十一

 次の週の月曜日もいつもと同じように朝5時40分頃に起きた。

 窓の外を見ると少し雨が降っている。

〈傘を持って行こう〉

 実家に住んでいるのだが、家を出るのが早いので家族が作ってくれた朝ごはんを食べることはない。前の日にスーパーで買ったパンかサンドイッチを出かける前か学校に行ってから食べる。その日は、家で一人サンドイッチを食べてから、普段と同じ6時10分頃に家を出た。

 外に出てみると、やはり小ぶりだが雨が降っているので傘をさした。

 いつものことだが電車は比較的すいていて、椅子が3分の1くらいしか埋まっていない。

 今日は授業が4時間あって、2年B組の授業もある。事件が起きてから初めての授業だが生徒たちの反応はどうだろうか。

 普通に授業をすることになるかもしれないが、生徒たちの反応次第では1時間事件についての話し合いになるかもしれない。授業が進まないのは困るのだが、長い目で見れば生徒たちと事件について話をしておいた方がいいのかもしれない。

 バス停を降りて山道を登りながらふと左右を見ると、全然手入れされていない樹木たちが勝手気ままに紅葉していたりしていなかったり。

 その雑然とした様子がP校の雰囲気にふさわしいのだろうか。

 

 午前中、1時間目と3時間目の授業を終えて、次の4時間目が2年B組の授業だった。

 ドアを開けて教壇に立ってみると、生徒たちの様子は普段とそれほど変わらず、いつものように三橋君が真ん中一番前の席にいる。でも、西田君がいないところだけはいつもと違う。

 出席を取り終わって授業に入ろうとしたら、予想通り「先生、西田君はどうなるんですか?」という声がした。

 それは後ろの方に座っている、斎藤さんという女子生徒だった。成績は中くらいだが、この学校の生徒としてはなかなかしっかりしている生徒である。

「うーん、それは今会議をやって決めているところだ」

「先生は会議ではどういうことを言っているんですか」

「先生は当事者だったので会議には参加できないんだ」

「ふーん、一番関係がある人なのにね」

「関係があり過ぎて、かえって参加しない方がいいということになっているんだ」

「ふーん。でも会議に参加する先生に会議以外の場所で自分の考えを言うことはできるんでしょう」

「できる」

「それでどういうことを言ったんですか」

「こないだあった出来事をその通りに言った」

「『大したことではないから西田君を許して欲しい』とかそういうことは言ってないの」

「言ってない」

「それは、暴力を振るわれて悔しかったからでしょう」

「うーん、それだったら厳しく処分して欲しいと言うんじゃないかな。そういうことも言っていないよ」

「ふーん」

「まあ、この場合、自分の思っていることは全然関係がないわけでもないけど、そんなに大事じゃないとも言える。あんまり被害者の感情を重視すると、『何されても平気な先生だったら蹴っても殴っても許される』とか『小さなことでも大問題だと考える先生に対してはなんでもはいはい言うことを聞いて触らぬ神に祟りなしでいくしかない』とかいう変なことになるからね」

「ふーん、先生、それは程度問題じゃないですか」

「うーん、程度問題かもしれないけど、基本は今言ったようなことだ」

 斎藤さんはなかなかいいところをついた質問をしたり意見を言ったりする。普段とは話の進め方・しゃべり方が違い、かなり真面目に考えているようだ。褒めたくなったが、ここで褒めるというのはどうも上から目線で感心できないと思いやめた。

 こんな調子でこの授業時間はずっと、「うーん」とか「ふーん」とかいうそっけない相づちを多用するこういった変なようでいて大真面目な言葉のやりとりが続き、他の生徒たちもなかなか熱心に聞いていた。

 この時間の生徒との言葉のやりとりを振り返ってみると、確かに自分の言い方は第三者的・傍観者的な面もある。もっと何か主体的に自分がどう思っているのか熱く語った方がいいのかもしれないが、そういうことはできなかった。そういう部分を今後どうすればいいのか考えた方がいいのだが、何を手掛かりにして考えたらいいのかがわからない。

 そのために、「結局、自分は高校の教員には向かない人なのかな」と変に冷静考えてしまうところが、また自分らしいのかもしれないが困ったところなのかもしれない。

 と思った。

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