第五楽曲 第一節
備糸高校の昼休み、希の4組の教室に集合して会議をするのは3人の女子生徒だ。古都と唯は手持ちの弁当、希は購買で買ったおにぎりである。
「古都ちゃんは楽器どうするの?」
唯からの質問に古都は満面の笑みを浮かべる。古都の機嫌の良さは休み明けの月曜日のこの日、唯から母親の説得が完了し、一緒にバンドをやりたいと申し出てきたことにある。
「ギターしかないでしょ」
「それはそうなんだけど、買うの?」
「そこなんだよね……」
既に個人練習ができる環境にあるのは希だけで、古都と唯は楽器も持っておらずまだ軽音楽が始められる状況にない。一方希は、2日に1回ほどの割合でゴッドロックカフェに通っているものの、早めに切り上げ自宅の電子ドラムで練習をしている。
「私はバイトを始めようかと思って」
「え!? 唯、バイトするの?」
ここまで来ると早くも馴れ馴れしく呼び捨てで呼ぶのが古都であり、またあまり会話に参加はしないがそれは希も同様である。
「うん。ベース買いたいから」
「そっかぁ、やっぱ自分で稼ぐしかないよね。私もバイトしよう」
「唯も古都もバイトするの?」
希の質問に2人して「うん」と首肯する古都と唯。更に言葉を繋ぐのが堅実な唯である。
「活動費だってどのくらいかかるかわからないから、貯めるに越したこともないし」
「そっかぁ……、活動費だってただじゃないよね。ったく、部活が廃部だから」
古都が悪態を吐きながら落胆を示す。元来自主活動の軽音楽のバンドとは、練習をするにもスタジオ代は掛かるし、楽器を揃えてからも消耗品はあるしメンテナンス費用も掛かる。希はそのことを兄から聞いて、唯はインターネットなどで調べて知っていた。
「私もバイトする」
「のんも!?」
古都の驚きは希の兄、勝が電子ドラムを買い与えたことを知っているが故である。
「うん。バンドのお金のことでこれ以上お兄ちゃんに甘えたくない」
これに納得顔の古都。唯は希の家庭の事情をこの後古都から説明されて知り、こちらもまた納得顔。希のこの意志は一本芯の通った希らしい考えである。
「唯、今日ゴッドロックカフェ行かない?」
「ゴッドロックカフェ?」
「うん。私達のバンドを指導してくれる大和さんがいるの」
「先生がいるんだ……。わかった、行く」
「じゃぁ、7時に備糸駅に集合ね」
この日の話は決まったが、大和はまだ指導をするとは返事をしていない。希はそのことが頭を過ぎったが、古都に言っても無駄だろうと言葉を飲み込んだ。
放課後、学校から帰ってきた美和は夕食を作り始め、台所に立ったのだが、買い忘れた物があることを思い出した。
「詠二、ごめん。買い物行って来るから留守番しててくれる?」
「ん、わかった」
テレビゲームに夢中な中学1年の美和の弟、
スーパーは自宅最寄り駅と隣の備糸駅のおよそ中間地点にあり、電車で行くのは不便である。徒歩の時間を考慮するなら数十分自転車で走った方が効率的だ。美和は団地の駐輪場に停めてあった自転車に跨ると風を切ってペダルを漕ぎ始めた。
買い物自体は目的の物が決まっているので、それほど時間は掛からず、スーパーに到着した美和は用事を済ませるとすぐに店を出た。そして前籠に荷物を積むと自転車に跨ったのだが、ふと思い留まった。
「もうすぐ19時か……」
美和は詠二が腹を空かせて一人で待っていることが気になった。
「ごめん、詠二。ちょっとだけ」
口に出してそう言うと、美和は自宅と反対方向に自転車を漕ぎ始めた。
そこから十数分。美和は目的の場所に到着した。この日の学校帰りにも途中下車をして来た建物だ。夕方に来た時とは打って変わってその店、ゴッドロックカフェの看板に光が灯っている。時刻も19時を少し過ぎていて美和は営業中であることを確信した。
「どういう人が来る店なんだろうな……」
美和のこの独り言の真意は『どういうバンドマンが来る店なのか?』にある。軽音楽の演者やそのファンで聴くことが好きな人物が来店することは読み取れていて、美和の興味はもっと深いところにあった。
