第20話 初めてのデート

 わたしの自宅は一人暮らしのアパート。

 都内にあるアパートだけど、値段を安めにおさえるために少し郊外のアパートを借りている。公園や街路樹の緑が多く、ごちゃごちゃした都内の中でも割りとのんびりした街だと思う。その分会社まで電車に揺られる時間が多いけど、それでも住むところはここが良かった。


 そのアパートの目の前にコンパクトな外車が停まっていて、ハルトがわたしの古いアパートまで迎えに来てくれた。


「おはよう、アリス」


「お、おはようございます」


 助手席に座り、シートベルトをする。ハルトは狭いけどごめんって言ってくれるけど、田舎にいる親が乗っているのも軽だったから、すこしホッとする。でも、初めてのデートな上に隣にいるのは会社の中でも一番のイケメンで仕事も出来るという噂のハルト。そして、異世界ではお互いに婚約しているという現状に、わたしはドキドキしてしまった。


「ううっ、緊張するよ……」


 わたしを助手席までエスコートしたハルトは、運転席側に歩いてくる。そしてシートに座り、わたしを見る。


「今日はアリスが行きたいところはある?」


「あ、いえ……なにも考えていませんでした。ごめんなさい」


 くすっとハルトが笑うとハンドルを握り、静かに車を発進させる。


「俺が行きたい所でいいかな? つまらなかったら途中でアリスの希望も聞くから」


 慣れたようにハルトは言って静かに車を発進させた。これがわたしにとっての初デートの始まりだった。



 *



「初めてきました。水族館って綺麗なんですね」


 ドラマとかでしか見なかった水族館デート。青い光に照らされたハルトは見たことのないあどけない表情をしていた。


「俺はクオーターだったから、小学校のとき女の子みたいな顔をしてていじめられててさ、よくここに来てたんだよ。懐かしいな。だからアリスをここに連れてこれてよかった」


 スーツ姿でも王子の姿でもない私服のハルトは、なんだかいつもより素直な気がする。それにわたしに過去のことを話しているってことはきっと、わたしのことを信頼しているってことなのかな。


 大きなエイが頭の上をゆっくりと行き来する。

 その姿を二人で眺めながら、ハルトはわたしに質問をする。


「いきなり俺が連れ去ったり婚約したりしてさ……一度はアリスに確認したけど、大変じゃないかな? あのままそっとしておいたら、平和に内勤をして過ごせてたと思うから気になる」


 青い波打つ光を目で追うハルト。

 ハルトにとっては気まずい質問だったみたいで、わたしを全然みない。


「ハルト……こっちを向いてください」


 わたしはきちんとハルトと目を合わせて、ハルトの質問に答えようと思った。

 ハルトは頭をかきながらバツが悪そうにわたしを見る。そのハルトの視線に自分もまっすぐ視線を返し、わたしは言う。


「あのですね、わたしはハルトのこと、好きなんです」


 その言葉を聞いて、ハルトは少しホッとした顔をする。だけどわたしはそのまま言葉を続ける。


「最初は唐突だったけど、ハルトのことをこっちでも向こうでも、知るたびに好きだと感じます。もちろんさっき言った過去のことも。だから……ハルトは迷惑だなんて思わないでください。その……愛してますからっ!」


 わたしが言い切ったそのあと、周りにいた人がパチバチと拍手をしてくる。

 え? ひょっとして……。


「アリス、声がデカいよ。でもサプライズ逆プロポーズだと思われたのかもね」


 愛おしそうにハルトは笑った後、わたしの耳元にくちびるを寄せて言う。


「ありがとう」


 と。



 水族館を出て、わたしたちはお昼にすることにした。


「今日もまた中華そばですか?」


 少しいたずらしたくなったので、車の中でハルトに言う。


「あれは……特別だよ。まさか向こうの親がああいうジョークをやるとは。でもまあ今度はちゃんとした会食だろうけどね」


「ですよね。まさかドレスで着飾ってラーメンってびっくりしました」


 海近くの海鮮レストランで食事をしたあと、穏やかな六月の海を二人で歩く。


「あのさ、今日の夜から異世界へ移動できるんだけど、行く? それともアリスは留守番する?」


 少し言いづらそうにハルトは言う。

 わたしが異世界へ行かずにこっちで色々経験を積んでいるうちに、ハルトは何度か異世界へ行っていたようだった。そのことをぽつぽつと話すハルトに、ついわたしは言ってしまった。


「今度からはずっと一緒に行きます。ハルトが一人だけでは解決できないことも多いんでしょ? だったら二人で行って解決しないと!」


 少し考えたハルトは、


「じゃあ、これから俺の家に来る? 転移するには人目につかない場所じゃないとマズイからね。それともしもこれからずっと一緒に異世界に行くのなら……」


 一緒に住んでないと都合が悪いな、とハルトは言う。

 つまり……えーと。


「ど、同棲ってことですか?」


「うん。まあ俺は構わないけどね。一人暮らしだし」


 うう、付き合ったこともない上にいきなり同棲かぁ……。


「ん、そうするのならまずはハルトの気持ちを聞きたいです」


 そうだった。

 今日のデートではハルトの気持ちを聞かなきゃ。


「俺、自分からこういうこと言ったことないから、なんて言っていいのかわからないけど……」


 一呼吸置いてハルトは言った。


「俺にはアリスじゃないと駄目だ。こっちでも異世界でもアリスとずっと一緒にいられたらいいなと思う……好きだ」


 誰もいない海岸でぎゅっとハルトに抱きしめられて、わたしはぎゅっと目をつぶった。ハルトのドキドキした鼓動を身体で感じて、顔が真っ赤になってしまった。

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