第5話 アリスの資質
「ええっ!!? き、妃ってことは……」
ここに来て目覚めたばかりのシーンを、わたしは思い出した。そういえば結婚してほしいって、ハルトは言ってた……。
「そう、だから俺と君は結婚する」
「い、いや……その心の準備がありますし、それにハルトのことをまだよく知らない……です」
ハルトはわたしのその言葉を聞いて無言になり、ゆっくりとお茶を飲む。そして、おもむろにわたしの目を見て、真剣なまなざしで言った。
「俺のこと、アリスは嫌い?」
「い、いいえ。嫌いじゃないです! むしろ好きです!」
わたしは立ち上がって、テーブルを両手でバンっとしながら言った。我ながら勢いがすごすぎて、ついハルトに本当の気持ちを言ってしまった。
だって、梨花先輩が「ずっと片思いしている人なのっ!」と言ってこっそり指を差した先にはハルトがいたのだ。そしてハルトを見たわたしは、その顔や雰囲気に一気に魅了されてしまったのだった。
つまり……一目惚れというものをしたのだ。
だけどそのときには「素敵な人ですね」と言ったぐらいで、梨花先輩の前ではあまり反応は出来なかった。梨花先輩の手前、というのもあったけれど。
だけど、異世界へ来てハルトと2人きりになって……
ハッと気づいたら、ハルトが楽しそうに笑っていた。
「ちょ、そんなに面白いんですか?」
「いや、素直だなって。俺の前ではそのままのアリスで居てほしいけどね」
そして、ハルトは満足げにわたしを見つめながら、
「早速だけど今日の夜、俺の両親と会食の手はずになっているからね。そこで俺の恋人、いや婚約者として認めてもらうことが必要になるけど、出来る?」
う、ここで出来ない……なんて言えない。
だってわたしの望みは、とうにハルトに伝えてしまったから。
だからわたしは――――
「わかりました。出来るとか出来ないじゃなくて、認めさせる。でいいですよね?」
「うん、いい心がけだ。じゃあ俺もアリスの手腕を楽しみにしているよ」
満足げにハルトはわたしを見て、微笑んだ。
*
「アリスさま、大丈夫ですか?」
ハルトが去ったあと、あああっ! と頭を抱えたわたしを見て、不安そうにターフェが問いかけてくる。
「うう……またやっちゃった」
そうなのだ。売り言葉に買い言葉じゃないけど、昔からわたしはすぐに喧嘩を買ってしまうのだ。大学時代ついた不名誉なあだ名は『暴れ馬』だった。
このあだ名のせいで、今まで恋人も恋愛もできたためしがなかったのだ。
せっかく入社した大手商社。
そこではきちんと恋愛して……いずれ結婚するために、自分の気持ちをこころの奥底に沈めていたのだった。
つまり……猫を被ろうと頑張っていたのだ。
なのに、ハルトを前にして自分を出してしまった。
でもその本当のわたしが、ハルトにとっては気に入ったものだったらしい。
「……まあ、しょうがないか。やるしかないよ」
「ええ……」
しんみりとターフェは頷き、そのあと時間がありません、と言って慌てて出て行く。戻ってきたときにはドレスなどの衣装一式と、本、食器、それと……ふさふさの長い白い髭のマントを来たおじいさんがターフェについてきた。
「よろしいですか? アリスさま。これから会食が始まる3時間。地獄のレッスンをしますから。覚悟なさってください」
「ヒエェ……」
「まずはレオンハルト王子のお父様の名前は『アルベリヒ・ディードフリード』お母様の名前は『オーデリエ・ディードフリード』そして、レオンハルト王子の正式名は『レオンハルト・ディードフリード』でありまして、レオンハルト王子にはご兄弟が8人居られます。その兄弟の方の氏名は今回は割愛するとして……」
長々とターフェはわたしに説明する。だけどそれが全然頭に入ってこないのは、先ほどからウエストをキツく締められているからだった。
「ううう、痛い……です」
着たことのない下着。肌触りはいいけどぎゅっと締められている。こんな窮屈なのは成人式の着物以来。
「コルセットはそういうものです。で、覚えましたか?」
2人がかりでコルセットを締められているわたしにターフェは先ほどの説明を覚えたのかどうかを聞いてくる。
「ハルトの兄弟は8人ってところ……って8人!?」
「左様です。オーデリエ様の他に奥様は3人いらっしゃいますから」
ふうん、王様はたくさんの奥さんがいるのか……ってことはハルトにも奥さんが既にいるとか、そういうこと、あるのかな。
「いいえ、レオンハルト様はアリスさま以外の女性はお近づけになりませんでした。なので王様も楽しみにしていらっしゃるはずです」
コルセットを装着したあとは、淡いピンクで装飾が少なめのドレスを着る。
「華美なドレスは逆効果ですから。それにオーデリエ様の好きな色がピンクですので合わせてあります」
そのとき、部屋の隅にいた白い髭のおじいさんがわたしの前にやってきた。
あれ? 着替えなんかも全部見られてた……?
「この御方はモルガナイト様。王様付きのお医者様でいらっしゃいます」
「ふむ。身体的な部分に関しては問題がない。あとは妃としての資質を見定めてみようかの」
そういうとモルガナイトはわたしの手を取り、目を覗き込むようにする。その瞳はわたしの全部が見透かされるような、そんな感じがした。
「ほほう、これはレオンハルト王子はいい御方を見つけたものじゃ。無垢な上に大胆、そして宿命の星が非常に色濃く出ている。む……!」
「えっ? 何かありましたか?」
「いや…………王様と奥様に少々お伝えしたいことがあるので、わしは失礼するよ」
わたしの瞳の奥底に、モルガナイトはなにかを見たようだったけど、それを聞いてもわたしには教えてくれない。それどころか部屋を慌てて退室し、そのまま王様へとわたしの結果を教えに行ったらしい。
「ねぇ、わたしで大丈夫なのかな?」
「モルガナイト様がああまで慌てて王様へ報告に行くということは、アリスさまの資質がかなり良いものだったということでしょう。でも……」
油断はなりませんよ、とターフェは低い声でいい、それから会食時のマナーとこの世界での知識を叩き込まれることになった。
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