第15話 クールな策略
それからわたしは、ハルトと一緒にハルトが受け持っている会社へと挨拶に行った。わたしの受け持ちは『ジェムボックス』だけなんだけど、ハルトが受け持つ会社の数が多数のため、サブの営業としてわたしも同行する形だ。
数件回ったところで、わたしの名刺入れはパンパンになり、手帳は真っ黒になった。
「アリスは他社がどのようなものを欲しているのか。それを利用してどれだけその会社が得をするのか。そこに視点を置いてほしい。なぜなら、向こうの世界でそれが武器になるからだよ」
とハルトは説明してくれた。
こちらの世界では命までは取られない駆け引きだけど、向こうはその安全がないということも。
だからしばらくはこちらの世界で営業の技術を磨いてほしいということだった。
*
わたしがしばらく仕事をして思ったことは、いち早く相手を欲するものを察知し、その欲するものの特徴を精密に伝えること、さらにその物があればどのように便利になるかなどを丁寧に伝えること。それが営業の仕事だった。
それから先の発注数量や納期などは、付属の仕事である。
「営業の仕事の本質はそこだと思いました」
「ん、アリスは飲み込みが早いね。ブルーノからもいい報告を聞いているよ」
どうやらわたしが着目した商品の売上が良かったらしく、これからもジェムボックスの担当で居てほしいということだった。
ある日、ハルトに連れて行ってもらった喫茶店でわたしの社用携帯が鳴る。
『ジェムボックスのブルーノですが』
以前に発注をかけていた商品の数がかなり足りないということだった。
どうなっているのか、とのことだったので、急いでわたしは会社に連絡を取る。
「以前に発注をお願いしていたジェムボックスの件についてですが……」
「あぁ、それはわたしが発注したわ。たしか十個よね」
カレンさんが言うが、わたしがお願いした注文数は百個である。おかしいと思い、カレンさんを問い詰めようとするが、その言葉を遮られる。
「大体、注文数の確認をしないで放りっぱなしなんて、ダメでしょう?」
どうやら話にならないのでカレンさんとの電話を切り、わたしは自分で発注先に急ぐようにお願いする。
「はい、注文伝票は夕方にはファックスしますので……よろしくお願いします」
ふぅ、と一息ついて紅茶を飲んでいるとハルトがやってきた。
「どうした? なにかトラブルでも?」
「ちょっと……発注をお願いしていたのですが、なにかズレがあったみたいで、急いで発注先に追加注文しました」
そっか、とハルトはなにか考えるようにしていた。
その姿も王子様っぽくて、少しクスッとしてしまった。
「あのさ、ちょっとよく考えてみて。内勤の女性が発注管理をしていると思うんだけど、発注違いがあった場合の担当って誰?」
「今までは一つや多くても五個ぐらいだったけど……あ」
発注ミスを出していたのは、カレンさんだけだった。
そのわたしの表情を見て、ハルトは理解したようだった。
「藍沢さんだね。発注ミスをしたのは。……俺から伝えとこうか?」
ハルトはありがたい提案をしてくれる。でもこれは自分で解決しないと、きっとダメなものだ。
「いえ、わたしがカレンさんに言います。それに多分……」
わたしが女一人で営業をやっていることを気に入らない人たちがいるんだろう。そこにまでハルトを巻き込むわけにはいかない。
「売られた喧嘩は買うまでですっ。だからハルトは見ていてくださいね」
力こぶしを作ってわたしはハルトに負けないってことをアピールする。
「あまり、無理するなよ。いざとなれば俺がいるから」
「はいっ。有難うございます。ハルト」
それからわたしたちは静かにお茶したのだった。
*
「多分首謀者はカレンさんだよね」
と、梨花先輩はわたしに伝えてくれた。
梨花先輩はあれからハルトと定期的に連絡を取り合っているそうで、ちょっと妬けるけどわたしとは仲良くしてくれているし、内勤の他の女性がなにか不穏な動きをしたときには教えてくれる。
わたしが外回りが多めな分、梨花先輩の情報は非常に役立っているし、発注ミスも細かなものはわたしに聞いて確認してくれているらしい。
でもやっぱり、女子としての努力の方向性は間違っているようで、今日もまつげに気合が入っている。
「やっぱりですか。まだプライベートで邪魔してくるならまだしも、仕事上で邪魔してくるなんて、社会人としてどうかと思うんですけどね」
ついカッとなって梨花先輩に愚痴ってしまった。
でもそんなわたしを見た梨花先輩はにっこりと、わたしを先輩らしくたしなめる。
「アリスさ、それを思いっきりカレンさんに言ったらダメだよ。あの人には裏の顔があってさ……」
どうやらカレンさんに絡んで、会社を辞めた女の人が何人かいるらしい。しかも痕跡を残さずにいつでも涼しげな顔をしているそうだ。
「だから、アリスみたいな新人が絡んじゃダメなの。だからといってわたしも怖いしなぁ。だから作戦を立てない? できれば小花沢さんも呼んでさあ」
それが目的かっ!
どうやらハルトは梨花先輩とは、以前に送っただけであとはメールのやり取りのみをしているらしい。なのでわたしを口実にデートに持ち込もうったってそうはいかないですよ! 梨花先輩。
でも、わたしと梨花先輩だけじゃ、いい知恵は浮かびそうにもなかった。
トボトボと独りで家へ帰る最中、あのレストランの前を通ったとき、予約も入れていないのにわたしはそこのドアを開けていた。
「あの……」
「以前来てくださった方ですよね。どうぞ」
小さな明りのフレンチレストランにわたしは入った。
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