第14話 梨花先輩が、婚約!?

「ちょっとアリス! どぉ言うことなのぉぉ!」



 レストランを出たわたしたちに、梨花先輩は詰め寄る。というかわたしに詰め寄ってきた。マジ怖いです。



「蕪木……梨花さんだっけ?」


 ハルトに名前を呼ばれて、梨花先輩はメロっとする。確かに声も素敵だもんね。



「はいぃ……」


 ハルトを見る目線はものすごいハートだった。ここまで好意を見せられると、ある意味気持ち悪いような気がするけど……。


 昼間に梨花先輩といろいろ話したときから、憧れの先輩ってよりもちょっとおかしな先輩なのかな、と心の中で思ってしまっていた。しかも、ハルトをストーカーまでしているなんて、やっぱり変だよ。



 でもハルトは余裕のある表情で、わたしにウインクまでしてきた。


「梨花さん、今の打ち合わせは明日の仕事の話」


「あ、へ? 梨花って……」


 ハルトに名前を呼ばれただけで、梨花先輩は頭に血がのぼって話を聞けていないようだった。


 なんだかチョロそうだな、梨花先輩。



「杜若さんの先輩なんでしょう? だったらしっかりと先輩らしさを見せてあげてくださいね」


 柔らかくハルトに諭されると、梨花先輩は花のように微笑み、


「ま、任せてください!」


 とハルトに返事をしていた。



 そんなハルトはわたしのところに来て、


「蕪木さんを送っていくので、アリスは真っ直ぐ家に帰って休んでくれ。明日、また会社で」



 そう言うとヘロヘロの梨花先輩を支えつつ、ハルトは駅へと向かった。

 わたしは異世界であったいろいろなことや、会社で新しく営業を始めたことの疲れもあって、家にまっすぐ帰ってすぐに寝てしまったのだった。



 *



「おはようございます」


 梨花先輩になにかを言われるのかと思って、わたしは恐る恐る会社に出社した。


「あら、アリスぅ、おはよっ」


 普段通りの梨花先輩……いや普通よりもハイな状態の梨花先輩が挨拶をしてきた。なぜか鼻歌まで歌っている。


「あのさ、あれから小花沢さんね、あたしの家まで送ってくれたの。親にもきちんと挨拶してくれてさ……なんかもう結婚を前提に付き合っている感じじゃない?」


「はぁ……」


「でね、アリスにはあのきっかけを作ってくれたから、お礼が言いたくてさ。その……ありがとね。協力してもらって」


 いやまったく協力したつもりはない、けど、梨花先輩が勝手に思い込んでいるからいいのかな。



「おはよう。杜若さん……蕪木さん」


 そのとき、わたしと梨花先輩に割って入るように、カレンさんがやってきた。顔はいつもどおり綺麗な笑顔だけど、なぜか梨花先輩を見る目だけは笑ってなかった。

 その違和感にわたしは気づいたけど、梨花先輩は浮かれていて全然気づいていない様子で、昨日の出来事をカレンさんに話す。


「……そう。よかったわね」


 穏やかに話すカレンさん。

 あれ? わたしの思い過ごしだったかな。


 わたしは出かける時間が迫っていたので、二人に挨拶してハルトのところにいくことにした。


「杜若さん」


 カレンさんが梨花先輩の話を遮って、わたしに話しかけてきた。


「はい、なんでしょうか?」


「うちの会社は社内恋愛禁止とは謳っていないけど……気をつけてね」


 ギクッ。

 少したじろいでしまったわたしは、その行動をすっかりカレンさんに見られたことに気づいたけど、どうにかごまかすことにした。


「だ、大丈夫ですよ。というかカレンさんってハル……小花沢さんのことを?」


「いいえ。違います。ほら、遅れるわよ」


 やっぱりわたしには冷たい視線を向けたまま、カレンさんはわたしを見送った。

 うーん、カレンさんはなにかやっぱり違和感がある。



 *



「おまたせしました」


 会社のロビーにいるハルトの元へ、わたしは走って向かった。

 そんなわたしを見てハルトは、わたしを気遣ってくれた。


「なにかトラブルでもあった? 昨日の蕪木さんとか」


「あ、いえ……そうじゃないんですけど」


 カレンさんのことをなんて説明していいのかわからなくて、わたしは口ごもった。それと、昨日の梨花先輩をどうしたのかも。


「あの、梨花先輩……蕪木さんって昨日、どうしたんですか? なにかものすごく舞い上がっていて大変でした」


「あぁ……あの人ね、やたらベタベタしてきて、家まで送り届けたら両親が出てきてさ、結構夜遅くまで引き止められて参ったよ」


 特に約束やなにかはしていなくて、両親からハルトのことを質問されたりとかの話をしてきたらしい。なんだかなあ。


「あの人、悪気はないけど情熱の傾け方が違うよね。ボサボサしたつけまつげとかこってりとした化粧、ブランド品の小物やバッグ。そんなものに情熱を傾けてさらに好意を持った人を追いかけ回すとか、俺は違うと思う」


 うっ。

 わたしは一秒でも眠っていたくて化粧とかいい加減だったし、まだ働き出したばかりだからブランド品なんて買えるわけがない。というか興味がない。でも梨花先輩はその話題ならずっと話していられるほど好きな人だったんだろうな。ブランド品。


 ギクリとしたわたしの顔を覗き込んだハルトは意地悪く言う。


「ひょっとしてブランド品とか、欲しいと思った?」


「ブランド品よりは、自分で本当に気に入ったものなら大切にします」


 わたしは物持ちがとてもいいらしくて、未だに学生時代のものをかなり使っている。高校時代の運動着を家着にしていることは、ハルトには秘密にしておかないと。


 そんなことを思っているわたしの顔をしっかりと確認したハルトは、ニヤリとしていた。な、なにか文句でも?


「アリスは蕪木さんとは違うね。あの人には瞳の奥が揺らいでいて信念がない。でも……」


 少し言いよどんでハルトはわたしに忠告してくれた。



「藍沢さんには気をつけておいたほうがいいね。アリスと反する属性の持ち主だからね。いずれ何かしてくると思うよ」

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