第3話 ティータイムという名の教育でした
ドレスを着てコケない程度に歩けるようになったわたしは、部屋の窓際にあるテーブルへ座り部屋を見回す余裕が出てきた。
20畳ぐらいのふわふわの薄いピンクのカーペットが敷いてある部屋は、生成り色の壁と、天井には大きなシャンデリア。そこにアンティーク調のベッドとドレッサー、それと今わたしが座っているテーブルセット。
それらが、センスよく配置されていた。
キョロキョロと部屋を見回していると、ターフェがケーキと紅茶を持ってきていた。
それを見たとたん、グウっとお腹が鳴る。
「……どうぞお召し上がりください」
ターフェは出来たメイドなのか、優しくニコリと笑ってわたしがケーキセットを食べているところを見ている。うう、なんか居心地が悪いな。
「あの、ターフェが見ているところで食べるのはちょっと……」
「いえ、テーブルマナーもアリス様の立場では重要なことですから、チェックさせて頂きます」
ヒィ……!
そんなターフェは身長が高く、髪の毛の色は深海のような綺麗な藍色。キラリと光る眼鏡はどことなく教育係であるような知的さを伺わせていた。
スタイルも抜群で、わたしより胸が大きくて羨ましい。
「テーブルマナーには問題ないようです」
ケーキはものすごく美味しかった、と思う。だけど見られながらだとその美味しさも半減してしまい、今は紅茶をちみちみ飲んでいる。でも、空腹はなくなったようで、心なしか落ち着いた気がする。
「アリス様。ドレスはいいのですが、髪型もどうにかしたほうがいいかと思われます」
ターフェは食べ終わったわたしをドレッサーのほうへ誘った。
鏡に映るのは、肩につくかつかないかの茶色い髪の毛の、普通のOLのわたしが居た。そう言えば今日の朝、遅刻しそうになって化粧らしい化粧をしていなかったんだっけ……。
下地を塗っただけの頬に、いい加減にひいたベージュ色のルージュ。すっぴんに近いその顔を見て、わたしはあと30分は早起きしようと心に決めた。
……普通の生活に戻れれば、だけど。
「ではお顔のほうからさせて頂きます。失礼します」
ターフェは手慣れた手つきで、わたしの顔に化粧を施す。使っている品物はどれもいい香りにいい素材で、しっとりと肌に馴染んだ。
化粧が終わったあとは、自分でみてもかなりいい具合の……儚げに見える10割増のわたしが居た。
「どうでしょうか? 不慣れですが……」
「いいっ! すごくいいよ! 魔法みたい!」
そうですか……とちょっと安心するターフェ。
そのあと髪の毛も結ってもらおうとしたけど、短すぎてどうにもならなかったようだった。
「ダメですね、このままにしておきましょう」
軽くブラシで漉いただけの髪の毛は、驚くほどさらっとなっていた。ターフェに聞いたらなんといのししの毛のブラシで、めったに出回らない最高級のブラシだそうだ。すごいな高級品って。わたしの100円ショップ製のブラシとは全然違う。
どこかのお姫さまのように綺麗になったわたしは、もっと鏡を見ていたかったのだけど、ターフェに姿勢や歩き方がまだなっていません、と指摘されてしまい、そのあとそれらをしっかりと習った。
「背筋にピンっと針金が入っているような気持ちで……そうです、しなやかに」
まず、ドレスの裾を踏まないように基本はすり足に近い感じで歩く。ヒールが高いものではどうにも転びそうになるので、一番低いヒールの靴をターフェに持ってきてもらった。
胸は張りすぎず、お尻も出しすぎずに凛とする歩き方をするんです、とターフェに教わったけど、今まで背中を丸めていたような生活をしていたわたしには、かなりキツい体勢だった。
……就職活動の面接を思い出してしまうよ。
「まあ慣れですから。しばらく休憩にいたしましょう」
ターフェがお茶を取りに行こうとする。そのときちょうどドアのところで小花沢さんがやってきて、ターフェと鉢合わせする。
「ああ、ついでに俺のお茶も頼むよ」
「かしこまりました」
ターフェと交代で、小花沢さんがやってきた。
そうだった、小花沢さんにいろいろ聞きたいことは、たくさんある。
「ど、どうも……」
「ああ、畏まらなくていいよ。とりあえず座ろうか」
小花沢さんに促され、わたしはさっきケーキを食べていたテーブルに、小花沢さんと向かい合わせに座る。
真正面には王子様の格好の小花沢さん。
イケメンパワーは100割マシマシで、わたしはつい見とれてしまう。
「おまたせしました」
ことん、と目の前に置かれたのは、湯飲み茶碗。淡いピンクで花のように広がっているかわいいお茶碗だった。
そこにターフェが慣れた手つきでお茶を注ぐ。
これは……日本茶だ。
それと一口づつ食べれるみたらし団子を置いて、ターフェは下がる。
「どうぞ」
小花沢さんに促され、わたしはお茶を一口飲んでみた。
……ものすごく美味しい。
「小花沢さんっ、これ、すごく美味しいです」
「そう? よかった。でも……」
ここではハルト、もしくはレオンハルトと呼んでくれ。と小花沢さんは言う。
「そ、それは名前ですよ、いきなりそれはちょっと……」
「俺も君のことはアリス、と呼ばせてもらう。だからお互い様だよ」
わたしをまっすぐ見て、にっこりしながら小花沢さん……いや、ハルトは言った。だけど優しげな態度はそこまでだった。
「名前でいちいち尻込みされてもらっては、これから先の話が進まない。だからどうでも良いことには引っかからないでくれ。君は重要な鍵なんだから」
仕事で営業先に出ていくときの、ハルトの凛々しい表情が、わたしに向けられたのだった。
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