第9話 婚約の儀

「私、レオンハルト・ディードフリードはアリス・カキツバタを婚約者と認め、愛し、護ることを誓います」


 神父様は、そのあとわたしをじっと見つめる。


「わ、わたし、アリス・カキツバタは、レオンハルト・ディードフリードを婚約者と認め……愛し、護ることを誓います」



 なんか、結婚式のときのイメージだよねと思ったけど、かなりの人数の監視の中、わたしがトチるわけにはいかないと思い、ハルトと同じ言葉を口にする。


 そしておもむろに神父様は水を張った金色の大きなお皿に入っていた葉っぱのついた枝を取り出し、その水滴をハルトとわたしにかける。


「月桂樹の祝福により、この者たちの婚約は認められました」


 そう神父様は言い、わたしたちに立つように指示する。

 そのあと神父様は静かに退場し、代わりに紫色のローブを着た魔女が神父様がいた場所に立つ。



「……では、アリス様の力を開放する儀に移ります。アリス様、こちらに」


 さっきの金色の大きなお皿の前にわたしは立つ。

 ハルトは余裕そうに微笑んでいたけど、わたしは不安だった。なぜなら、集まっていた人たちが興味津々な表情で、わたしの一挙一動を見つめているのだ。



「心を楽にして、その水へと右手のひらをおつけください」


「は、はい」


 すうっと深呼吸をして、わたしは水に手のひらをつける。手のひらをつけた振動でゆらりと水が揺れるが、それがどんどん不自然に動き出してお皿からあふれるぐらい揺れだす。そのうち水が静かになると、霧のように水が蒸発していくと同時に、その霧はわたしの周りにルビーに似た赤いキラキラとした水滴として落ちていった。


 その光景に、観客からは感心したようなため息がたくさん聞こえた。


「豊穣、希望、権力、情熱、そして……治癒の力を所持しています。そしてグラナティスの乙女としてのパワーは非常に強く、歴代のお妃様の中では随一です」


 畏怖するようにわたしを見上げる魔女。

 そして魔女はわたしにだけ聞こえるように言った。


「力を開放するには場所を選んでくださいませ。でないと周りを滅してしまう可能性がありますので」


 そのあとさらに一呼吸おいて、魔女は言った。


「でも……改めて開放しなくても、じわじわとその力は目覚めだします。なので遅かれ早かれ、力をコントロールする術を覚えたほうが良いでしょう」


「わ、わかりました……」


 なにか潜在的にすごい力を持っていると言われた。

 でもさっぱり実感はないんだけどな。



 後ろを振り返り、わたしはゆっくりと挨拶した。

 一番手前にはハルト、その奥にハルトの両親がいて、わたしに優しく微笑みかけてくれた。その顔をみてわたしはホッと息を抜き、安堵する。


 そのとき、王様のうしろの貴族が立ち並ぶ列の一部が騒がしくなった。


 貴族の列をかき分けて現れた騒動の主は、藍色の髪をツインテールに結わえた10歳ぐらいの気の強そうな女の子だった。

 そしてその娘を必死に止めているのは、その娘によく似た藍色の髪の落ち着いて見える男性だった。


「レオンハルトさまっ! やめてくださいっ!」


「よせ! アガーテ」


「でもお兄様……ここで黙ってしまったら、わたくしは……」


 そのとき、王様が立ち上がり、男性になにかを話しかけた。

 とたん、その男性は真っ青になり「失礼しました!」と敬礼し、アガーテと呼ばれた娘の口を抑え、抱え上げて再び後ろに戻る。


 ハルトはその光景をみて、ハァ、とため息をついていた。



 *



「そういえば、ハルトに聞きたかったんだけれど」


 婚約の儀を終え、わたしたちは控室のようなところで休憩している。

 休憩中は貴族や王族の方々が歓談しているらしいけど、その場は権力争いに近いものだという。

 ちょっと休憩したら、わたしたちもその場に顔を出し、王家は安泰だということをしっかりと示さなければいけないんだそうだ。



「ん? どうした?」


「この世界って魔法を使えるんですか?」


 さっきの水の現象は元の世界ではあり得ないことだ。だから……気になった。


「うん。あれ? 言ってなかったかな」


「はい、言ってませんでした」


 もう、と小さくつぶやく。

 でもあの魔女さんは、わたしの力は膨大でコントロールすることが難しいとかなんとか言ってたよね。


「わたしの力を開放すると、ものすごく強い力だと言われました」


「……だろうね。俺も初めて君を見つけたとき、それがわかったんだ」


 ニヤリとハルトは挑むような笑顔を作る。


 それは、以前の世界でも見たことがある。わたしが配属されてすぐの、ものすごく大きな案件に挑んだときのハルトの表情と同じだった。



「ま、力を開放することについては追々考えるよ。そのケーキを食べたら、挨拶にいくからね」


 ハルトは出された紅茶をゆっくりと飲む。

 わたしはラズベリーがたっぷり入ったトルテを口に運ぶ。


「ん! おいしい……」


 ケーキを食べているわたしを見て、ハルトは優しく微笑んでくれた。

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