1-3 草原の王国
「は~、もう一週間も木の実とたまにウサギの丸焼きしか食べていないわ、お風呂も入っていないし、野宿だし、足は疲れるし、『野菜士』にこの行いはないわ!」
リーンはまるでこの世界にこれ以上の災難はないといった感じで延々愚痴る。しかし、馴染みのガラハドならではの打ち解けている感じではある。
「自分が巻いた種だろ、魔法でパパッと移動できないのかよ?」
「風魔法とかなら、飛んでいけるんでしょうけど、ちょっと私の土魔法の範疇には無いわね、私の土魔法はおじいちゃん直伝でちょっと偏ってるし、、、。」
「それで魔道師範ってありかよ?」
ガラハドはリーンに対してはいつでもつっけどんだ。
「『レボルテ』は基本蜂起軍なんだから、正当に魔道の教育を受けた人が少ないから仕方ないでしょ?レーネは代表になっちゃたし、メルはおじいちゃんの元で修行しているし、中堅どころはいろんな都市の代表や参謀役になっちゃってるし、これから学んで行く子供達に教えるには、私くらいが丁度いいのよ。」
[ドジっ子 新米教師 設定って訳よね~。]
(、、、お、おい、きっとあいつだ、どうするよ?)
(む、無視よ、無視無視!)
、、、
「お、おまえが、突然師範ルームへ飛び込んできてからこの方、ろくなこと無いよ。オレの穏やかで有意義な剣術師範の日々を返してくれ~、、、。」
と、愚痴を聞き聞き、疲れた足を引きずり移動するリーンとガラハドであったが、やがて草原の国『ジャムカ帝国』へたどり着いた。『ジャムカ』帝国は、『革命軍』が当時中原を支配していた『ウェールズ』王国を打倒した隙を逃さず、辺境の遊牧の民『ジャジラト』の一首長だった、当時若干25歳でジャムカが、中原へ武力と謀略で侵出して出来た年若く意気盛んな王国である。
「あ、やっと集落があったわ!!」
草原の遥か彼方に、オルド(移動式宮廷)と思しき、見るもきらびやかな大ゲルの群れが見える。遠目に見ると極彩色の城のようである。もう何日も雨水と野生動物くらいしか口にしていなかったリーンたちは、『レボルテ』の追手に追われているという警戒心はどこへやら、息せき切ってこの草原の民の生活様式に合わせて発展してきたオルドへ向かった。
---草原の移動宮廷 『青のオルド』 の郊外 キャラバン宿営所にて ---
草原の移動宮廷は、目の覚めるようなブルーで染め上げられたフェルトで出来た外柵で外周を覆われている。フェルトは『草原の王国』の女達が精魂込めて織り込んだ極彩色の幾何学的な刺繍が至る所に入っていて、数kmにも及ぶ外周部を彩っており、見た目に鮮やかで内部の賑やかであろう印象を見る者に与えた。
その外柵に沿うように、隊商達が宿営して商いを営んでいる。そのキャラバンは砂漠を越えばかりなのか、付近でくつろいで水たまりに休んでいるらくだ達は一様に皆重い荷物を載せられて下ろされもせず、肌を守るため極力露出しないような厚手の布を纏っているにもかかわらず真っ黒に日焼けしている男達や、日光除けと思われる薄く涼しそうな布で出来たヒジャブと呼ばれるケープを羽織った女達の一群が所々に涼を取っている。
リーン達にとっては、その異国情緒たっぷり溢れる光景はとても新鮮で、逃亡の精神的肉体的諸々の疲労を一瞬忘れるに十分に叙景的であった。
ヒュオーン、ヒュオーン
遠くで、ヤクの角笛の独特な音色が聞こえる、どこかの遊牧民の何かの合図だろうか?勝手が分からないリーンたちは、とりあえず手近な屋台に手を伸ばした。
「そこのお二人さん、お昼には丁度良い時間だよ。できたての羊肉串だよ~。」
「だよ~。」
草原の民らしく、赤青色とりどりの原色で彩られた簡素な羊毛衣とマントを纏った物売りの女クイ、そして、それをそのまま小さくしたような、物売りの女の子供であろうか?アイハンと言う小さな女の子が、リーンたちに声をかけてくる。
「う、ウサギの野焼きよりは良いけど、ちょっと」
「あぁ、それなら、ナンと、涼皮(麺、キュウリ、ピーナッツ、唐辛子、香味油だけの簡単な冷麺)はいかが?できたてで香ばしいわよ~。」
「わよ~。」
「おぉぉー!!!」
それを見るやいなや、雄叫びを上げ、食らいつくリーンとガラハド、普段は謙虚なガラハドも、数週間に及ぼうかという野宿の辛さには矜持を保てないようだった。
。。。一服ついた後。。。
「ここは、なんていう国なの?」
「『ジャムカ帝国』よ、国の名前にもなっているジャムカ様が、周辺の多民族を従えて作った国なの。外壁の奥の大きな青色の天幕がジャムカ様の宮殿よ。」
