第22話 アリスの決意
ここがアルニエの居所なのか、とキョロキョロあたりを見回すわたしに、アルニエは説明してくれた。
「向こうの結界はわたしたちが移動したと同時に解いてあります。レオンハルト様の異世界転移術はみなさま知っていらっしゃるので、たぶんお二人とも『元の世界』と言われているところに戻っていると思われていると思います」
奥の部屋の簡素なベッドにハルトを二人がかりで寝かせたあと、わたしたちはお茶を飲んでいた。落ち着く香りの緑色のお茶で、アルニエはローズマリーティだと言っていた。
初めて飲む味わいのお茶は美味しかった。
「本当にいきなりですみません。どうしても急を要する事態になってしまったので。なのでわたしも急いでアリス様の力を開放するために、強力な結界を張る準備をいたします。その間、レオンハルト様の看病をお願いします」
そう言うとアルニエは、お茶もそこそこに家を出ていってしまった。
わたしはハルトのところに行き、額の汗を拭っているときに呪いと言われる蔓のような傷を見た。その傷が頬に向けて少し大きくなっている感じがした。
「う……」
「ハルト! 大丈夫ですか?」
苦しそうに、そしてなにかに抵抗するようにハルトはもがくものの意識は戻らない。そのままわたしはハルトの看病を続けた。
日が傾いて辺りが暗くなってきたころ、アルニエが戻ってきた。
「すみません。明日にはアリス様の力を開放する準備が出来るのですが、強力な結界を生成するためには細かな準備が必要です。それと……」
やっぱりご飯を食べないと力が出ないですもんね。とアルニエは言い、奥の台所でなにかを作るようだった。
わたしはハルトの様子を見ていたけど、アルニエを少し手伝うことにした。一応一人暮らしで自炊をしていたからなにか手伝えるよね。
そう思って台所ヘ行くと、木材を燃やして焚く鍋が見えた。
う、予想より原始的な台所だった。
「あ、アリス様。すみません、まだ料理が出来てなくて……」
とアルニエは切ったなにかの野菜のようなものを鍋に入れていた。
「あの、火とかそのへんの使い方はわからないけど、運んだりするのは手伝うよ」
と、ドレスを着ていたわたしは、裾をグリグリっと巻き上げて途中で縛る。足が丸出しになるけど、動きづらいよりはいい。
そうしてアルニエを手伝い、野菜のスープとパンの食事をした。ハルトにもスープを持っていったが、意識がなく口に当ててもスープすら飲まなかった。
「明日にはアリス様の力を開放しないと、ハルトは闇に飲み込まれてしまいます」
「……どういうこと?」
「あの呪いは気力と魔力を反転させる呪いなんです。レオンハルト様はこちらの世界では救世の英雄として讃えられていますが、その正の力が負になる。つまり英雄ではなく――魔王に変わるということになります」
「魔王って……王子なのに?」
「ええ、その場合にはレオンハルト様は王子としての籍はなくなり、元々いなかったという扱いになりますね」
アルニエの話では、以前にも英雄……つまり勇者が魔王に変わるということはあったらしいけど、そのからくりについては詳細に載っているものはなかったとのこと。
だけど一度魔王に変わってしまった人は人間ではなくなり、その立場を抹消され存在がなくなるということだった。
「あの呪いは王家にしか伝承されていない種類のものです。つまり王が魔王を作り出しているんです……これは王家以外ではわたしとブルーノしか知らない事実です」
ハルトは第一王子のはず。
ということはハルトが誰か、しかも親しい人物に呪いをかけられたということは、ハルトの座を奪いたい誰か、ということかな。
「もしもレオンハルト様が倒れたと誰かが発言したとすれば……その方が呪いをかけた犯人となりますね。そうなれば非常に厄介ですが、今はレオンハルト様を治療して何もなかったかのように振る舞うしかないでしょう」
ふたりで居間に座り、これからのことを話す。
「アリス様の力を開放するための準備は、ほぼ終わっています。明日の朝早くに近くにある湖のほとりで力の開放をお願いします」
わたしはそのアルニエの説明を聞いて、気になっていたことを聞くことにした。
「あの……力を開放したあと、わたし自身がなにか変わってしまうということはあるんですか? 例えば性格とか」
自分自身がわけのわからないモノになって、自分が自分じゃなくなることもあるのかもしれない。
自覚をしなくても婚約の儀のときのように、なにか魔法のようなものが発動してしまうということは、わたしの秘められた力はすごく大きいんだろう。
「開放してみないとわからない部分はあります。レオンハルト様と同じように転移された方が膨大な力を支えきれなくて、自我を失ったケースはないとは言えません。でも……こうなったレオンハルト様を救えるのはアリス様だけなのです」
大丈夫とははっきりと言わなかったアルニエ。
もしもわたしのことやハルトのことをどうでもいいと思っていたのなら、アルニエは都合のいい言葉しか言わなかっただろう。
「ん、アルニエがそう言うなら、わたしは大丈夫。絶対負けないよ。それに……」
ハルトは絶対に救ってみせる。と小さな声でわたしは決意した。
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