はぁ……」


 思わず溜息が出た。どうやら私の幼馴染は社会人に対して見栄を張っただけらしい。それを大人の余裕で笑う藤田さん。


 結局この後幾らかの押し問答を経て……尤も、正樹が誰と押し問答をしたのかうまく説明できないが。この日の料金は、私の分も正樹の分も藤田さんが払ってくれた。ありがとう、藤田さん。

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