草原の女商人クイが自慢げに答える。まるで自分が打ち立てた業績かのようだ。
「へー、そんな事になっているのね?私達、『イスティファルド』の城下町から外へはほとんど出ないから、知らなかったわ。」
「あなた達、『緑水青山の森』の『ユグドラシル』の方から来たの?そんな遠くからは草原の産物を買い付けに来る商人くらいしか来ないから、知らないのも無理も無いわね。」
「それにしても、この都市って幻獣が至る所で活躍しているわね?」
「”げじゅーん”って何?」
リーンの耳慣れない言葉にクイの娘アイハンが尋ねた。
「普通の動物にない、ルーンの力を秘めた動物たちよ。」
「”るーん”って何?」
「え、ルーンも知らないの?この国、どうやって魔道教育をしているのかしら?」
「そんなの必要ないもんだから、教育なんて無いわよ。それに、”まどう”なんて、『ウェールズ』みたいに悪い国の使うもんじゃないの?」
草原の女クイにとって、魔道とは遠い国の科学技術同様、縁もゆかりも無いもので、そんな訳の分からない物を使うのはすべて悪者に見えるのであった。
「完全に誤解されているわ。魔道を学ぶことによって、そこでナンを焼く石焼窯に火をくべている【火鼠】とか、地面から水分を絞りとって涼皮のスープを作っている【ウンディーネ】みたいに、私達人間も便利な事ができるようになるのよ。例えばこんなの。」
と言って、リーンは土の精霊【モール】を召喚する。すると、リーンのすぐ横の地面が避けて、 身の丈30cmくらいでふっくらとして土色の毛肌のモグラのような生き物が、地表から頭を出した。周りをキョロキョロと見渡してリーンを見つけ、周辺が安全だとわかると、オズオズと地面から身体を乗り出してリーンに話しかけてきた。
《リーン、何か用だった?》
《ボド、来てくれてありがとう。ここは『草原の国』よ、ちょっとあなたの魔法を見せて欲しいんだけど。ここにおいてある土の鍋を銅の鍋に変えて欲しいんだけど。》
《ここ『草原の国』ね?ここも、オレ達のテリトリーだよ。怖い風の幻獣がいつも大きい天幕のそばに居て怖いんだけどね。分かった、おまえの頼みならお安い御用だ。》
と言って、土の鍋を大きな鉤爪が象徴的な手に取り、目をつぶり集中すると、じわじわとまるで手品でも見ているかように、土が銅に変わっていった。
「と、こんな感じで、魔道を学んで幻獣たち達と仲良く出来れば、精霊として呼び出していろいろやってもらえりもするのよ。」
「あら、便利ね~。でも銅の鍋より、土の鍋のほうが羊のスープを作ったときに夜中まで冷めずに暖かいからいいんだけどね。でも、あなたも魔道士なのね? 私たちにはこんなお友達がたくさんいるから別に魔法なんてどうでも良いわよね。」
「いい~。」
相鉞を打つ、アイハン。過去『ミズガルズ』の中原の領民に深い爪痕を残した『ウェールズ』王国の暴虐や、『英雄戦争』の栄枯盛衰など、全く知るべくもないあどけない仕草だ。
「確かに、魔道を学ばなくても幻獣と仲良くなれるなら、学ぶ必要もないものね。」
感心顔で話をしているリーンを横目にガラハドがふと外壁側をぶらぶらしていると、王都『ヴァルヴァンティア』では滅多に見ることのなかった号外と手配書が貼られている。
『<号外> 12899年 ロキの月 40日、マーニ二刻(20:00)に、轟音とともにどこからともなく火の雨が降り注ぎ、『ルーアン』全域を火の海に巻き込んだ。指揮系統が壊滅したため、市民個々の消火活動に頼らざるをえない状況で被害は拡大、45日に鎮火するまで、5日間で、死者 全市民30万人の内の数万人を数える模様。
また、同火災にて、政務庁にいた政府関係者数十名が死亡。翌ソール3の刻に、革命国家『レボルテ』より、宣戦布告の通達あり。同攻撃も『レボルテ』の手のよるとの事。なお、攻撃した手段については、隕石、噴火魔法、天変地異召喚等、憶測されているものの、目下のところ不明。』
『<手配書> 『レボルテ』魔道師範 リーン・レイヴェルス、上記の者、魔道師範代という革命国家『レボルテ』における重責を担うポストで在るにもかかわらず、主席剣術師範 ガラハドと謀り、反乱を企てた。現在指名手配中、罪状:国家転覆罪(死罪) 懸賞金: 10万パタカ(10億円) 生死不問』
