第八楽曲 第八節

 6月も残り1週間となった土曜日。正午過ぎからダイヤモンドハーレムのメンバーは全員ゴッドロックカフェに集まっていた。学校が休みのこの日は皆、私服姿だ。

 ゴッドロックカフェのバッグヤードは客用トイレが食い込んだ間取りになっているためL型の平面形状をしている。ドリンクカウンターに近い方のスペースは文字通り備品が置かれたバックヤードで、裏口に近い方のスペースに4人掛けのボックステーブルとPCデスクが置かれている。

 メンバーはテーブルいっぱいに機材が敷き詰められたボックステーブルを囲っている。大和はPCデスクでパソコンを操作した。するとスピーカーから4曲のオリジナル曲が流れた。


「す、っごい……」

「ほう……」


 唯と希がそれぞれ感嘆の声を上げる中、古都と美和は感動から口を開けたまま声が出ない。流れる楽曲に聴き入っていた。4曲中2曲は大和が作曲した曲で、あとの2曲は古都と美和がそれぞれ手掛けた曲だ。

 既に大和から渡されたCDでメロディーの全体像を知っていた古都と美和であるが、この時流れた曲は編曲アレンジまで済んでいた。大和は古都から手渡された歌詞を元に楽曲を完成させていたのだ。


「か、格好いい……」


 やっとの思いで口を開く古都だが、美和はまだ感動の余韻が拭えず声を出すことができない。


「この曲って歌詞はどうなってるんですか?」


 メロディーラインをキーボードで入れただけの音源だったので、興味を示した唯が問う。


「古都」


 満足そうな表情の大和は古都にマイクを手渡す。大和の意図を理解した古都は慌ててバッグからルーズリーフのファイルを取り出し、マイクを握った。大和はパソコンを操作してキーボードのメロディー音を無くすと、マイクを録音状態にして4曲を再生させた。


 ♪♪♪♪


 メンバーが一度聴いたイントロに続いてマイクが古都の歌声を拾う。古都以外のメンバー3人に鳥肌が立った。それは作った大和も同様で、その大和ですら完成後の曲に古都の歌声を当てたのは初めて聞く。

 透き通るようで、それでいて力強い古都の歌声。耳に心地よく一気に吸い込まれる。そして歌詞だ。4曲それぞれテーマを持ってしっかりと書いてある。古都の歌声とメロディーにマッチしていて、更にそれを伴奏が支える。皆、一様に感動していた。


「ふぅ……」


 4曲を歌い終わった古都は実に満足そうで気持ちよさそうな表情をしていた。余韻に浸るのは他のメンバー3人と大和だ。自由な古都に憧れる唯に至っては、その自由な曲と詞に古都の歌声が乗ったことで感動の余り涙目になっている。


「これが私達の曲……」

「うん、そう」


 ボソッと声を出した希に大和が柔らかな笑顔で肯定する。表情にあまり変化のない希でさえその内に秘める感情がこの時はこの場の誰しもが読み取れるようである。


「私の曲がこんな素敵になるなんて……。本当に魔法が掛かったみたいだ」

「そう言ってもらえて良かったよ」


 ボックステーブルの上で一点見をしながら浸る美和にも大和は柔らかい笑顔で答えた。そしてメンバーに指示を出す。


「バンドでは来週の全体練習から取り掛かるから、皆今日楽譜スコアとCD持って帰って覚えてきて」


 それにビシッと気合が入った様子のメンバー達。自分達のオリジナル曲を自分達が覚えるのだ。張り切るのも当然である。するとその中の美和が思い出したように言った。


「あ、そうだ。私リフからもう1曲作ったんです」

「へぇ。聴かせて」

「あ、はい」


 学校が休みの土曜日の練習日、弦楽器の3人は各自手持ちの楽器を持ち込んでいるが、この時はステージに置いたままバックヤードに集まっていた。美和は大和のギターを拝借し、アンプに繋いだ。そして歪の効いたドライブ音をバックヤードに轟かせ、まだ歌詞のない曲を口ずさむ。


