十二

 臨時職員会議の始まりを知らせる放送が入った。

 大職員室がある学校だと、教頭の机の後ろの大きな黒板に会議の時間が書いてあるし、みんなの動きを見れば職員会議があることはわかるが、大職員室がない学校だとだいたい放送が入る。

 教員が集まる場所は、全教員が入れるけっこう広くて天井が高い部屋で、大会議室と呼ばれていた。

 議長と副議長は一番奥にいて、全教員の方を向いて座わり、その横に校長・教頭が座っていて、それ以外の教員は、二列に置いてある机に横を向いて座る。議長たちの席の後ろには黒板があり、議題が書かれている。

 この学校では、議長・副議長は議長団という係が4人いてその中で持ち回りで担当していた。完全に全教員が持ち回りでやっている学校もあり、学校によって違う。

 職員の座る場所は決まっているわけではなく早い者勝ちで好きな場所に座るのだが、だいたいいつも同じような場所に同じ人が座る。

 ぼくはだいたい窓際の真ん中あたり座ることが多かった。

「それでは定刻はもう過ぎておりますので臨時職員会を始めます」

 という定番の議長の言葉で会議は始まった。

 あらかじめ配られている原案が書かれた紙があり、最初に生活指導部連絡係の大道先生がそれを読み上げてからそれについて説明した。

「『2年B組西田を本日より1週間程度を目安とする謹慎とする』原案はこれです。学校に残す方向です。合同部会でもいろいろな意見が出たのですが、この原案になりました。いろいろとわからない点が多々あると思いますので、皆さまの質問を歓迎したいと思います。できるだけ丁寧に答えていきたいと思います。担任の先生から補足説明をお願いします」

 前回の臨時職員会では「自宅待機及び個別指導。今後のことは担任が生徒及び親と話し合ってから決める」という形で、本人が自分から学校を辞める可能性もあるということを織り込んだ内容だった。今回の謹慎というのも自宅待機及び個別指導を意味していることに変わりはないのだが、一定の基準に達すればまた学校に復帰できるという方向である。

 栗山先生が発言するために立ち上がり、ややドスの利いた声でゆっくりと話し始めた。

「西田も非常に反省していてもう一度学校で頑張るチャンスを与えて欲しいということでした。父親とも話をしたのですが、父親ももう一度学校で頑張るチャンスを与えて欲しいということでした。被害者の沢田先生に対しては本人も謝り、父親も謝りました。反省文にも『沢田先生に対してはとても悪いことをした』という内容のことが書いてありました。それと、2Bではホームルームの時間を利用して生徒たちに二種類の作文を書いてもらいました。一つは『事件について』もう一つは『沢田先生についてどう思うか』、その作文を見た結果も参考にしました。ごく簡単に言えばこういうことですけど、わからないことはなんでも質問して欲しいと思います。重要な問題なので、慎重に審議することが大切だと思います」

 十秒くらいして、4・5人の手が上がり、最初に議長から指名されたのは川辺先生だった。

 川辺先生は国語の女性教員で、50歳位の昨年中堅校から異動してきた先生。肥満気味の体をゆするようにして立ち上がり、男のような太い声で話し始めた。

「まず作文のことですが『沢田先生について』という作文を書かせるのは不適切だと思いますよ。沢田先生は被害者なんですよ。それから、西田君が沢田先生に謝ったということだけど、到底それで沢田先生が納得したとは思えない。教え子から暴力を振るわれたんですよ。私がそんなことをされたら、教師を辞めたくなりますね」

 ぼくはあまり発言したくなかったが、露骨に自分の心境について言われては何か言わないわけにいかないと思い、正直に自分が思っていることを言うことにして手をあげた。

 議長はぼくを指名してくれた。

「何をもって納得と呼ぶのか難しいのですが、私は、西田君が真面目に謝っている点は評価した方がいいと思っています。もちろん、そのことだけで物事が決まるわけではないと思いますが、西田君が謝っているということに関しては、理解してあげた方がいいというふうに、自分はそう思っています」

