第6話 緊張感の中でのディナー

「準備はできてるかな?」


 わたしが必死に本を頭に載せ、まっすぐ歩く練習をしているとき、面白そうにハルトは開けっ放しのドアをコンコンしながら言った。



「ちょ、入るなら入るって……」


「ドアが開いていて、見えてしまうのは迂闊だったね」


 どうやらメイドたちが急ぎすぎたようで、扉を閉めていくのを忘れていたようだった。でもそれを叱責する理由はわたしにはない。だって、メイドたちがああも慌てて準備する原因は、会食をうまくやってやるわ! というわたしの発言が元になっているんだから、しょうがない。



「メイドたちも会食のための準備に大忙しだったし……しょうがないですよ」


「俺にも性急すぎた部分はあったな。それは認めよう。だけどそれには理由があってね……」


 とハルトはその理由を話しだした。

 なんでも今日中に自分の気に入った娘を親……王様に紹介しないと、隣国の王女と強制的に婚姻させられてしまうということだった。



「それは政略結婚ですか?」


「……うん、まあそういうことになるね。ここの国は元々大きな国でそれなりに力もある。だから周りの小国からそういった話がかなりあるんだよ。だけど俺は」


 一呼吸置いてハルトは言う。


「そんな愛のない結婚はしたくないんだ。それに政略結婚は、相手とある程度の距離感を置かないと寝首をかかれるなんてこともあるから。俺はそうはなりたくなかったというのもあるね」


 ふうん、じゃあわたしはハルトからすれば信用に足る人物だったってことか。というか、ハルトはわたしのことを……愛してる、のかな。



「俺が選んでも王妃についたなら誘惑は多いからね。金品に眩んで王を殺すとか、他の男を偶然に近づけて……なんかもある。なんでもアリな世界だよ。ここは」


 そうなった妃はやっぱり処刑されてしまうらしい。



「アリスはそんなことはないと思うけど、念のためにね。多分その話は会食中に出てくると思うから、予備知識として頭に入れておくといい。では行こうか」


 ハルトは白い手袋を外し、わたしの手を取るのだが、わたしがしていたドレスと同じ色の淡いピンクの手袋も外し、お互いの手をしっかりと握る。



「手袋越しより、こっちのほうがいい」


 いたずらっぽそうにハルトが笑った。

 手のぬくもりもハルトがわたしを見つめるその優しげな顔も、なにもかもが夢のようだった。



 *



 王様とその奥様、つまりハルトの両親と顔を合わせたときに、わたしはあっさりと夢から醒めた。



 なんといっても迫力が怖い!


 王様は金色の髪の毛や同じ色の長い髭、鋭い眼光を持った40代のおじさまという感じで、振る舞いはとても悠然で映画に出てきた、the・王様! のような姿だったし、そのお妃様……ハルトのお母さんは黒くて艶のある髪と、迫力のある色気たっぷりの超美人だった。


「ヒエ……」


「お父様、お母様、こちらが俺の恋人の杜若かきつばた 有栖ありすさんです」


 わたしの悲鳴にかぶせるような感じに、ハルトはわたしを紹介する。わたしを紹介したあと、ハルトはじろりとわたしを睨んだ。悲鳴は言わないように、との言葉を目線で語っていたのはいうまでもない。



「まあ、よろしくね。アリスさん」


「よ、よろしくお願いします」


「ふむ。この娘が『グラナティスの乙女』か。レオンハルトも良い娘を見つけてきたものだな」


「ええ、アリスはこちらの世界には不慣れなので、少々粗相をしてしまうとは思いますが、それは責任を持って俺が面倒を見るつもりです」


「まあ、レオンハルト王子はそこまでこの娘を気に入ったのですね。よろしい、あたくしの教育でも力を入れることにしましょう」


 わたしをまっすぐ見て、奥様……オーデリエ様はにっこりと笑う、が超美人がにこやかに笑うとものすごい迫力だった。そんなオーデリエ様はオペラ歌手のような雰囲気だったので、ものすごく派手なドレスが似合っていた。


 というか『グラナティスの乙女』ってなんだろ。と一瞬思ったけど、ハルトの両親に対面しているこの状態では、思考がすぐに止まってしまう上に返事が遅れてはマズい。なのでわたしはすぐさま返事をする。


「ヒエ……いえ、よろしくお願いいたします。オーデリエ様」


 ペコリと頭を下げる。

 わたしたちは突っ立ったままだったので、メイドに促され、わたしたちはテーブルへと座る。きらびやかなシャンデリアがずらりと並ぶ、豪勢な部屋。

 30人は座れる長いテーブルにぽつんとわたしたち4人で座るのだが、王様は決まったように角の席へと座り、オーデリエ様は奥の席へと座る。


「あら、対面でいいわよ。畏まった席ではないし、今日は顔合わせだから」


 とオーデリエ様はメイドに指示をする。

 オーデリエ様の向かいにハルトが座り、その隣にわたしが座る。いよいよだ。


『マナーがちゃんとしていないと、合格と認められませんよ! しっかり!』


 というターフェの叱責が、頭の中によぎる。

 わたしはむふん、と小さく気合を入れる。



 そんなわたしの様子を見て、ハルトはフッと笑った。


「今日はそなた……アリスの世界の様式に合わせようと思ってな。特別に作らせておるよ」


 王様が優しげにわたしに話しかける。


 そこに出てきたのは、なんと……ホカホカの湯気を立てたシンプルな中華そばと餃子だった。なんでっ!?

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