僕がプロデュースする4人の軽音女子
生島いつつ
序章
序曲 ガールズバンド
ダイヤモンドハーレムのプロローグ
秋風が冷たくなってきたこの季節、とある政令指定都市にある小さなライブハウス。ここに4人の女子高校生を引き連れた一人の青年がいた。彼の名は
大和は店の店主でありながら、作曲家でもある。また、ゴッドロックカフェはカフェと言いながらも形態はバーなので、夕方から深夜まで営業する。そして日曜日のこの日は定休日なので、大和は店を空けてここまで来ているのだ。
大和が引き連れている女子高校生は、同一県内郊外の都市にある備糸高校に通う1年生だ。大和が育てているガールズバンド『ダイヤモンドハーレム』のメンバーである。この日はバンドを結成してから初めてのステージだ。
ただ5人は今、ライブハウスの外にいる。
この日の出演バンドは全5組。彼女たちの出番は3番目であり、現在1組目の演奏が始まったところである。
「大和さん。喉乾いたぁ」
意識はしていないのであろうが、やや甘ったるい声で大和におねだりの意思を示すのは、ダイヤモンドハーレムのボーカル兼リズムギター、
「まったく。これで人数分買ってきな」
大和は財布から千円札を取り出すと古都に渡した。古都は途端に無垢な笑顔を浮かべて大和に向け、礼を言って金を受け取った。そして各々の好みの飲み物を確認する。
活発で天真爛漫な性格の古都は、その性格どおり物おじしておらず、初ライブの重圧は今のところ感じられない。さすがはバンドのリーダーである。
古都は綺麗なミディアムヘアーを真っ直ぐに下ろしており、つぶらな瞳が特徴的だ。美少女と言える容姿で学校では相当もてる。人当たりもいいのでもてるのも納得である。
しかし、バンド活動に生活の重きを置いており、ことごとく言い寄ってくる男子生徒を振っている。
「美和、行こう?」
「うん」
古都が「行こう」と言った先は近くのコンビニだ。その少ない言葉から意図を理解して返事をしたのは、ダイヤモンドハーレムのリードギター兼コーラスの
美和は頭の回転が早く、容姿はショートカットにきりっとした目。クールビューティーという言葉が似合う。
美和は古都と肩を並べてライブハスから離れて行った。その後ろ姿から、古都が話し掛け、それに美和が相槌を打つという様子が見て取れる。
「大和さん、私達大丈夫でしょうか……」
人数の減ったライブハウスの外で初ライブへの不安を口にしたのは、ダイヤモンドハーレムのベース兼コーラス、
「打ちのめされてこい」
半ば揶揄い気味に、半ば本気で大和がそう言うと、唯は俯いて小さく息を吐いた。その表情が実に不安げで、本心では励ましの言葉が欲しかったのだと誰しもが読み取れる。
唯の性格はおっとりしていてお淑やかである。お嬢様と言った雰囲気を持つが、備糸高校は公立校なのでそうでもないのだろう。
容姿はストレートロングの黒髪で、前髪も長くセンター付近で分けている。清潔感と気品のある綺麗な顔立ちだ。
「唯。大丈夫」
ぼそぼそと呟くように唯を励ましたのはダイヤモンドハーレムの
「そうかな……」
「私達、リズム隊。演奏を引っ張らなきゃ」
普段口数が少ない希の言葉に大和は顔に出さず感心していた。希の責任感ある意見に共感していたのである。しかし、それは反って唯に重圧を与えるのではないか? とも感じていた。
「うぅ……」
「私がしっかりする。唯、私に付いてきて」
大和にとっては案の定の唯の反応であったが、不覚にも希の言葉に感動していた。目は向けないものの、耳でしっかり希を捉えていたのだ。
希はセミロングの髪型で、高校の制服を着ていない今などは中学生にも見えるくらい可愛らしい顔をしている。表情にあまり変化はないが、芯の通った強い精神を持っている。
「のんちゃん、付いてく」
唯は顔を上げて、まだ若干の不安を表情に残しながらも希の意思に応えた。