 続いて、舛添先生という小柄な女性の音楽の先生が指名された。

「私は、この学校に来て6年になるのですが、来たばかりの頃は怖いお兄さん、お姉さんがたくさんいて、授業するのが大変だった。最近少し落ち着いてきたと思っていたけど、今の2年生くらいからまた逆戻りしつつあるのかもしれません。進路変更だけがいいとは思わないのですが、先生に暴力をふるって、タバコとかバイク登校と同じ謹慎ということだと、この学校がどうなるか心配です。何か納得のいく指導方法を示してもらえないと、学校に残すということには賛成できません」

 これに対しては、頷いている人が数名いた。

 20代男性で国語を教えている安倍先生も指名された。女子生徒から人気のある長身のイケメン教師である。

「ぼくも2年B組を教えているのですが、あのクラスは今回のような事件が起こりそうだと思っていました。ぼくも、進路変更だけがいいとは思いませんが、このまま学校に戻すことには抵抗があります。もちろんこの学校ではバイク登校や喫煙もきちんと指導していますが、それよりももっと力の入ったというかやったことに見合った指導をするということでなければ、学校に戻してはいけないと思います」

 この発言についても頷いている先生が何人かいた。

 大道先生が手を上げ、議長から指名を受けて話し始めた。

「もちろん、この事件はバイク登校や喫煙とは性質のことなる重大な事件ですから、より質の高い丁寧な指導が必要です。それについては、もちろんバイク登校などよりも丁寧に指導するということで、生徒の様子を見ながら、学年及び生活指導部で最善を尽くして指導する。ということでいかがでしょうか」

 再び川辺先生が発言した。

「最善を尽くすのなんて当然のことじゃないですか。それで具体的にはどんな案をお持ちなんですか」

 大道先生が答えた。

「『これが決定打だ』というそんなすごい魔法みたいなやり方はないのですが、でもそれはどんな生徒指導にも言えることじゃないですか。生徒の様子を見ながら一歩一歩誠実に真面目に丁寧に指導していくしかありません」

 ここで校長先生が議長に断って発言した。

「やはりこういう場合は、西田君がどんな子なのかということがとても大切であります。生徒に関することについては、どんなに話をしても話し過ぎるということはありません。担任の先生、教科を教えている先生や部活をやっているのであれば部活の顧問の先生などの西田君についての見方をよく聞いていくことで、どんな対応をとったらいいのかがわかっていくのではないでしょうか」

 栗山先生が手を上げ指名を受けて話し始めた。

「西田については、担任でもあり体育を教えているのですが、正直に言うと汚いところがあるなと思います。体育の授業でもよく教員が見ていないだろうと思うと手を抜いたりさぼったりします。そうした感心できない面は多々あります。しかし、ここで詳しく述べることはできないのですが、家庭環境を考えるとやむをえないところもあるだろうと思います。また、クラスの他の生徒から妙に好かれるところもありますし、私がわりあいじっくり話してみると素直ないいところもあります。だからと言って、重大な事件を見過ごすわけにはいかないのですが、そういった点もふまえて十分指導して反省ができたら、学校に戻すという方向もありえるように思います」

 家庭科の坂本先生も発言した。坂本先生は、この学校に10年くらいいるベテランの女性教員である。

「私は授業中の様子を言うことしかできないのですが、西田君は、最初の頃は授業にちゃんと参加しないでおしゃべりばかりしたり、そうでない時は寝ていたりでした。でも、自分の考えを書かせるような生徒参加型の授業を行う単元になると、面白い自分の考えを書いたりして授業に参加するようになりました」

 川辺先生が発言した。

「西田君というのは、栗山先生がお話しになられたように確かに汚いところがあります。こちらが甘く見ているとすぐにつけあがって、好き勝手に友だちをおしゃべりをしたりして授業妨害ばかりします。もし学校に残すんだったら、よっぽどきちんとしたすごい指導をしないと、まともな生徒として学校生活を送ることはできません」

