そして全てはゼロとなった

Fomalhaut 1.16

第1章 ゼロの証明



あなたは、神を信じるか…


あなたは、幽霊を信じるか…


あなたは、超能力を信じるか……。



遠い昔、私たちの先代は自然災害を恐れたのであった。。しかし、人々は、それに伴う災害被害を恐れた訳では決してなかった。なぜ、このようなことが起こるのかの説明をすることができない「無の恐怖」が彼らを最も支配していたのだ。


写真に得体の知れない何かが写っている時、人々はそれを幽霊だとかUMAだと呼ぶ。

信じられない超常現象が起これば、人々は奇跡だとか、超能力だと騒ぎ立てるだろう。


なぜだろうか。答えは簡単だ。人間は《無》が怖いのだ。なぜゼロという数字が必要かを考えて欲しい。ゼロは自然数でない、つまり人間は自然にない、この世界にない。すなわち、この世には存在しない数をわざわざ創ったのだ。なぜ、そのようなことをする必要があったのだろうか。つまり、人類が本当に怖かったのは神でもなく幽霊でもなく超能力でもないただの《無》であった。


何もないのが一番怖い先代は、ゼロという貌を《無》に与えた。また、証明できなかった自然災害を神のせいにして安心することにしたのだ。さらにいえば、幽霊だって超能力だって、科学で立証できなかったことへの穴埋めに過ぎなかったのだ。


そこで考えて欲しい、《無》とは、何かを。



1



——やっぱそうなるわな……。

自分のマジックのウケなさに、彼は今とても萎えていた。

彼のマジックが最高に素晴らしいものであることは確かなのだが、お客さんは完全に飽きている。

(マジシャン辞めよう……)

手の中にある赤色のボールを見事に消滅させて、少年は深いため息をついた。

見た目は平凡であり、どこにいてもおかしくない顔つきだ。髪は少し長く、前髪が目にかかっている。便宜上、頭にマジシャンがかぶるようなハットを被っているだけで、見るからに特徴がない。しかし、彼には人と異なる異能がある。それは消失の力である。

小さい時から、その力には気づいていた。少年が「エリム」と叫ぶと半透明な魔法陣が展開され彼が触れているものはこの世界から消える。いや、無かったものになるといった方が適切なのかも知れない。その消えたものは、誰の記憶にも残らないのだから。

彼は、この力を使ってマジシャンになろうと試みた訳だが、お客さんからすれば、誰の記憶にも消えたものが残らないので、面白くもなんともない。

冷たいお客さんの視線が彼の心を後押しし、彼は決断した。

「……よしっ、また転職すっか」

彼は本番が終わるとそそくさと控え室に戻り、自分の履歴書をまた書き直していた。




2



彼の名前は向井 零。平凡な家庭で育った、たまにいる高校中退生だ。

偏差値七十越えの某私立高校は彼にはレベルが高すぎたようで、ある意味受験に失敗したと呼べる。あれほど入りたかった高校だったが、入ってみれば魅力がまるで幻影であったたかのようだ。

「これじゃ立派なニートだなぁ。何をやっているのだか」

この悪い夢はいつになったら終わるのだろうと考える日々が続き、最近は特に病んでいるのであった。履歴書を書いたのはいいものの、彼は疲れきっていた。今はすでに狭い自宅に帰り、自分の部屋の青いベットの上で最近はやりのマインドフルネスをしている。

「本当にどうしよう……。もうだめかも……。」

彼は棚に置いてあるカッターナイフ見る。

しかし、そんなこと彼にはできない。彼にそんな勇気などないのだ。こういう場面に落ちいった時こそ、《異世界召喚》なんて現象が起きないかと思春期男子は考えるものだが、彼にはそんな余裕なども無かった。

自分の置かれてしまった状況とあまりに残酷すぎる運命を思い、今はただ悲しいばかりだ。

「なんで僕の人生はこんなパッとしないんだ

ろう……。僕の人生にかける熱い炎はどうして……」

そんなことを言って、彼はため息をはいた。

そして、彼はパソコンを開き新しい仕事を探そうとする。

———どれも、つまらない。

どうせ仕事につくなら自分の能力を発揮したい。そんな傲慢、通用するわけがないと彼は思ったが、ふと面白い記事を見つけた。

「探偵か……面白そう。助手ならやらせてもらえるかも」エリムが使える訳ではないが彼は昔から正義感が強く、シャーロック・ホームズに憧れていたこともあり、探偵になりたかったのだ。

「やるしかない」

とにかくどうにかせねば、と零は立ち上がり町の中心部の役所に向かった。そして探偵事務所の場所を聞いた。

「俺もワトソンみたいになってやるぜ」

完全にその気の彼は陽気な足取りで事務所に向かっていった。と、

「あっと、ごめんなさい」

近道をしようと路地を抜けたわけだが、零はちょうどそこを通りがかる人影とぶつかった。ぶつかった相手に軽く謝罪しその場を抜けようとするが、零はある異変に気付いた。

「この人……強い……!。何者だ」

エリムのほかに能力があるとするならば、彼はその人が能力持ちかどうか分かるのだ。さらに、その強さの程度も雰囲気で感じ取ることができる。

そのアンテナが今、危険信号を出しているといってもいい。

見上げるほどの大柄の男。蔑みの目線。やつの年代は自分より上であること、ついでに内面が卑しく汚れてることが窺えた。

「まずい……勝てない」




3




危険な大柄の男をよそに、零は一生懸命考えていた。

まずい状況だが、勝負を仕掛けてはまだ来ない。戦ったら十中八九こっちの負けだ。そうはさせない。ここは、平和的にいかせてもらう。

「いやぁ〜〜〜お兄さん。今日もいい天気っすね〜〜〜。こんな日に兄さんと出会えるだなんて光栄で・・・」

「何ぶつぶつ言ってんだ。ぶち殺すぞ」

あああ、開始5秒でまずい空気になってしまったーーー。僕の話術が通用しないだなんて………。

「俺を馬鹿にしてんだな。いいだろう。上等だ。」

「いやいや、誤解ですよ〜兄さん。誤った解釈しないでくださいよ〜〜〜」

言い切って潤は、渾身のパンチを男のみぞおちに入れるのであった。

「秘技、隙やりのみぞおちだ」

———やったよ。これは痛いはず。

大柄の男は地面に倒れる。

「隙を見せたのが運の尽きだな。俺の勝ちだ」

と思った刹那、油断したのがまずかった。

「———あ」

空中で自分が吹っ飛ばされ、受け身も取れずに壁に激突していることに気づいた。

「破の無双」

男は立ち上がろうとする潤に近づき、詠唱すると、男の身体中は紫の魔法陣に包まれ、一瞬にして、漆黒の鎧のようなものを纏った。

「動くんじゃねーーーよ。ゴミが。」

これはさすがに命の終わりを感じずにはいられない。僕もここまでか………。

———その時だ。

「そこケンカしないのーーー。怒るよーーー」

清く透き通ったその声はどこかで聞いたことがあった。そしてその声は、零の心の中の何か大切なものを震わせた。

















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