文化祭の代休で自分の学校は休み。幸子ちゃんは病院の仕事がある日なので家にはいない。

 朝ごはんを食べた後、なぜか、パソコンを開き田上ティーチャーの勤務校をネットで調べてみようと思った。これは、おかしな行動をとるための準備行為になってしまいそうだが、まあ、調べるだけならいいだろう、と考えた。

 検索してみたらちゃんと出てきた。それはB高校だった。

 B高校の年間行事予定もネットで調べてみると本日は、普通に授業が行われている日だ。

〈よし、今日こそはB高校の前で、田上ティーチャーのやり方に反対するビラを配ってやろう〉

 案の定、変なことを思いついた。自分で自分の考えたことを「案の定」とか「変」なんて思うところがまさに変かもしれないのだが。

 非常にマニアックかつ行動的で、確かに「我ながらストーカーみたいだ」とは思うのだがどうも止まられない。軽部元校長の言っていた「ストーカー」という言葉は、ある意味では的を射ているのかなと思う。もちろん「手紙を出した場合と出さなかった場合で傷害事件が起こる確率が変わる」とは思わないのだが、今回の自分の行動に関しては、ストーカーという言葉のイメージに合っている面がある。このようにある程度は自分の心理や行動を冷静に分析できるのだが、それでもおかしな行動は止まらない。 

 まずは、ビラの文言を考えるとしよう。例によって「ヒステリックに怒鳴り上げるのはよくない」とか「恐ろしい形相で他人を自分のいいなりにさせるやり方はよくない」とか、そういった言葉を中心に構成するのがいいであろう。

 ビラを受け取るのは、B高校の生徒が中心になると思うので、やさしい言葉で簡潔に書くのがいいかもしれない。


 B高校教諭・田上典子先生の、相手が真面目に話し出すとヒステリックに怒鳴りあげるやり方はよくないと思います。

 ヒステリックにゆがんだ恐ろしい形相や強烈な叫び声などはそれほど重視せず、その場で問題になっている事柄の内容を重視して真面目に話し合う姿勢をとるように心がけるならば、田上先生にも、必ずまともな教師やまともな人間になる道が開けてくると思います。

 みんなで、田上先生が思い切って、そうした方向に180度方向転換できるように応援していきましょう。

             沢田浩一郎(高校教諭・田上ティーチャーの元同僚)


 こんな文言になった。前回の張り紙の文言と似たりよったりの内容だが、簡潔になったし、今回は生徒など田上ティーチャーの周囲にいる人向きの内容である。例によって上から目線で相手をバカにしているようにもとれる内容だけど、本当にそう思うのだから仕方がない。ちゃんと自分の名前も入っているし、こんなものでいいだろう。

 A4の大きさに同じ文章が二つに表示されるようにしてそれを印刷し、コンビニで150部コピーして、それらをすべてカッターナイフで二つに切って紙袋にいれた。

 パソコンでB高校のホームページを開けて、そこにある時程や地図の出ている画面をそれぞれ携帯電話で撮影して準備は完了。その後、午前中は本を読んだりしてのんびりしていた。

 午後になり、身支度をして、持って行くものを確認する。学校の校門前に行くのだからと思い、なんとなく黒っぽいスーツを着てみた。ビラの入った紙袋や携帯電話・財布なども、ちゃんと持った。それから、何かあった時のためにメモ帳をポケットに入れ、ペンを胸のポケットにさした。そして、生徒たちの授業が終わる午後3時半より少し前に学校に着くように家を出た。

 

 最寄り駅につくと、携帯電話で撮影した地図を見ながらB高校に向かった。

 歩いていると、例によって坂田の金時さんが登場する。今回もマサカリを渡してくれた。

 そしてホットファイブの5人も登場。彼らの歌声を聴き、「がんばって下さい」という励ましの言葉ももらった。

 前回と同じ人たちが出てきたので、今回もたぶん夢だと思うだが、わかっていても覚めないのが不思議だ。

 しばらく歩いた。だんだんと学校が近づいているはずなのだが、まだB高校は見えてこない。電信柱の表示で住所を確認し、確かに近くまで来ているはずだと思う。

 突然、正面に塀が見えた。そして4階建ての白い立派な建物も見える。

〈たぶんあれだな〉

 塀のところについて左右を見ると、左の方に門が見えた。その門のところまで行くと確かにB高校という表示がある。

〈生徒たちが出てくるまでここで待とう〉

 チャイムが鳴り生徒たちが出てきた。キチンと制服を着て、わりあい真面目そうな生徒たちだ。

「よろしく、お願いします」

 と言いながら一人一人にビラを配っていく。

 生徒たちはなぜか神妙に頭を下げてそれを大事そうに受け取っていく。そして、ちょっと見てポケットに入れたりする子が多く、なぜか首をかしげたり怪訝な顔をする子がいない。

