1学期には、中間試験の問題作成に関することでも少し印象に残ったことがあった。

 その時は、2年のリーダーの問題を作る順番だった。

 Q高校の英語科では、同学年の同じ教科書を使う試験については共通問題にしていて、それは試験問題を作る負担が減るというのが主な理由だったと思う。

 わりあいどこの学校に行っても、英語科はテキストが同じだと共通問題を作ることが多いようだ。が、教科ごとに事情は異なる。例えば日本史・世界史などの社会科の教科では教員ごとに別々に問題を作っているケースが多く、社会科の先生にこの話をすると、「社会科でそんなことをしたら、大変だ。考え方が違うことが多いから、すごい議論になって時々血の雨が降るかもしれない」みたいなことを言われる。

 作った問題のコピーを同じテキストを教えている山口先生にも一部渡したのは、試験当日の3日前だった。

 山口先生はあまり冗談を言ったりしない真面目な雰囲気の若い男性の先生。イケメンなので生徒に人気がある。教員になったのは自分の方が5年くらい早いが、この学校では山口先生は4年目で、ぼくは2年目だった。年齢は僕の方が年をとってから教員になったので、たぶん10歳以上年上である

 その学校に来てからの年数は向こうが少し長いけど、学校の先生になったのは自分の方が少し先輩で、こういう場合、たまにやや人間関係的に戸惑うようなこともある。

 高校の教員になって気が付いたのだけど、少なくとも自分の周囲の教員の世界は、「○○さんはそんな人ではない」「ベテランの先生の言うことだから間違いない」などと属人的な見方を堂々と表明する人がかなりいて、話の内容を検証するよりも「誰が話したか」が重視されることがけっこう多い。属人的に考える部分をできるだけ減らして、合理的・実証的に考えられる部分を増やそうという問題意識があまり重視されていないような気がする。「○○さんだから…」というところで思考停止が起きて、そこから先を考えることが放棄されている場面が多い。

「この問題で、何かあったら教えてください」

「わかりました」

 1日経って、山口先生が職員室の自分の机のところに来て言った。

「今度から、試験問題を見せるのは試験当日の5日前にしませんか」

「別にそれはかまいませんが何のためにそうするんですか」

「うーん、昨日見せてもらった問題はよくないんで直してもらいたいんだけど、もうあまり時間がないから、次回からもっと時間に余裕を持たせた方がいいと思う」

「そうですか、それでどこに問題があるんですか」

「1番の問題なんだけど、『こういうの』はなくして、単純に単語が前後関係なしに単独で出ていてその意味をそれぞれ聞く問題と、問題文にいくつか設問がついている問題にした方がいいと思う」

 「こういうの」というのは、教科書本文と同じ英文が一通り(10行くらい)出ていて、その下にそれを訳した日本文が同じく一通り出ていて、日本文の方に空欄があり英文と日本文を照らし合わせて見ながら空欄に適当な語を補う問題である。

「それはどうしてですか」

「狙いがはっきりしない」

「先生が言ったように変えるとはっきりするんですか」

「うん」

「単語に意味を聞くという意味ではわりあい狙いは似ていると思うけど、文脈から切り離して単語だけ単独で出ているとなにかいいことがあるんですか」

「狙いがはっきりしていていい」

「でも文脈の中での意味を聞いた方が答えが一つに決まりやすいし、単語の意味と文脈をとらえることと両方聞くことができていいんじゃないですか」

「そうとは限らない。狙いがはっきりしていた方がいい。それと2番だけど、これだって結局同じことだ」

 2番には1番と同じように英文と日本文が並べて出ていたが、英文の方に空欄があった。

「同じではないと思いますよ。1番は、日本文の方に空欄があるので、和訳・英文解釈系の問題で、2番は英文の方に空欄があるので、文法・英作文系の問題なので、その点ははっきりとした違いがあると思いますが」

 ここで山口先生は怒り出した。

「そんな話をしているんじゃない。試験問題の内容について話しているんじゃなくて、試験問題を作った人が他の教員に見せる時期を早くした方がいいと言っているんだ」

「そうですか。でも山口先生が、今回の試験問題についてよくないということを言い始めたんじゃないですか」

「とにかく、試験問題を見せる時期を試験のある日の5日前にしよう」

 と言って、イライラしながら返事を聞かずに去って行った。

〈まあ、仕方がないか〉

 山口先生を怒らせないようにしながら、両者の意見の違いについて冷静に比較検討できるような話の進め方ができるといいのだが、どうもそれがうまくいかない。

〈もう少しうまく対話が成立するようになると、勤めやすいんだけどなあ〉

〈具体的な試験問題を見て考える時間を2~3日増やすよりは、ある程度一般論として考えられる部分を見つけ、それについて普段から時間を見つけてじっくり話し合うことも大切なのではないか〉

 ぼくはぼんやりとそんなことを想いながら、机に肘をつき、そして頬杖をついていた。

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