第21話 予想できなかった転移
目を開けるとそこはハルトの部屋だった。
……ただし、異世界側のだけど。
「あ――ごめん。転移するのに術を使うんだけど、たまに勝手に起動するんだ。多分心拍数が関係していると思うけど、つい」
ってことはつまり、わたしを抱きしめてハルトはドキドキしちゃったってこと? それで転移が制御できずに移動したっていうことなの?
わたしを抱きしめたままのハルトはゆっくりと離れ、わたしに謝る。
「せっかくのデートだったのに。ごめん」
「いえ、大丈夫です。つまりハルトは……ドキドキしちゃったってことですよね?」
そのわたしの言葉を聞いてハルトは真っ赤になって言い訳をする。
「俺らしくないけどさ。その、自分から好きだっていう人が初めてなんだ」
どうやらハルトは、梨花先輩のように言い寄られて付き合うということが多かったらしい。でもわたしは別で、ハルトはどうしてもわたしとじゃないとダメだったみたい。それで、一番最初に給湯室で強引な転移をしたのは、ハルトにとってはきっかけがわからなかった結果で、ああなってしまったということだった。
「だから俺もいろいろと初めてで。その分……アリスを大切にするから」
「はい。これからよろしくお願いします、ハルト」
お互いに初めてのことばかりだから、二人で力を合わせようと思った。
「兄様っ! 帰ってきていたんですね!」
ふわふわの金髪の少年が、ドアを開けて走ってきてわたしとハルトの間に割って入る。そしてわたしには目もくれずにハルトにぎゅっと抱きつく。
「ああ、アイリスか」
ハルトがアイリスを抱きとめたとき、扉をコンコンと叩く音がする。
「アイリス様。レオンハルト様の部屋にはもう勝手に入れないと……」
と一人のメイドが入ってきた。ターフェだ。
「あ、アリスさま、おかえりなさいませ」
ペコっと挨拶をするターフェ。そしてアイリスの手を引いて部屋から退室しようとするが、ハルトが呼び止める。
「アイリスのこと、しっかり見ておいてくれ。それと新しくアリス付きのメイドを頼みたいが、大丈夫か?」
「はい、たしかアガーテがまだ誰の担当でもないはずですから大丈夫だと思います。ただ、いますぐには無理ですのでお支度などは下位のメイドを寄越しますね」
ターフェはいきなり来たわたしの担当になった臨時のメイドなんだろう。そして元々はアイリス付きのメイドだったのかな。だったらアイリスはわたしには挨拶すらしたくない、という感じなのかも。
そんなことを思っていたら、ハルトがため息を付きながらアイリスに退室するように言い、わたしにはドレスに着替えるように指示をする。
少し面倒だけど、別室でドレスに着替えることにした。胸元があまり開いていない、シンプルなえんじ色のドレスを自分で選ぶ。姿勢を正していたかいがあって、コルセットを着けてもあまり苦しくなくなった。だけどまたしばらくはこんな生活が続くのかな。
そしてハルトがいた部屋に戻ると……なぜかハルトが床に倒れていた。
「ハルトっ!!」
駆け寄って抱き起こすと、ハルトのくちびるから黒い蔓のような、刺青みたいな模様が出ていて、苦しそうな息をしている。急いで確認すると他におかしなところはなかった。だけど、揺さぶってもハルトの意識は戻らなかった。
「だ、誰か……!」
肝心のこんなときに、廊下を見回しても誰もいない。
さっきいたターフェやアイリスもいなかった。まるでわたしとハルトしかこの世界にいないみたいに、窓の外にも誰もいない。
わたしが途方に暮れかかったそのとき、空間にヒビが入り、そこから婚約の儀のときにいた紫色のローブを着た魔女が姿を表した。
「アリス様、ご無沙汰しておりました。わたしは魔法使いのアルニエ。現在はここに誰一人入れないような結界を張りました。そして、言いづらいのですが、レオンハルト様は呪いにかかっています」
「呪いとか結界って……?」
「……これは医者に見せてもどうにもならない種類の呪いです。しかもこの種の呪いは、レオンハルト様やアリス様のような転移者には、他者から呪いをかけられないとかからない呪いです。今のレオンハルト様の術を封じつつ、勇者であった光の魔力を黒く染める転移者にとっての禁呪というものです。そして今レオンハルト様が倒れてしまったことが周知されると、アリス様にとっても良くない状況になりますので、人払いのための結界です」
そう言うと紫色のフードを脱ぐアルニエ。
そこには、銀色に見える長いサラサラとした髪の毛の赤い瞳の美人がいた。
「すみません。これからアリス様とレオンハルト様にはわたしの居所まで来ていただきたいのです。そこで、アリス様の能力を開放し、その能力でレオンハルト様を救っていただきたいのです。急ぎの説明で大変申し訳無いのですが」
……今はハルトの意識がなく、わたしが決断しなければいけなかった。アルニエが言うには一刻も早くわたしの能力を開放してハルトから呪いを抜かないと、ハルトの命も危ないということだった。
「レオンハルト様にかかる怪我の回復や解呪は、レオンハルト様本人もしくは婚約の儀を済ませたアリス様にしか出来ません」
どうやら選択肢はないようだった。
ただ、この魔女アルニエを信用できるかどうか不安だった。だからわたしは素直に聞くことにした。
「あの、あなたのことを信用してもいいのか、わかりません。わたしはこちらに来てまだ日が浅いですから」
アルニエは急いでいるようだったけど、苛立たずにわたしに話してくれた。
「わたしとブルーノはレオンハルト様とはずっと旅をして、魔王を倒した仲間なのです。ブルーノのことはアリス様も向こうの世界で知っていると思います」
少し目を伏せてアルニエは続ける。
「なのでレオンハルト様がこういう状況になってしまった上に、回復や解呪魔法を使えた、以前に一緒に旅をした仲間が不在なのです。だから……アリス様に……」
旅のことを思い出したのか、アルニエは赤い瞳にいっぱいの涙をためて言った。
「お願いします。レオンハルト様は今ここで死ぬわけには行かないんです。だから……お願いします」
切なそうにアルニエはわたしに懇願する。
そう言えばハルトはこの世界を救った、って話してたよね。つまりブルーノもアルニエもそれを手伝った仲間、ということなのかな。
「わかった。アルニエと一緒に行くわ」
少し考えてわたしが返事をすると、アルニエは顔を輝かせてすぐに術を起動させる。
「単純な移動魔法です。レオンハルト様をしっかり、護ってくださいね」
わたしは膝の上に乗せたハルトをぎゅっと抱きしめる。そのあとすぐに辺りが真っ暗になり、ふわっと宙に投げ出された感覚が少しだけあった。
「つきました。堅い床ですみません」
アルニエの言葉のすぐあとに、ゴンッと膝をぶつけたけど、ハルトの頭は護れたからいいかな。
「いたっ! もう、ついたの?」
「はい。ここがわたしの居所です。狭くて汚くてすみません」
目を上げると、壁にぎっしり本が詰まっている図書館のような薄暗い部屋が見えた。ただ空気は少し青い葉の香りがして、居心地は悪くないところだった。
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