1-4 草原の王者ジャムカ

ビュオーン、ビュオーン


リーン達がキャラバンの宿営所で、隊商の親子とのんびり談笑していると、ヤクの角笛の音が大きくなってきた。


「あ、戦勝の勝鬨の韻だわ、さすがジャムカ様、百戦百勝ね!」


「ひゃくしょーね!」


「ジャムカ様って?」


「私達草原の民の英雄よ、草原に住んでいるいろんな族長たち、特に悪い族長達をやっつけて、どんどん自国に組み入れているのよ。彼の持っている『勝利の剣』と『風の馬』には誰も敵わないの。英雄戦争が終わって何年か後、クリルタイ(草原の族長たちによる皇帝を決めるための会議)で、ハーンに推挙されたわ。」


「へ~、草原の王国の皇帝ね?それで『ジャムカ帝国』か~、勝鬨って事はこの宮廷に帰ってくるのね。」


「この音の大きさからして、あと10分ってところかしら。先遣隊の勝ち笛や、踊りなんかちょっとしたお祭り騒ぎだから、見ていく?」


「そうね!おもしろそう!!」


「おい、仮にも指名手配されている身なのに大丈夫か?」


「隠れてりゃわかりゃしないわよ。異国の戦勝パレード見てみたいし。」


「まぁ、おばさんの物言いやら街道の人達の様子見てても、オレ達のことなんか道端のロバかなんかくらいにしか思われてないみたいだしな。ま、いいか。」


---10分して---


草原の民達の戦勝パレードが進んでくる。先頭の軍楽隊はヤクの角笛、その後馬頭琴や横笛が続き、質素ながらも士気に満ちた荒々しい音楽が聞こえる、そのメロディは戦勝の歓喜と、皇帝ジャムカを抱いている自尊心に満ち満ち、どこまでもどこまで天空に伸びやかに響き渡る。


そのあとに続くのは、力士隊の連隊だ。戦勝の踊りを捧げながら行進している。力が全てのこの国では、力士隊はその象徴であり、戦いにおいても騎馬による弓戦の後の白兵戦には無類の強さを発揮する。中には軍馬の首を腕でへし折るような猛者も存在する。


そして、幻獣たち。他の国のようにそれを操る魔道士は存在していない。幻獣たちの先頭にいるのは、土の幻獣【コボルド】、その周辺を漂うのは闇の幻獣【シェード】、上空には雷鷲【シェー】が優雅に空を舞いながら、警護に目を光らせている。


そして、その中央にいるのは幻獣の王とでもいうべき威厳を漂わせた『風の馬』ブローズグホーヴィ。普通の軍馬のざっと倍はある偉容で歩くたびに地響きでもするような迫力である、実際には軍馬の敏捷さそのままにスパイのように音もなくすっと歩いているのだが。


『風の馬』にあぐらをかいて馬乳酒を飲み周りを見渡しているのが、草原の王者ジャムカだ。4人の将軍級の軍人達がそれに続いて軍馬の歩みを進めている。


ジャムカは182cmの長身と、ほぼ一年を遊牧民族として馬上で過ごす事から生み出された引き締まった肉体、かつ騎馬民族としての抜け目ない野性味と敏捷性、整った堀の深い顔立ちで、草原の女達の注目を一心に集める美男子だ。


伝説に名高い『勝利の剣』を右腰に拝し、戦利品の瑪瑙で出来た首飾りや、玉石のブレスレットを飾り付け、なかなか身なりにも洗練したものを感じる。


(おおっ、美男ね(笑)!)


(美男って、シグルスはもう良いのかよ?それより、顔出すなって!)


(冗談よ(笑)、そうか、でももう7年になるのね、、、未来へ歩み出すのにも丁度良い時間ね、、、)


(そうか、7年か、、、)


と、出店の片隅で、ごにょごにょやっているリーン達を、戦場で『鷹の目』と呼ばれているジャムカは目ざとくも見つけてしまった。


「お前たち、我が移動都市の壁に無許可で貼り付けられている手配書の輩じゃないか?」


(ほら!言わんこっちゃない!)

(そ、そんなはずは。)


「ほほぅ、美しい。女、お前たち自国で何があったのだ、そして何故に我が国で油を売っている?」


リーン達のいる屋台付近の遠方にもよく聞こえるはっきりとした太い大きな声で『風の馬』の馬上からジャムカが声を掛けた。リーンは態度を改め言葉を返す。


「はい、リーン・レイヴェルスと申します。ロキの月 40日、マーニ二刻(20:00)に『ルーアン』を襲った惨事と、『レボルテ』の死刑宣告とでも言うべき宣戦布告については、機を見るに敏なことオーディーンの如き殿下のお耳には、既に入っているでしょう。


かの刻、私達は、我らが女王の振る舞いの一部始終を見ていました。英雄戦争による敗戦以来ほとんど戦力を持たない、平和条約まで締結している『ルーアン』に対する乱脈な攻撃、それを企てたわが女王レーネは、明らかに常軌を逸脱しており、乱心したかとしか思えません。


我らが『レボルテ』のため彼女に正気を取り戻そうと国を抜け出し、精神支配や魔法知識に詳しい私達の知人の『七賢』の一人『土の賢者』ラルフにアドバイスを仰ぎたいと考え、逃避行を続けている次第です。」


(いきなり、そんな核心を突く機密情報、隣国へ渡して良いのかよ?)


(まぁ、私に、考えがあるのよ。)


「ほぅ、『土の賢者』ラルフか、確かあの森へは、我ら『草原の王国』の西方に広がる大平原を越えていかねばならぬ、徒歩では1年は掛かろうぞ。」


「は、それほど掛かりますか。」


(しまった、おじいちゃんの放浪癖を考えに入れてなかったわ、『レボルテ』に赴任した時は、緑水青山の森と大草原の中間くらいにあったのに!今、一体どこに住んでんのよ!?)


(おい!知らずにどうやって進んでたんだ!?)


「はは、それを知らずに逃避行か、他愛ない。」


「それにしても美しいな。若くして『レボルテ』の魔道師範を担っている才能と言い、おかしいと自身が感じれば自国にも牙をむく芯の強さと言い、その美しさと良い、オレの妃に申し分ないな。おぃ、3日後の戦勝の宴には必ず来いよ。皆に妃として宣言してやる。」


「せっかくのお誘い、宴にはご招待させていただきます。妃の件につきましては、しばし考えさせてくださいませ。」


「ははは、草原の女とは違い思慮深いな。まぁ考えておけよ、では3日後の宴にて!」


「ジャムカ様、戦後処理も終わらぬうちからまた戦勝の宴の算段でございますか、おまけに妃とは。まずは捕虜と戦利品の裁定を行ってからにしてくださいませ。」


「そ、そうか、で、では早速、宮廷へ戻って取り掛かるとするか。」


と言うと、苦虫を噛み潰したような顔のムカリ達腹心たちに半ば引きずられるかのように、観衆の元を去り、宮廷へ向かっていった。


「え、おねえちゃん、ジャムカ様のお妃様になるの?いいな~。」


「て、ホントだよ、見て早々お妃って。」


「そう、確かに強引よね~、でも金○武バリのイケメンだったわ~(笑)。」


「金○武って!ネタバレか!!シグルスの事はいいのかよ?レーネの暴走を止めるのはどうしたんだよ?」


「冗談よ、冗談(笑)。」


「冗談に聞こえねーよ!!」

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