 こんな調子で一通り授業を担当している先生が発言した。

 西田君が指導の難しい生徒だという点では概ね一致していたが、授業をする先生によって教員に対する接し方や授業中の様子が違うということもわかった。

 だが、それが今回の事件とどういう関係があるのかという点に関してはこれという意見は出なかったし、何をどう考えればいいのかという方法論について発言する先生はいなかった。また、これまでの発言を踏まえて西田君に対する指導に関して具体的な方法を提案する教員もいなかった。

 これ以上話し合っても決定的な意味なり説得力なりを持つ意見は出そうにないので、議長は採決することを提案した。

 採決前に、同じ英語科の田上先生という若い女性の先生が手を挙げた。

 田上先生のことを、ぼくは田上ティーチャーと呼んでいる。一言で説明するのは難しいが気分的にそう呼びたくなる人なのである。

 田上ティーチャーは、白狐のようなつり上がった目で管理職の方をチラチラ見ながら優等生ふうのハキハキした言い方で話し始めた。

「4年くらい前に、やはり似たような事件で、あの時は確か進路変更という結論になったのですが、今の沢田先生の立場にいたのが、もう異動してこの学校にはいない稲田先生で、稲田先生は進路変更をした子の仲間の生徒たちから朝までつき合わされたり、一時大変な目に遭ったようですよ。沢田先生にも同じようなことが起こる可能性があるということも考えにいれた方がいいかもしれません」

 ぼくはここで物事が決まらず、もう一回職員会議が開かれた方がいいような気がして、手を挙げて発言した。

「合同部会の話合いの中で西田君を学校に残す方向になった理由として、ぼくの立場を考えていただいて結論を出したという面があるということを聞いたのですが、それはもちろんありがたいのですが、ぼくの立場をそれほど重視しすぎないようにして、あくまでも学校とっていい方向ということを考えて結論を出すべきだと思います」

 大道先生がギョロリとした精悍な目でぼくを一瞥してから、やや緊張気味に反論した。

「生活指導部と学年の先生の合同部会では、沢田先生の立場に配慮したということではなく、あくまでもよりよい学校のあり方を考える中で今回の事件をどうするべきか考えて、原案のような方向を提案しました」

 このやりとりに関して他の教員の発言はなかった。

 議長が言った。

「それでは、採決をいたします。生徒の進路変更にかかわる決定事項なので、内規により三分の二の賛成が必要ということですね。はい、それでは、原案に賛成の方、挙手をお願いいたします」

 ぼくは手を上げなかった。生活指導部と2学年の先生は、合同部会で原案作成に関わったので自分以外の全員が手を上げた。それ以外で手を上げた人は、サッと手を上げのではなくやや迷いながらという感じの人が多かった。

 手を上げない人は、それとなく周りを見ている人が多かった。

 校長・教頭は無表情に成り行きを見ていた。

 まず、議長と副議長が手分けして出席物の人数を数えて黒板に数字を書いた。

 それから手を上げている人の数を数えて黒板に数字を書き、そして議長・副議長の意志を確認して数字を修正した。

「46人中22人、否決です」

 どこからともなくため息が漏れた。

 たぶんこれで、もう一回合同部会等が開かれてからまた臨時職員会議が開かれるだろう。ただし、自分があんなことを言わなくても結論は同じだったかもしれない。

「22人という数字ですから、賛成の人反対の人どちらも3分の2には達しないので、どちらに決めることもできません。今後のことですが、どういたしますか」

 という議長の言葉に対して大道先生が答えた。

「もう一度合同部会で話し合い関係各所とも調整して、再度どういう原案がいいか考え提案します」

 最後に校長先生が締めくくった。

「なかなか簡単に割り切ることができない大変難しい問題ですが、話し合う中でいろいろな大切なことがわかる面もあります。大切な問題なので全員が自分の問題だと考え、少しでもいい方向に向かうように、今後も真剣に考えて関係者にとっても学校にとってもいい結論が出るように期待しています」

「これで職員会議を終わります」

 という議長の言葉の後、三々五々教員たちは会議室を後にした。

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