第8話 アリスの休息

「アリスさま、大丈夫でしたか?」


 靴を脱ぎ散らかして、自分の身体をベッドに投げ出してゴロゴロしていたときにターフェがやってきた。


「も――いろいろ疲れたよぉ」


 にっこりとターフェは笑い、そしてわたしに起きるように言う。



「コルセットをしたままでは苦しいでしょう。寝る前なので外します」


 コルセットをつけていて思ったけど、姿勢を悪くするととたんに苦しくなる。だから姿勢をよくしておけば大して苦しくないので、普段でも姿勢はきちんとしていようかな。これからこっちで生活しなきゃいけなくなるんだろうし。



「うーん、もう前の生活に戻る、なんてことはないのかなぁ……」


 大学時代から一人暮らししていた狭いアパート。一人暮らしはつまらないものだったけど、それでもやっぱり戻れないとなると戻りたくなるのはなんでだろうな。



「戻れるか戻れないかはレオンハルトさま次第ですね。結構行き来してらっしゃいますから」


「だよねぇ。でも明日の婚約の儀が終わるまでは多分無理かなぁ」


 わたしが『婚約の儀』と言うと、ターフェはびっくりする。


「また……レオンハルトさまは、いきなりですね」


 そうターフェは言ったあと、はぁ、とため息をつく。


「アリスさま、今日はゆっくりおやすみください。明日は心体ともにご負担がかかりますから」


 わたしが寝間着に着替えるのを確認したターフェは、ベッドに寝るまで見守ってくれた。ベッドの中はふかふかで、すぐにぐっすり眠れそうだった。



「おやすみ、ターフェ」


「はい、ごゆっくりおやすみくださいませ、アリスさま」


 部屋が暗くなり、パタン、と静かに扉が閉まる。

 それからまもなくして、わたしの意識も夢の中に落ちていった。



 *



「おはようございます。アリスさま」


 落ち着いたターフェの声で、わたしは起こされた。

 ああ、狭いアパートの白い天井じゃなくて、淡桃の天蓋だった。違う世界にハルトと来たのは夢じゃなかったんだよね。



「ん、おはよう。ターフェ」


 くすりとターフェはわたしを見て笑う。そして手鏡を手渡してくれる。


「すごい寝癖ですね。今日は婚約の儀となりますので、手早くお支度をしていただきます」


 そういうとターフェはわたしを部屋から連れ出し、お風呂へと連れて行く。ローマ風の開放的なお風呂だった。


「全身をしっかりお清めくださいませ」


 そう言ってターフェは入り口で控える。



「ん――――!!」


 昨日は混乱しすぎてお風呂とか全然頭になかったけど、こういうのものんびりしてて、いいよね。思ったよりも長風呂になったわたしを、しっかりとターフェはまっていてくれた。


「さて、これからお支度です。部屋に急いで戻ってください。あと一時間でハルト様がいらっしゃいますので」


 うえええ……早すぎる。お風呂をゆっくりしすぎるんじゃなかった。



 昨日とは違って、今日はすんなりと支度が出来たように思う。

 ドレスは緋色のドレス。髪の毛は昨日と同じブラシて梳いただけ。でも、化粧はしっかりとしてもらったのと、ターフェマジックなのか、派手でありつつも気品のあるわたしがいた。


「そのドレスの色はアリス様の特徴を活かしてあります。公式にお目見えになるので、ハルト様のご親戚や貴族様方が見ても恥ずかしくないように、気合をお入れくださいませ」


 ターフェのその話を聞いて、一気に不安になった。

 ハルトの両親には気に入られたみたいだけど、そのほかの人はどう思うかわからないし、こっちの慣習もなにもわたしは知らない。

 そんなことを考えだして落ち着かなくなったわたしを、そっと後ろからハルトが抱きしめてくる。


「おはよう。昨日はよく眠れたかな?」


「っ……!? あ、お、おはようございます……」


 わたしはハルトに向き直る。

 昨日、転移してきたときと同じ青い王子様姿。

 昔の軍服のような格好で、肩には金色のふさふさが付いている。白いズボンにロングブーツ姿は、やっぱりとても似合っていた。


 そして、わたしと同じようにハルトはわたしの頭から足の爪先まで見、にっこりと微笑む。


「いいね、アリスによく似合うよ。慌ただしくて申し訳ないけど、行こう」


「いってらっしゃいませ、アリス様」


 ハルトに手を取られ、わたしは婚約の儀をする、神殿へと向かった。

 その間、軽く婚約の儀の説明をハルトから受ける。


「俺と同じ言葉をあとから言えばいいから。そのあとにやる儀式は、身を任せているだけですぐに済むよ」


 本当に軽い説明だったけど、大丈夫なのかな……。



 *



 神殿は壁はなく、豊かな水をたたえた庭をよく見渡せる開放的な建物だった。

 そこにたくさんの人達が集まっている。

 女性はわたしとよく似たようなドレス、男性の服装は様々で、ローブを着ているものもいれば、白いタイツを履いた典型的な王子様のような扮装をしているおじさんなどもいた。


「時代が統一されていないようですね」


 こっそりとすぐ隣を歩くハルトに、わたしは声をかける。


「ん、まあそのへんもこれからの課題なんだけどね」


 意味深なことをハルトは言う。

 神殿を進み、白いローブを着た神父様のまえで、ハルトとわたしはかしづいた。


「レオンハルト・ディードフリード、そしてこちらはアリス・カキツバタであることに間違いはないか?」


「はい」


 凛々しくハルトが神父様へと返事をする。

 わたしもハルトと同じようにはい、と返事をした。


「よろしい、ではこれから婚約の儀を始める。まずは誓いの言葉を」



 うまく出来るかどうか不安だったけど、そんなわたしの気持ちには関係なく、婚約の儀が始まった。

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