やがて人数分の飲物を買って来た古都と美和が合流し、更に時間が経って1組目のバンドがステージを終わる時間となった。
「よし、中に入ろうか」
大和のその言葉にバンドメンバーの4人はペットボトルの蓋を閉め、立ち上がった。そして緊張を隠せない表情ながらもライブハウスの中に入っていった。
所々照明は付いているものの、基本的に薄暗いライブハウス。荷物置場と化した控え室に行くためそのホールを通る。
「よう、古都ちゃん」
「あ、山田さん。来てくれたんだ、嬉しい」
ホールにいたのはゴッドロックカフェ常連客の中年男、山田。その姿を捉えて古都の声が弾む。山田の脇や後ろにも常連客が大量におり、総勢20人ほどのおっさん達が集っている。それを目にしたメンバーの顔が思わず綻ぶ。
「唯ちゃん、頑張れよ」
「はいぃ、頑張ります……」
常連客高木からの励ましに唯が震えた声で返す。女子力最底辺の強張った表情をしており、それを見ていた美和がすかさず動く。
「大丈夫。ここは私達のスタート。夢はこの先にある」
唯に一声掛けると、美和は唯を優しく抱きしめた。回した手で背中を摩ると唯が徐々に落ち着いてきて呼吸が整い始めた。その様子を見ていたゴッドロックカフェの常連客達、全員羨ましそうだ。
「大和はどこで見るんだ?」
そう大和に声を掛けたのは年長の河野。白くなった口ひげを蓄えている。
「僕はドリンクカウンターのとこで見てようかと」
「そうか。俺ももう年だからそうするわ。前の方なんておっかなくて行けねぇよ」
大和と河野は納得したようにクスクスと笑う。
大和とメンバー4人は一度ホールを離れ、荷物置場と化した控え室に入る。その時演奏を終えた1組目のバンドが片づけを終えて出てくるところで、ちょうどすれ違った。
更に2組目のバンドがステージでの音合わせを終えて控え室に戻ってきた。どちらも男だけのバンドだ。大和とメンバーはそれぞれのバンドと挨拶を交わす。
控え室に入るとさすがに緊張の色を隠せないメンバー達。しかし1人だけ我関せずといった感じで無心でスティックを素振りする希。外で放った熱い言葉はどこへ行ったのか、彼女はマイペースである。
ステージに立たない大和は緊張をしておらず、それどころか自身がステージに立っていた時のことを思い浮かべて、その懐かしさを楽しんでいた。
やがて2組目のバンドの演奏が終わった。演奏中に控え室に聴こえてきた轟音。そしてホールのオーディエンスの歓声。視界に捉えられないメンバーに異様な盛り上がりを感じさせた。真偽の程は定かではないにも関わらず。
そして2組目のバンドがステージから下りてきて、4組目のバンドが控え室に入ってきた。それと入れ替わるようにステージに向かうメンバー達。
今はまだ音合わせ。ステージから見えるホールは人より床が目立つ。手の甲にスタンプを押してもらえるライブハウスのため、チケットを切った後も出入り自由だ。外の空気を吸っている人もいるだろうし、ドリンクカウンターには何人かが屯っている。
しかしステージ前を占拠する約20人のゴッドロックカフェの客のおっさん達。この光景は彼女達に安心を与えてくれる。店の小さなステージで練習のためにミニライブを披露した時の雰囲気を感じさせる。
ただ、2列ほどに及ぶ常連客達の後ろは一面が床だ。本番もこれだったらと一抹の不安を抱く。支えてくれる常連客達に感謝の気持ちはあれども、彼らばかりに甘えるわけにはいかない。そんなことを考えながら音合わせを終え、彼女達はステージを下りた。
その後出番の時間となり、控え室に戻っていた彼女達。一度大和も含めて5人で円陣を組んだ。輪の中心に各々が右手を集める。そして古都の発声のもと、気合を入れたメンバー。彼女達は夢への第一歩となるステージに向かったのだ。
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