第24話 ハルトの治療

 チョークみたいなもので書いた円の上で、わたしはアルニエに手渡された洋服に着替えることにした。

 もういろいろとアルニエには見られているし、開き直ることにした。


 手渡された洋服は、落ち着いた生成り色のシャツと膝丈の巻きスカート。

 今まで着ていたドレスとは違い、かなり簡素なものだった。


「すみません。わたしの普段着なんです。あ、ちゃんと洗ってありますから」


「平気。ドレスより着心地がいいよ」


 そうですか、と少しホッとした様子のアルニエ。

 そりゃ最初に会ったときは婚約の儀のときで、そのあともきらびやかな格好でしか会ってないもんね。


「わたし、あんまりドレスって好きじゃなくて」


「そうなんですか? 向こうの世界でもドレスを着て生活しているものだと思いました。わたし、その世界にいったことがなくて」


 アルニエと雑談をしながら、円状の部分を消していく。

 文様は複雑で、これを一人で書いていたのかなぁ。


「アルニエは魔法を使えるんだよね? どんなものが得意なの?」


「そうですね。わたしは結界系のものと、攻撃系ですね。アリス様は癒やしと読心系のほうになるので、わたしとは違います」


 魔法っていっても、なんでも使えるわけじゃないのかな。


「全部の魔法を覚えるってことはできないの?」


「そうですね。そういう人も中にはいますが、全体的に魔法の威力が薄まる感じです。魔法の威力が落ちなくてすべて強力に使える人はレオンハルト様がかかった呪いのように魔力が身体を蝕んでいき、次第に人ではなくなり魔物に変わります」


 人ではなくなるってことは、ゾンビみたいなものなのかな?


「いいえ。アンデットではなく魔物に変わります。魔物が死んだときに適切に処理しないとアンデットに変わるのです」


「そっか。じゃあ普通に人が死んでもアンデットになるってことはないのね?」


「ええ。それはありません」


 円を消し終わったわたしたちは、ハルトのところへ戻ることにした。

 道中でハルトの治療方法を教えてもらう。


「アリス様の場合、治癒能力がかなり高いレベルなので、レオンハルト様の呪いの部分に手を当てるだけで回復していきます。読心のほうはどのような形で発現するのかは残念ながらわたしの知識ではわかりません」


 治癒能力も普通には使えなくて、ちゃんとした呪文があるらしいけど、わたしの場合はそれがなくても高い治癒能力を使えるということだった。


「よかった。ものすごい外国語的な感じのものを間違えずに唱えなきゃいけないのかと思った」


「ふふっ、アリス様は呪文を覚えなくても治癒も読心もできるはずです」


 アルニエが初めて笑った気がする。

 ハルトとブルーノとで冒険していたときも、楽しそうに笑っていたのかな。



 アルニエの家につくと、ハルトは出かけたときと同じようにうなされていた。

 早く治さないと。


 わたしはまっすぐハルトのもとに行き、顔を覗き込む。

 呪いは広がっていて、顔の半分が禍々しいタトゥーのように黒く彩られていた。


「まずいですね。脳まで行くと治癒能力でも治すのが難しくなります」


 アルニエが深刻そうに話す。

 なのでわたしはそのまますぐにハルトの脇にひざまずいて、頬の黒い部分に手を当てる。


 心の中で『治れ』と念じると、自分自身の身体の熱がハルトに手を当てている右手に集まってくる。

 そして手のひらが熱くなって、その熱がハルトの中に吸い込まれていった。


「ちゃんと力は発動しています」


 アルニエもわたしの後ろで見守ってくれている。

 わたしの身体の熱は無限に湧き出てくるようで、次第に黒い紋様が赤く光っていく。


「ハルト……! どうか治って……」


 祈るようにわたしはハルトに手を当てる。

 苦しそうにしていたハルトは、徐々に落ち着いた呼吸になる。


 赤く光っていた紋様は、次第に薄くなっていき、日が傾く頃にはハルトの顔が元通りになってきた。


「そろそろ治療が終わりそうです。わたしはレオンハルト様が気づかれたときのためのお水を持ってきます」


 アルニエがそう言って部屋を退室したあとすぐ、ハルトはうっすらと目を開けた。


「ハルト! 大丈夫? まだ治療しているから少しじっとしていて」


「…………」


 ハルトは無言のまま、目をつぶってじっとしてくれている。

 出来る限り一気に呪いを吹き飛ばさないと。


 絶対に治してやる、という気持ちを込めてハルトの紋様へ力を込める。

 最後にばあっとルビー色の光を放ち、紋様はすべて消えたようで、ハルトの顔は元通りになっていた。


「終わったよ、ハルト」


「…………」


 わたしはハルトの頬から手を離し、ハルトに問いかける。

 でも、ハルトはベッドに身体を預けて、そのまま黙ったままだった。

 疲れているのかな?


「大丈夫? もしまだ苦しいなら……」


 差し出したわたしの手を払いながら、ハルトは起き上がる。

 そしてわたしを見て、言った。


「……君は……誰だ?」


 その表情は堅く、あのデートのときとは違う、知らない人を見る瞳でハルトはわたしを見ていた。

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