 しばらく配っていると、地味なスーツを着て名札を付けた、中背中肉でメガネをかけ銀髪端麗な顔つきの男性が出てきた。

「私はこの学校の副校長をしているものなのだがね、ここでそんなものを配ってはいけない」

「どうしてですか」

「ここは公の場だ」

「校門の外は学校の敷地内ではないので、学校側の人間が、何かを禁止したりすることはできないと思いますが」

「君だって自分の家の前にビラを配っている人がいたら嫌だろう」

「嫌かもしれませんが…」

「そうだろう。人が嫌がることはするもんじゃない」

 「そうだろう」のところが、とても勢い込んだ言い方だった。

「すみませんが、最後まで聞いて下さい。確かに嫌かもしれないけど、その人の言論の自由は守るべきだと思うので、それに対して文句をいったりはしません」

「とにかく、ここではやめて欲しい。警察を呼ぼうか」

「それが一番いいことだと思います」

「本当に呼ぶぞ」

「呼んでください。それが本当に一番いいやり方だと思います」

「ちょっとそのビラを見せてくれるかな」

「警察は呼んでくれないんですか」

「ビラを見せてくれないかなと言っているんだ」

「これは私の持ち物なので、見せるかどうかは自分が判断します。変に文句を言ってくる人には見せません。ちゃんと言ったことは実行に移して、警察を呼んでください」

「じゃあ、本当に呼ぶぞ」

「口で言うだけじゃなくて、ちゃんと実行してください」

 ぼくはメモ帳を取り出し、「ケイサツを呼ぶことでイケンがイッチした」と書き込んだ。

「何を書いているんだ」

「『ケイサツを呼ぶことでイケンがイッチした』と書きました」

「書くのは勝手だが、いいか、ここでこんなものを配るのは、いけないことなんだ」

「『いけない』という発言をするのは言論の自由なのですが、それを検証するためには、警察を呼ぶのがいいんじゃないですか」

「警察にこだわるな」

「『警察を呼ぶ』と言ったのは副校長先生じゃないですか」

「とにかくビラを配るのをやめろ。校長の許可を得ないでここでビラを配ってはいけないんだ」

「どうして校長の許可がないと配ってはいけないんですか」

「公共の場だからだ。学校長の許可を得ないとだめだ」

「学校の敷地内ではないので、許可は必要ないと思います。学校側の施設管理権は敷地の外にはおよびません」

 我ながら、施設管理権なんていう言葉がなぜか突然出てきたのが不思議だ。なんでこんな言葉を知っているのだろうか。新聞か週刊誌で読んだのかもしれない。でも、こういう言葉を使うとますます相手を怒らせる可能性もある。言わない方がよかったか。

 と、その時、その男の顔が変形して軽部元校長の顔に変わった。

「管理主事レベルに知れたら大変なことになるぞ」

 例の強い口調と圧迫的な雰囲気で、叱りつけるように言った。研修センターで言われた内容である。

「はあ、そうですか」

 ぼくは、人間の顔が変わるのは経験済みなのでそれほど驚かず、また軽部副校長は前と同じようなことを言っていると思い、気のなさそうな返事をした。

 それに対して軽部元校長は、腹を立てながら何を言おうかと考えている様子である。


 ここで、目が覚めた。

 そこは自宅のベッドの上だった。

〈今日はスナックではないなあ〉

 そこが前回・前々回にこの種の夢を見た時とは違うが、今日も幸子ちゃんとプロレスを見に行く予定になっている。

 今日は、文化祭の代休ではなく、普通の日曜日だ。

 プロレス観戦と今まで見た夢の内容とは、なんとなくつながりがありそうと言えばありそうだ。いずれも自分が積極的の行動する夢だった。

 実際に行動するわけではなく夢で見るだけなら害はないので、別に対策を練ったりする必要はないと思うが、それにしても気になる内容ではある。

 あり得ないことのような気もするが、夢を見なくなって現実に変な行動するようになったらさすがに不都合なことが起きそうだ。

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