エデンの箱庭でⅡ

誠澄セイル

プロローグ―― 私が私であるために

 私の眼下に人類を滅ぼした痛ましい爪痕が広がる――。

 地表を何度も上塗りするように点在する巨大なクレーター。熱核兵器の応酬によってできたあの傷は、あと数世紀かかっても癒えることはないだろう。母なる地球、かつて旧人類がそう呼んだ蒼き星は、長い年月をかけてようやく元の緑あふれる姿を取り戻しつつある。当時と違って見えるのは人が死滅し消え去った街の灯りだろう。


 今、唯一残されているのは私が愛する人々がいるあの街だけ……。


 宇宙船に乗って茫漠と広がる星の大海に飛び出した私は、急に切なくなり両手を胸に重ねた。時間の経過とともに、ゆっくりと、確実に、小さくなっていくあの星を何度も見つめるうち、いつしか両手に収まるほどになる。


 これで良かったのかな……。


 寂しさと不安が私の後ろ髪を引いたがこれは自分自身で決めたこと。今はこの頼りになりそうでならないような、気の抜けた褐色肌の少年を信じて銀色に輝く月へと向かうだけだ。


 ルナリアン、7世紀も前に滅びゆく地球を脱出した旧人類の生き残り。彼らは焼かれゆく地球の地表を眺めながら何を想い、今何を考えてたのだろうか?

 まだ見ぬ人々に想いを馳せながら、無重力下でキノコの傘みたいに広がったブロンドを耳にかけると、後ろにいた褐色の少年が語りかけてきた。


「見てごらんヒマワリ、ここから月面都市の灯りが見えるよ」

「ん~よく分かんない……」

「ほら、月が欠け始めたその境だよ」

「あ……!」


 彼の言うとおり小さくはあったけれど、たしかに微かな光が現れる。月の公転によって影が伸びていくにつれ、その灯りは数を増していき、思いもしない大きさにまで膨れ上がった。


「ふぁ……」


 思わずため息を漏らした私は幻想的な光景に目を奪われて、しばらく言葉を口にすることができなかった。


 ――たしかにいる、人がいる。


 さっきまで感じていた寂しさは消え去り、すっぽりと空いた胸の隙間が希望と悦びで満たされていく。旧人類と新人類、この奇跡のような巡り合わせに祈りを捧げる。



 そして、私は感謝した。

 ようやく生まれてきた理由、生きる証しを見つけることができたことを。

 繋がなければならない新たな未来を。

 私はあそこへ行く、月と地球の架け橋となるために……。

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