「詠二待たせてるし、早く帰ろう」
自転車に跨ったままだった美和はペダルに足を掛け、漕ぎ出そうとした。正にその時だった。自分と同じ位の歳だろうか。女子3人がゴッドロックカフェの入り口を開け、入店する姿が目に入った。瞬間美和の足は止まった。
やや遠目で、更には暗くなったこの時間、はっきりとした風貌は確認できない。ただ私服姿であることは確認でき、その服装の雰囲気から同年代だと読み取れた。1人は低身長で、あとの2人の身長は標準的だと思われる。
「私も入れるお店かな……」
美和の興味がゴッドロックカフェに向く。一人で練習してきたギター。ずっとやりたかったバンド。今入店した女子達は軽音楽をやっているのだろうか? ――がしかし、意識を妄想から現実に戻すかの如く、美和のスマートフォンが鳴る。
『姉ちゃん、まだ?』
電話の主は弟の詠二だった。美和ははっとなった。
「ごめん。すぐ帰るから」
美和は慌てて自転車を漕ぎ始めた。
カランカラン
「いらっしゃ――」
一人増えている。しかも今度は黒髪ロングの清楚な和風美人である。大和は途中まで出ていた言葉の形に口を開いたまま固まった。
「歓迎の挨拶は最後まで!」
そんな大和に元気に言う古都。迷わず奥のカウンター席に座ると、それに倣って希が一席空けて座った。初来店で緊張している唯はオロオロとした様子だが、希に促されて間の席に座った。
「大和さん、レモネード3つ」
「はいよ」
大和はここ最近の古都の来店から、今まではあまり出なかったレモネードを作るのももう慣れたものである。手際よく作業を進めながら口を開いた。
「もしかして新メンバー?」
「そうだよ。唯って言うの」
「よ、よろしくお願いします。先生」
「違う! 先生じゃない」
「え? そうなんですか?」
古都の紹介に続き挨拶をした唯だが、大和と呼ばれたこの男こそバンド指導をしてくれる人物だと思っていたのに、勘違いしたのかと焦った。そのやり取りに食いつくのは古都である。
「メンバー集めたら教えてくれるって言ったじゃないですかぁ~」
「3人とも楽器できるのかよ?」
「
答えたのは希だが、一週間で頑張ったのだなと大和は感心した。とは言え、希が山田に教えてもらったのを見ているため、納得もできる。その大和は古都と唯を交互に見た。
「私と唯はこれからそれぞれギターとベースを始める」
「楽器は持ってんのかよ?」
「それはまだだけど……」
「じゃぁ、まだまともなメンバーではないな」
「なっ! ずるい! 大和さん」
大和は古都の言葉に返事をすることなく、3人分のレモネードをカウンターに置いた。
「しかしまさか全員女子で集めるとは思わなかったよ。3ピースのガールズバンドか?」
「えぇ、そのつもりです。――唯、美味しいから飲んでみて」
後半は古都から唯への言葉だ。促された唯はレモネードを一口含んだ。
「凄い。美味しい」
「へへん。でしょう」
ここからはそれぞれの時間である。大和に指導をしてほしくて食い下がる古都。それを躱す大和。傍観する唯。我関せずと言わんばかりに、BGMのロックを聴きながらドラムのイメージトレーニングをするストイックな希。それぞれがそれぞれの様相を見せていた。
カランカラン
「あ、いらっしゃい。高木さん」
来店してきたのは元ベーシストで住宅メーカー営業マンの高木。入店してすぐ、唯を見るなり目がハートで、迷うことなく希をずらし唯の隣を陣取った。唯は高木の好みのタイプのようだ。
引っ込み思案の唯はこの後高木から何かと絡まれ気圧されていたが、なんとかコミュニケーションを取った。気圧されたと言っても性格からのもので嫌だとか苦手意識を持っていたわけではないのだ。
そして時間の経過と共に続々と集まってくる常連客達。女子3人は席を離され、常連客達に囲まれた。1週間毎に女子が1人増えたことでまた盛り上がるゴッドロックカフェ。和気藹々とここ最近の雰囲気を醸し出していた。
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