第11話 クールビューティー

「これからよろしく、杜若さん」


「はい、がんばりますのでよろしくお願いします……小花沢さん」


 部長の前で、わたしたちは出来るだけよそよそしく挨拶をする。

 ちょっとだけぎこちないわたしの挨拶に、小花沢さん……ハルトは部長に見えないようにウインクする。



「じゃあ、あとのことは頼んだよ。小花沢くん」


 部長は小花沢さんの肩をポンッと叩き、打ち合わせルームをあとにする。



「さて、三十分後に出るから、それまでに準備をして。準備するのは――――」


 いきなりの外回り。

 持っていくのは会社支給のタブレットと、筆記用具だけでいいらしい。




「なに? なんの話だったの?」


 打ち合わせルームを出たわたしに、梨花先輩はすぐに質問をしてくる。


「なんか、営業として外回りの仕事をするように言われました」


 あぁ~! と言いながら梨花先輩は納得がいく顔をする。

 そして担当が小花沢さんになったことを伝えると、


「えっ!? それならあたし……オーケーすればよかったなぁ。営業は大変だけど小花沢さんと近づけるチャンスじゃない?」


 いいないいなと梨花先輩は連呼する。


「あぁ……一度断っちゃったから、もう駄目だよねぇ。残念。でもさ、アリスが小花沢さんのことでいろいろわかったことは教えて欲しいなっ。好きな食べ物とか色とか……好みの女性とかさぁ」


「はぁ……」


「あっ、でもね。アリスには必要以上に小花沢さんに近づかないで欲しいの。そりゃ一緒に仕事をしていればお互い意識して、付き合うとかそういうことが多いから、アリスがブレーキを掛けていれば大丈夫だと思うんだよね」


 小花沢さんはみんなのアイドルだからね! と梨花先輩は熱く語る。


「抜け駆けは禁止!」


 結構大きな声になりつつ、梨花先輩は熱弁が止まらない。

 そんな梨花先輩の肩を叩いたのは……



「ちょっと、梨花、うるさい」


 クールビューティーとわたしたちの同期から噂されていた、藍沢あいざわカレンさんだ。


「内勤でいいと言ったのは貴女でしょう? なら今になっていろいろ言うんじゃないの。杜若さんも困ってるわよ」


 腕組みしてカレンさんは言う。

 藍色に見えるほどの濃い黒髪をキリッとまとめ上げ、薄い四角の眼鏡を掛けていて、神経質に見える美人だ。

 梨花先輩とは対照的で感情の表現が薄く、近寄りがたい雰囲気を持っている。そんなカレンさんはわたしをかばってくれた、のかな。


「さ、杜若さん。陽斗くんが待っているわよ。手早く支度していきなさい」


 ちらっと見ると、梨花先輩はなぜかハンカチをかじって「キ――――ッ!」と言っていた。なにかこう典型的な少女漫画でやる悔しい行動っぽくて、面白かった。


 だけど、カレンさんはわたしを冷ややかな目で見ていた……ような気がした。



 *



「じゃあ行こうか」


 小花沢さんのあとを付いて、わたしは会社から外に出る。

 まずは打ち合わせをすることになったらしく、二駅移動した先の駅前にあった喫茶店に入る。



「いらっしゃいませ」


 目の前でコーヒーの湯気が立っている。

 その先には小花沢さんがいた。



「大丈夫だった? なにか騒がれていたようだったけど」


 小花沢さん……いや、異世界でのハルトの口調になって、わたしにさっきの騒動を問いかけてくる。


「はい、ちょっとヤキモチを焼かれました」


 ズズッとコーヒーを啜りながら、わたしはハルトに報告する。

 そのわたしの顔を見たハルトは苦笑した。


「まあ、あまり障害になるようなら言ってくれて構わないけど、異世界ではもっとあからさまに行動されるからね。だから出来るだけ、自分で処理できる術を覚えてほしい。それとここの仕事も向こうの世界でかなり役立つと思うから、大切に覚えるといいよ」


「……わかりました。今日はこれから何処へ?」


 すらりとした足を組みながらハルトは少し考えてから言った。


「少し面白いところがあるから、そこに言ってみよう。タブレットの販売データに載っている『ジェムボックス』という店だね」


 インデックスから「シ」の部分をタッチする。

 ジェムボックスというお店は、そのトップに載っていた。



「う、売上が月額一億二千万円、ですか?」


「そう。ちなみにここ三年連続で自社トップテンの売上がある。でもその社長は――」


 わたしには聞こえないように、ハルトはなにかを言った。


「え? すみません。聞き取れませんのでもう一度言ってもらっていいですか?」


「いや、会ってみればアリスもわかるよ。じゃ、行こうか」


 そう言ってハルトは伝票を持ち、自然にお会計を済ます。

 わたしはあとについて、慌ててお財布を出し、ハルトに声を掛ける。


「あの、コーヒー代は?」


「いいよ、俺のおごり」


「あ、ありがとうございます」


 ペコリと挨拶をするわたしを見て、ハルトは言った。


「もう向こうでは婚約している者同士だからね。とはいえ、こちらの世界の切り替えはよく出来ているから、向こうに行ったらご褒美かな?」


 わたしはその発言に、やっぱり真っ赤になってしまった。

 からかわれている、のかな。

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