第7話 夜半の会話


「アリスの国ではお手軽に食べれるものが多いのね。面白いわ」


「なんでも寿司というものもあるらしいな。オーデリエ、今度ハルトとアリスの国に遊びに行ってみようか」


「まあ、良いですわね。ほほほ」


 ラーメンと餃子を平らげたあと、デザートとしてアイスクリームの上にフルーツソースを混ぜた生クリームのようなものがかかっているものを出されているときに、王様とお妃様は言った。


「こちら、フルーツフールと申します。お召し上がりください」


 給仕のメイドがわたしの目の前にデザートを置き、料理の説明をしてくれる。

 先程の料理は本気でわたしに合わせてくれたんだなぁ、と実感するぐらい、今度はおしゃれなデザートであった。



「……転移ですか。余裕があればそういたしましょう」


 とハルトが両親に言う。その両親が話す内容はどうやら二回めの新婚旅行が、などと話しているようだった。というか別の世界なのに二人は別の国だと思っているようだった。


「ですわね。レオンハルトにしか転移術は使えないですから」


「うむ、まだ執政が落ち着いてはいないのでな。隣国との折衝もまだ終わっておらんが、そこが終わればなんとかなりそうだな」



 まあ、とかフフ、と言いながら微笑み合うハルトの両親。

 わたしはちらりとハルトの顔を見るが、ハルトにはいつものことだったようで、涼しげな顔をしてフルーツフールを食べていた。



「それで、婚約の儀についてはいつ行うんだ?」


 王様が食後の紅茶を飲みながら、ハルトに問いかける。


「そうですね、あさってにはお父様もお母様も王城へ帰ってしまいますから、明日、というのはどうでしょうか? 少し早すぎる気もしますが、婚約ですし」


「だいぶ性急ですのね。でもそのほうが良いのかしら」


 うふふ、と楽しそうにオーデリエ様が言う。


「まああたくしのときもかなり急ぎましたものね。アルベリヒ」


 ちらりと王様を見るオーデリエ様。その瞳は当時を思い出したのだろうか、すごく楽しそうだった。



 *



「もうっ! 普段の食事ならそう言ってください! ハルト!」


「いや、今日は本気で特別だったんだよ。まさか両親にあそこまでアリスが気に入られているとはね。俺も驚きだよ」


 コツコツと部屋まで戻る最中、ついハルトを攻めてしまった。

 だって一番料理のマナーが問題だったから、会食する前まではものすごく不安だったのだ。そしてつい気が緩んでハルトを攻めてしまったのはしょうがない。


 そういえば、王様が話していた……グラナティスの乙女ってなんだろう。ハルトが言ってた鍵っていうのと関係があるのかな。



「明日――俺たちの婚約の儀を行うことにしたから、心の準備だけしておいてくれ」


 わたしが居た部屋の扉の前に来て立ち止まり、ハルトは言った。


「ちょ、ちょっと待ってください。どんなことをするのかとか……教えてください」


 部屋の扉を開け、わたしはハルトを部屋へ誘う。

 ハルトはクスっと笑い、あたりを見回して問題がなかったようで部屋の中に入る。


「いくら恋人とはいえ夕食後に男を部屋に引きずり込むとか、積極的だね。アリス」


「やっ……そんなんじゃありません。で、いきなり婚約ですか?」


 ハルトと婚約は悪くはない……けど、まだお互いのことを何も知らないのにいいのかな? というためらいはあった。それにこの世界のことをなにも解っていないし。


「婚約をすれば、公私ともに二人で居ても怪しまれない。今は俺がこの部屋に入ることは咎められるような行動だけど、婚約してしまえば夜中じゅうずっと一緒に居ても問題ないと認められるね」



 夜中じゅう、の言葉にかあっと熱くなるわたしの頬。

 ぱたぱたと手のひらで顔を仰ぐわたしに、ハルトは綺麗な扇を貸してくれた。


「あの、毎回その……恥ずかしいことを言うのはやめてくれませんか?」


「いや、アリスには俺にずっと惚れててもらわなきゃ困るからね。それで、話っていうのは婚約のことだけかな?」


 そうだ。聞かなくちゃ。グラナティスの乙女って何なのかを。



「あの……グラナティスの乙女ってなんですか?」


 ハルトはふう、とため息をつき、わたしに言う。


「まあ明日になればわかると思うけどね。グラナティスの乙女っていうのは――」



 そのときコンコン、と部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 その音にギクッとするわたし。だ、だってハルトがここにいたらまずいよね……?


「入れ」


 ハルトがノック音に応じ声をかけると、カチャ……と扉が開く。

 そこから顔を覗かせたのは、ふわふわの金髪でちょっと可愛い少年だった。



「あ、兄様。今日はボクに向こうの世界のことを教えてくれるって約束ですよね。って……この方はどなた様ですか?」


 ハルトにわくわくした顔をして問いかけた少年は、わたしのほうを振り向き質問してきた。その瞳は透き通るような青紫色だった。


「あぁ、アイリスか。……そうだな、行こうか」


 と、ハルトは立ち上がりわたしをきゅっと抱きしめて、耳元でささやく。

ドキッとするわたし。だって、抱きしめられたのは……ここの世界へ来るときにしてもらったけど、それ以外で異性と触れ合うなんてことはなかったから、やっぱり心臓に悪いよ。


 ボーっとするわたしにハルトは耳打ちする。


「明日、朝になったら迎えにくるよ。それまでゆっくり休んで。ターフェを呼んでおくから一人で居ないようにね」


 こくり、と頷くわたし。

 どうやら、ハルトはわたしを一人にしておくのは心配なようだったけど、立場上そうも言っていられないらしく、名残惜しそうに部屋を出て行く。


 アイリスと呼ばれた少年は、ハルトの後につづいてわたしの部屋を出て行くが、退出前にわたしのほうをくるりと振り向き、とびっきりの笑顔を浮かべ、


「失礼します。アリス様」


 と言い去っていった。

 アイリスの言葉に少しひっかかるような違和感を覚えたけど、たぶん、疲れたのかな。開きっぱなしの扉をそっと閉め、わたしはベッドへと向かった。

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