12

 線路を駆ける轟音が響く。列車が往き来するたびに風に髪を乱されながら、少年とそろいの制服を着た少女が不意にこちらを振り向いた。忙しなく行き交う人々のあいだを縫うようにして目が合い、あっと少女が口を開ける。静かにするよう人差し指を唇に押し当てて伝えると、何やら周りを取り囲む人々に笑顔を向けてから、輪を抜け出してやってきた。


 造りの大きな駅だった。人の入りはまずまずといったところだ。これから寄宿学校へと向かう彼女と同じように、長い休暇が終わり、旅立っていく人々で賑わっている。おかげで少しは目立たない。


「おじさん!」


 結局、呼び名は直らずじまいかと思わず笑ってしまう。


 柱に身を潜めているこちらの正面までやってきた少女は、くるりと癖のある黒髪を風に吹かれないよう片手で押さえながら、嬉しそうにはにかんでいた。頬は薔薇色をしている。


「グウェン。君も学校へ行くんだろう。会えなくなるから、プレゼントだ」


 ラッピングされた細身の袋を差し出すと、グウェンは目を大きく見開いてそれを受け取った。


「え、あの、開けてもいい?」

「どうぞ」


 少女がほどいた袋の中から、黒猫を模した石の栞が出てくる。つるりとしたその猫は首に赤いリボンをつけており、瞳は彼女と同じ深い緑色の宝石でできている。


 感極まったのだろう少女は、あんぐりと開いていた口を手で押さえた。相変わらず反応がわかりやすくて助かる。


「こんなに立派な贈り物をもらうの、はじめて」

「喜んでもらえて嬉しいよ。しっかりと勉強しておいで」


 それから、ともうひとつ小箱を取り出して手渡すと、少女は不機嫌そうに顔を歪めた。


「ミカにはどうして会わないの」

「怖い思いをさせたからな。シスターたちもいい顔はしないさ」


 肩をすくめてみせたが、彼女は納得のいかない様子だった。


「そんなことない! おじさんが約束してくれた次の日にミカは帰ってきたもの。ちゃんと守ってくれたもの」


 いいながらだんだんと声は震え、泣くのをこらえるように口を引き結ぶ。


「あいつに変わったところや怪我はないか?」

「全然! ピンピンしてる。だってミカ、殴られて気絶して起きたら天蓋付きのベッドに寝てたんだって。いつの間にか用意されてたおいしいお肉とおいしい果物を毎日食べて、ときどき歌って、そしたらある日後ろからまた襲われて、次に起きたら教会の前だったっていうの。警察の人もお手上げなんだから」

「ああ、そう」


 聞いたこっちが呆れ返った。まったくあの少年はつくづく幸運の星のもとに生まれたらしい。


「まあ無事でなによりだ。俺にはそれだけで充分だよ」


 まだ何かいいつのろうとするグウェンに、笑いながらそっと首を横に振った。


「遠くへ行っても、あいつの歌が聞こえなくなっても、幸せを祈ってやると約束をしたんだ。だから大丈夫なんだ」


 唇を尖らせている少女の背後には、日常を営む人々が連なっている。抱き合いながら別れを惜しむ者たち、土産物を片手に笑顔で列車に乗り込む者たち、多くの穏やかな顔をした人々。あちら側の世界が彼女たちの生きる世界なのだと思う。


「会えなくなってもミカと君の幸福を祈っている」


 目元を赤くして黙った少女はうつ向くと、少しして勢いよく腰に抱きついてきた。それを受け止め、背中をぽんぽんと叩いてやる。


「行っておいで」

「おじさんも、元気で」


 くぐもった声がそう返し、名残惜しそうにしながら、しかし最後には体温も離れていった。


 発車のベルが鳴り響いている。青空があまりにも澄み渡っていてまぶしい。子供たちは無事に旅立てただろうか。


 日差しの中、金網にもたれた背中には、線路を駆けていく列車の轟音が伝わっていた。

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