「へぇ、いいじゃん」


 演奏が終わると大和が納得したような表情を向ける。それに安堵から顔を綻ばせる美和。他のメンバー3人も納得の様子だ。


「これ、また仕上げお願いできますか?」

「うん、任せて。じゃぁ、今から音録っちゃおうか?」

「はい」


 美和が声を弾ませて返事をすると大和は機材の操作を始めた。その手を動かしながら他のメンバーに問い掛ける。


「皆はどうする? 練習時間までステージで個人練習しててもいいけど?」

「じゃぁ、私はステージ」

「なら私もそうします」


 そう言って立ち上がったのは希と唯で、彼女たちは作曲をすることはないが、それでもできた曲を今聴かされて触発はされている。自分のパートを伸ばしたいとやる気に満ちていた。


「私は音録り見てる」


 そう言ったのは古都で、バックヤードに残る意思を見せた。

 大和は唯と希がバックヤードを出たことを確認すると早速美和の演奏の録音を始めた。伴奏は美和の奏でるギターと、打ち込みの単調なドラムの機械音だ。それと同時にまだ歌詞のない美和の歌声を吹き込む。

 大和はその時、美和の演奏を見ながらメモをしていた。美和の手元を見て楽譜スコアを付けているのだが、いくら聴いただけで音を拾える大和とは言え、楽譜はあるに越したことはない。こうすることが確実であり、効率的なのだ。


「あのさ、実は私ももう1曲作ったんだけど……」


 普段から自信に溢れた古都であるが、珍しく遠慮がちに口を挟んだ。大和と美和はそんな古都の様子に構うことなく「聴かせて」と先を促す。それで古都は美和からギターを受け取り、演奏を始めたのだ。その時大和は録音ボタンを押していた。


 自宅でまだサビしかできていなかった時に一度妹の裕美には聴かせた曲。古都はその時の裕美の反応が微妙であまり自信を持っていなかった。しかし、自分では気に入った曲だと思っている。微妙な反応をした裕美が完成させろと言った真意はわからないが、それもあって完成させた。

 他の人たちの反応はどうだろう。恐る恐る演奏を続け、歌い、一抹の不安を抱えながらも古都は演奏を終えた。


「どう……かな?」


 いつも明るい古都がそれとは対照的な表情で大和と美和に問い掛ける。聴き入っていた2人だが、まず美和が口を開こうとした。


「すご――」

「古都」


 それを大和が遮った。古都と美和はきょとんとした表情を大和に向ける。


「この曲も預かるよ」

「あ、そう?」


 古都は感想が欲しかったのだが、それをもらえず大和の言葉の真意が理解できない。やっぱりダメなのだろうか。自分が気に入っていても、やはり他の人からの評価は違うのだろうか。古都は腑に落ちないながらも従うことにした。


「私も、ステージで練習してくるね」


 古都はそう言い残すとギターをスタンドに立て、バックヤードを後にした。腑に落ちないのはもう1人いる。その美和が大和に遠慮がちに向いた。


「あの……」

「ん?」

「今の古都の曲、私凄く良かったと思ったんですけど、ダメでした?」

「……」


 何も答えない大和。大和は何と言おうか言葉を探しているのだ。そこへ美和が言葉を足す。


「こんなこと大和さんに言ったら失礼かもしれないですけど、それこそ一番いい曲だと思いました」

「ふぅ……」


 大和は1つ大きく息を吐いた。言おうか言わずか迷ったが意を決した。


「誰にも言うなよ? 古都にも唯にも希にも」

「あ、はい」

「美和の言う通り今までで一番いい曲だと思った。本当に驚いた」

「じゃぁ、なんで褒めてあげないんですか?」

「今じゃないから」

「今、じゃない……?」


 未だ腑に落ちない表情の美和。大和はその理由を説明し始めた。徐々に美和の表情が晴れていく。腹の中にすとんと大和の意図が落ちてきた。


「だから今じゃない。評価したところで舞い上がってすぐにやりたくなるだろ?」

「はい。間違いなく」

「だから内緒な?」

「わかりました」


 納得顔の美和はすっきりした表情でバックヤードを出た。それを見送った大和は全体練習の開始時間まで店の仕事に取り掛かった。


 この6月、大和は古都と美和が手掛けた曲も合わせて5曲を完成させた。また、依頼曲も完成させ、合計で実に6曲だ。その依頼曲も早速吉成に送り好評を得て、作曲家、アレンジャーとしての評価を高めた。

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