第18話 喫茶店での誘い
「あの……杜若さんとはどんな関係なんですか? 小花沢さん」
イラつくように広谷くんがハルトに質問をする。
システム部の上司は意味がわからないようで、ハルトと広谷くんを交互に見ている。わたしは、異世界でのハルトとの婚約のことを思い出して顔が熱くなった。
「どういう関係って、営業部の後輩で、現在は俺がついて営業の仕事を教えていますが」
こっちの世界での立場を、ハルトは表情を変えずに答えた。
そ、そうだよね。こっちの世界で『婚約者』だなんて言えるはずはない。
少し残念に思ったけど、今のわたしの立場はハルトからすればただの後輩だ。
「そんな風には見えませんでしたけどね。なら……」
広谷くんがわたしに向き直り、言った。
「アリス、今日一緒にメシ食いにいかない?」
「おい広谷、今は仕事中だぞ。ナンパなら終業時間以降にしてくれよ」
ニヤニヤとしながらシステム部の上司が広谷くんを制止し、打ち合わせを進める。広谷くんは納得がいかない顔をしていたけど、その場ではわたしに返事を求めることはなく、不機嫌そうに黙っていた。
「とりあえずそのシステムについては導入します。人事部も絡んでくるので、少々時間がかかってしまうと思いますので、それまでは今まで通りの発注方法でよろしく」
「わかった。ありがとう」
「よ、よろしくお願いしますっ」
広谷くんは食事の件から黙ったままだったけど、そのまま打ち合わせは終わった。
「アリス、ちょっと出ない? ジェムボックスに俺も用事があるから一緒に行こう」
システム部からの帰りに、廊下でハルトに誘われた。
わたしがシステム導入が遅れるから少し残念そうにしているのがバレたのかな? それで気を使ってくれたのかも。
「はい、わかりました」
「じゃ、十分後に会社のロビーで」
ハルトと出かけるときには、営業部内で待ち合わせをしない。なぜなら梨花先輩が帰ってきたときに、かなりうるさくわたしを問い詰めてきたからだった。気のせいか梨花先輩以外の営業部の女子も、わたしを見る目がキツいのはわかっていた。
そのことはハルトもそれとなく気づいていたようで、ハルトは最近ロビーで待ち合わせるように指示をしてくれる。
「さて、行こうか」
「はい」
*
ハルトと営業に出ることになって、はじめて寄った喫茶店にわたしたちは居た。
「アリスさ、広谷ってやつとは大学時代のアレだけ?」
「へ? あ、はい。それだけですけど……」
ハルトは向かい側からわたしをジッと見つめて言う。
「あいつはそれだけじゃないな。多分、アリスのことを好きなんだと思うよ」
「いやいや、それは無いですよー。だってからかわれたせいで大学時代はいろいろと灰色でしたから。今日の誘いだって、しばらくぶりに顔を合わせたから、広谷くんはわたしのことをからかいたいだけなんです」
わたしは広谷くんのことは好きじゃない。どっちかというと苦手なほうだ。軽い性格だし、大学時代もたくさんの彼女がいたという噂をきいたことがある。
「アリスは……そのさ、少し危なっかしいところがあるから、俺はやっぱり心配。広谷とのこともだけど、営業部の女性たちとも上手くいっていない。それは俺にも原因はあるけどね」
ハルトはわたしのことをいろいろ見てくれていたんだ。そりゃ女でたった一人だけ営業をやっているとなると、それなりに噂の的にはなる。覚悟はしていたしあまり考えないようにしていたけど、やっぱり意識しだすと……つらい。
わたしは泣きそうになったけど、ぐっと我慢した。
「だ、大丈夫ですよぉ。わたし、負けん気だけは強いですから」
声が少し湿っぽくなった気がする。
それをハルトは逃さなかった。
「アリスの心が折れそうでさ。できれば俺が護りたい。でもそうなると……アリスが自由に仕事を続けることができなくなる」
「え、それってどういうことですか?」
泣きそうになった気持ちが一気に吹き飛ぶ。
それってきっとハルトとこっちの世界でも、隠さずにいろいろ明らかにするってことだよね。
「ん、こっちでも向こうと同じように婚約するってことだけど、今はそれは最終手段かな。ここの会社、結婚するってなると女の子は辞めるっていう社風でさ。アリスにとっては良くないと思う。できればこっちで仕事を通して色々と経験してもらった知識が、異世界では武器になるから」
うーん、と悩むハルト。
こっちでも婚約ってことは、ハルトと本当にいずれ結婚する。それに気づいてわたしは頬が熱くなるのを感じた。
でも、わたしはハルトから大事な言葉を聞いていない。
「あの……ハルトはわたしのこと、どう思ってるんですか?」
飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになる、ハルト。
唐突なわたしの質問も、この場所にはそぐわなかったようで、ハルトは咳払いをしてわたしをまっすぐ見つめて言った。
「ん、明日の休みなんだけど、アリスは予定が空いてるかな?」
「はい。特に用事はないです」
「じゃあ明日一日、俺に付き合ってくれ。そのときに質問に答えるよ」
にっこりと優しげに微笑むハルト。コーヒーカップを丁寧に置く指先がとても綺麗だった。
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