十三
職員会議の後、予想通り校長に呼ばれた。
校長室に行き、前回同様校長と向かいあって座った。
前回と同じように、教頭はスキンヘッドを光らせながらノートを開きペンを握った。
校長はまず、さきほどの職員会議のことを問題にした。
「まず聞きたいのは、さっきの職員会議の発言のことだけど、あれは、前に話した時のような西田君に学校に残ってもらうという方向とはずいぶんずれているよね」
「はい、自分でよく考えた結果、自分の立場ではああいうふうに言うのがいいと思いました」
「そうか、でもそれだったら、前に話した時にそれも言ってもらった方がよかった」
「確かにそうなのですが、先日校長先生とお話しした時はまだ、事件が起きた直後であまり冷静に考えられませんでした」
「直後と言ったって、もうだいぶ時間が経っていただろう」
校長は少しイライラしながら言った。
確かにあの日、事件が起きたのが4時間目で校長室に行ったのは放課後だったので、時間が経っていたと言うこともできるが、同じ日だったからまだ少し動揺していてもおかしくはないような気もする。でも時間が経っていたとうこと自体は間違いではない。
「はい」
「前に言ったけど、もし『生徒に進路変更を求める』なんていうことになったら。沢田さん自身大変なことになるよ。田上さんはわかっているみたいだけど、そのことにみんな気がついていないようだ」
「そうですか。みんな気がついてはいるけど、そういうことは言うべきではないと思って言わないのではないでしょうか」
「そこは、わからないが、とにかく沢田さん自身のことにすごく関係が深いことだからよく考えてもらわないと困る」
「はい」
「それで、みんな聞きたがっているのは、『本当はどういうことだったのか』ということだ。本当にひどい暴力だから西田君を学校に置いておくことはできないのか。それとも沢田先生の方にもまずい点があったり、西田君の暴力も許せる程度のもので、ここで進路変更というのは可哀そうなのか。そこは、現場にいて今までの経過も知っている沢田さんでなければ言えない」
「正確な事実を言うのはいいことだと思うし、また正確な事実というのはたぶん一つだろうと思うのですが、解釈を伴う真実というはたくさんあると思うので、自分が言うべきことは、あくまでも表面的な事実関係を中心にするべきだと思いますが」
「うーん、ここはそんなに厳密に考えるべきではない。やはり常識的に考えてその場にいた唯一の教員で事件に直接かかわった唯一の教員でもある沢田さんがどう思うか、ということはかなり重要だ」
「そうですか。それはでも、被害者の主観的な真実なり意見なりというものはあくまでも一つの参考でそれは決定的なものではないと思いますよ。自分が言うことができるのは、自分一人の視点から編集された非常に主観的な『真実』でしかありません。被害者の主観的な見方を重視しすぎると、あの先生は殴られても我慢する人だからいくら殴ってもいいとか、あの先生はちょっと押されただけで大げさに騒いで生徒を処分しようとするから気をつけた方がいいとか、生徒が教員によって態度をころころ変えるようになりませんか。できるだけ客観的に見て、『この程度のことをしたらこういう処分』というふうに第3者が見て妥当だと思われるできる限り機械的な判断を重視することが大切だと思いますが」
「客観的に決まればそれが一番だけど、それがなかなかうまくできないから、沢村さんの考えを聞きたい。みんなも聞きたがっている。それが必要なのが今の状況です。もちろん暴力はいけないことだけど、教員だって人間だから最善の指導をするということはできないよね。もちろん私が授業をしたって最善の指導はできない。ましてや沢田さんは、まだ教員になったばかりだ。教員の側にいろいろ至らない点があったかもしれない。沢田さんの方でなにか事件が起きた背景として気がつくことはありませんか」
「背景と言えるかどうかわかりませんが、事件が起きた日は、たまたま真ん中の一番前の席に座っていた三橋君という子が休んでいました」
「それはでもあんまり関係ないと思うけど」
「彼がいないと、教壇に上がるまでに障害物がなくて簡単に来れてしまいます。それが意外と大きかった。それと、西田君が南君という一番前の列にいる友だちと話をしようとした時には真ん中一番前の三橋君の席に移動していました。そこで、席を移らないように注意した時に事件が起きました。南君が休んでいなければ席を移って注意されることもなかったので、南君が欠席していたのが今回の事件の一番大きな原因だと言えます」
「でも、それは暴力をふるってもいいという理由にはならない」
「そうかもしれませんが、原因ではあると思います」
「原因ねえ。確かに原因であることに違いはない。でも、他に何か考えられないか」
「校長先生が言われるように、確かに完璧な指導というのはあり得ないので、こちらの指導方法は改善の余地がたくさんあると思います。でも、どこをどう改善したら暴力を防ぐことにつながるかと言うツボのようなものというのはわかりません。わからないからこそ、今回のような事件が起きたのだと思います。ですから、『こういう学校には不慣れで生徒の指導の仕方がまだよくわかっていないので、よく生徒を観察してこういうことが起きないように今後注意していくべきだ』という反省はもちろんあります。でも今回の事件に関して『これ』という自分の側に明らかに責任がある事件の原因というのは、今すぐには思いつきません」
「そういう反省は大切だ。沢田さんには今回の事件をきっかけに、生徒指導と自分との関係を考え直して別人になって欲しい」
「別の人間になることはないと思いますが」
「別の人間になるというのではなくて、生徒指導の力を高めて、もっともっといい先生になって欲しい」
「確かに、考える材料が増えたということはあると思います。今すぐ具体的にどういうふうに変わればいいのかわかるわけでもないのですが、いろいろ振り返って考えてみれば何かわかるかもしれません」
「端的に『これだ』というものでなくても、『総合的に見て生徒のことや指導の仕方がよくわかっていなかった』ということでも、それなりに説得力はある。こういう学校では生徒に暴力をふるわせないような生徒に合った指導が大切だ。沢田さんは、今まで塾とか予備校とかいいとこばかりで教えていたのだから、これが今の沢田さんの状況に合う課題だ。次の職員会議では、それをちゃんと言うべきだ。そこが、他の教員が知りたがっているところだ」
「今まで塾とか予備校とかいいとこばかりで教えていたのだから」というところが叱りつけるような強い口調になっていて、どうもヤクザみたいに人格的な圧力を重視している雰囲気で嫌な感じがした。内容的にはその通りだと思うのだが、なんとなく逆らいたくなる。
それと「そこが、他の教員が知りたがっているところだ」という部分も、「他の教員が知りたがっていることが何なのかを、なんで校長先生がわかるんですか」と聞きたくなったが、そんなことを言うと校長の機嫌を損ねそうだし、簡単に答えられるような質問でもないだろうと思って聞かなかった。
一言で言えば、校長の物言いはどうも反発したくなるようなしゃべり方で、内容的にもあまり感心できる結論ではないと思った。
でも、校長も一生懸命考えて事態をうまくおさめようとしている様子だったし他にいい方法を思いつかなかったので、必要な場面では言われたとおりにすることにした。
教頭は、ぬめぬめとしたスキンヘッドを光らせながらずっと黙って下を向いたままメモをとっていて、書類の亡者のような雰囲気だった。
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