第17話 大学の同級生広谷
息がかかりそうなほど、お互いの顔が近づいている。
こんなところを誰かに見られたら、きっと会社中で噂になっちゃう。
「あの、やめて下さいっ」
わたしは広谷くんから離れようとするけど、広谷くんは力を緩めようとせずにそのままわたしを見つめる。
「ちょっとっ!」
もがくたびに腕をつかむ力が強くなる。
「だから、離してっ」
「いてっ!」
勢い良くやっとの思いでわたしは腕を振りほどくが、腕が離れた拍子に手が広谷くんの顔に当たって、くちびるが切れてしまったようだ。
「あ、ごめんなさい」
「……」
広谷くんはわたしに何か言おうとしたけど、そのまま片手をあげわたしに挨拶したあと、システム開発室に入ってしまった。
そのときピピッとスマホのスケジュール音が流れる。
「わ! いけない! 打ち合わせの時間だった」
誰もいなくなった廊下をわたしは音を立てないように走り、得意先へと向かった。
*
「……そもそも『暴れ馬』とかあだ名をつけておきながら、なんなのよ、もう」
システム部の広谷くんに依頼してから、三日が過ぎた。今日はハルトとシステム部で打ち合わせをする予定。
それで今、システム開発室前の廊下でわたしはハルトを待っていた。
依頼したあとは仕事が立て込んでいて、今まで広谷くんとのことは忘れていたけど、あのときはなんだか様子がおかしかった。
「でもきっと大学時代のときみたいに、またなにか因縁でもつけてこようとしたのかなぁ。はぁ……」
「なに? 因縁って?」
ハルトが来てわたしの言葉尻を聞いて質問してくる。
「あ、いえ。すみません。ちょっと今日の打ち合わせでわたしが依頼した広谷さんと大学時代にいろいろあって……」
「新人君か。アリスの同僚なら想像はつくけどね」
わたしは簡潔にハルトへ過去にあったこと……とはいえ暴れ馬なあだ名をつけてくれたおかげで彼氏の一つもできなかったということだけど、を伝えた。
「暴れ馬って凄いね。でもまあアリスの気質ならそう呼ばれてもしょうがないだろうけど、俺はそれより気高い気質……言うなれば炎の龍だと思うけどね」
とニコニコしながら言った。
「って炎の龍もひどくないですか? なんか規模が大きくなっている気がします」
とふくれっ面でわたしはハルトに文句を言う。そのわたしの顔を、ハルトは愛おしげに見てゆったりと微笑んでくれた。
あ、なんか久しぶりの空気。ハルトといるとなにか安心する感じがする。
「今回の件が片付いたら、
「そうですね。婚約……してからまだ何も進んでないですもんね」
婚約、という言葉を言うときについ顔が赤くなってしまった。だって社内の女性の憧れの的であるハルトと、異世界ではあるけどわたしは婚約しているということを意識してしまった。
そのとき、システム開発室の扉が開いて広谷くんが顔を出す。わたしたちの空気が気に入らなかったようで、無愛想に入るように言う。
「アリ……杜若さんより依頼のあった、営業発注システムについてですが」
システム開発室の一角にある打ち合わせ室で、わたしとハルト、広谷くんとシステム部の上司の人が座って、わたしが計画していたものの具体的な話をすることになった。どうやら広谷くんの上司はハルトの同僚だったらしく、打ち合わせが始まる前には楽しそうに話していた。
「スマートフォンからサーバーにアクセスし、社員番号と発注の品物と数量を入力すれば、発注システムと連動して品物を発注できるというものです。というか発注システムに組み込んである既存のプログラムを使うということなので、すぐ可能です」
「……」
全員が広谷くんの説明を黙って聞く。
「ただこれを導入することにより、現在の発注入力を行っている分の手は必要がなくなります。つまり人件費削減として大きな効果をあげられます」
そう、これは……カレンさんや梨花先輩の仕事を全て奪うということだった。現在は電話で受け付けた後、カレンさんたちが発注システムに入力して注文するという形を取っていた。
だけど、それがきちんと仕事として成されてないのなら、人の手を借りずに自動化するほうがいいと、わたしは思ったのだ。
クックック、と楽しそうな笑い声がハルトから聞こえる。
「俺と同じ考えをしていたんだね、アリス。俺のときには俺の独断だったからこの提案は断られたけど、二回目ともなれば……」
「だな。今回は部長同士を通してこのシステムを導入することになったよ。よかったな、ハルト」
ハルトの同僚の上司も、以前に同じことをハルトと二人で画策していたみたいで、やっぱり楽しそうだった。
だけど、一人だけハルトを敵視する人が打ち合わせ室の中で一人だけいる。
……広谷くんが焼け付くような瞳で、ハルトを見ていた。
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