『<手配書> 『レボルテ』剣術師範 ガラハド・ヴァスティーン、 上記の者、剣術師範代という革命国家『レボルテ』における重責を担うポストで在るにもかかわらず、主席魔道師範 リーンの陰謀を補助し、反乱を企てた。現在指名手配中、罪状:国家転覆罪(死罪) 懸賞金: 8万パタカ(8億円) 生死不問』
「おい、リーン! こんなん貼ってあるぞ!!」
緊迫したガラハドの声音に、逃亡者である事を思い出してちょっと緊張したリーンが駆けつけてくる。
「やっぱり『時空水晶』を介して見た『ルーアン』の惨状はただ事ではなかったわ。明らかに重要施設みたいなの狙って火の雨を降らせていたもの!ま、『時空水晶』を壊したからには、二度とこんな無差別殺戮は起こせないでしょうけど、速攻の手配書ね~。」
「呑気だなお前は!!おまえはともかく、何でオレまで巻き添えを食らわないといけないんだよ!あ、でも首謀者とは見なされていないらしく、お前より懸賞金少ないな、、、、はぁ。」
「ガラハド、あなたに言ったわよね、レーネが『時空水晶』を使って異世界の隕石を召喚して王国の暫定首都『ルーアン』に火の雨を降らせたって。『ウェールズ』王国も私たち『革命軍』に敗れて後、平和を望む都市国家になっているというのに、、、レーネは明らかに何らかの魔に飲み込まれているとしか思えないわ。。。。」
「確かに、この<号外>やら<手配書>やら見る限り、オレたちの知っていたレーネとは別人になってしまったみたいだな。最近ではなんというか、ギロチンでもあやつる処刑人みたいに、ウントモスントモ言わなくなってしまって、、、。」
リーンとガラハドは改めて口にする事は無いが、レーネを取り戻す決意をお互いに確認している。
「あ、おねぇちゃんたちだ?」
「あら、ホント。長い黒髪、白い肌、浅黄色のチュニック。黒髪、長身、黒い大きな剣を右肩に背負う。ひょっとしてあなたたち追われているの?『レボルテ』で何かあったの?」
ガラハド達の緊迫した声を聞きつけて、屋台からやってきた、アイハンとクイ、どうやら<手配書>に書かれた人物とリーン達が一致していることに気がついたようだ。
(あ、あら、まずい、まさか手配書なんて貼られると思ってなかったから、全然変装なんか気にしなかったわ、どうしましょう?)
(ちょ、ちょっと不用意だったな、、、ま、まぁ、ここはとぼけて、やり過ごすか?速攻変装しないとまずいな、、、。)
うろたえうろたえ、
「、、、え、え、な、なんのことかしら?」
「ふふふ、あなた嘘の付けない人ね?とぼけなくてもいいのよ。別の国で起こったことなんて、私達何の関係もないんだし。」
「ないんだし。」
ほっ、、、
どうやら、隊商の女の言うとおり、革命国家『レボルテ』で起こっていることなど、草原の国においては別世界の出来事のように何の影響もないようだった。
過去数十年『ウェールズ』王国の暴虐と内政不備を見ていた周辺国は、現在でもおおむね『ウェールズ』王国を打倒した革命国『レボルテ』には友好的であるものの、今のところどの国も互いの国の出来事に積極的に関与はしない中立的な立場にある。『ウェールズ』王国時代とは異なり新たな戦乱の火種はないことから、このつかず離れずな国家間の関係は維持されてきた。もっともこの均衡共生的な関係も、時を待たずにすぐに崩れることになるのではあったが。
おどろおどろしい<号外>や<手配書>から目を背けるように、元いた屋台に移動するリーン達。
「ところで、どうやって幻獣たちと仲良くなっているの?」
「これ~!」
といって、ビスケットを火鼠やウンディーネに渡した。
「ウロロロロロ」(ウンディーネ)
「ヒュ~イヒュ~イ」(火鼠)
喉を鳴らして至福の一時のように食べる幻獣たち。美味しいものを食べて、満ち足りている様子である。
「ええっ!こんなもので?」
「こんなものって失礼ね、私達が幻獣たちのために一所懸命祈りを捧げながら、生地を練り込んでいるのよ?」
「ごめんなさい、でも、魔道の修行は何年何十年もかかって、おまけにダメな人にはどうやっても扱えないものだから、私達の知らない方法があるものね?」
初めて見る外界に、好奇心の目を奪われっぱなしのリーン達であった。
逃亡から早くも『ミズガルズ』中に<手配書>を貼られ、至る所に監視と追っ手が張り巡らされるであろう事が予想されるリーン達。この苦境を切り抜け、親友レーネを正気に戻す事が出来るのであろうか?物語は進んでいく。
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