十
次の日の日曜日は、野球部の練習があったがもう一人の顧問の先生が参加してくれる順番だったので、ぼくは1日気ままに過ごすことができた。
昼頃スポーツクラブに行って軽く水泳やウェイト・トレーニングをしてサウナに入った。
夕方からは喫茶店に行って、授業の予習をしたり新聞を読んだりした。
事件のことも考えた。
なんか大事なことを見落としているような気がするのだけれど、それがよくわからない。
明日はいよいよ西田君をどうするか方針を決めるための職員会議があるし、授業でも生徒たちと事件のことを話すことになるかもしれない。
もう一度事件の場面をおもい浮かべてみた。
何か思い出すことはないだろうかと、あの時のやり取りを振り返ってみた。
「授業中は自分の席について下さい」
「ちょっと待ってて、すぐ終わるから」
そこで「待っててじゃない。今すぐ戻ろう」と自分が言ったのだが、西田君は、その後も席に戻らず無視して南君としゃべっていた。
「もう終わっただろう。席に戻りましょー」
とさらに注意して、西田君は、一度は席に戻りかけたが、なにを思ったか、また南君のところに戻ってきた。
「こら、駄目だよ。ちゃんと戻ろう」
「ちょっとだけです」
「駄目駄目、休み時間にしよう」
ここで西田君は、突然「おいっ」と怒鳴って立ち上がり、教卓の上に上がってぼくの胸蔵をつかんだ。
という流れだ。
いつもならば、真ん中の一番前の席に三橋君がいるのだが、あの日は休んでいた。わりあいそれが大きいと思う。三橋君は体が大きいので、出席していれば座っているだけで教壇に上がるのを遮るような形になり、西田君が教壇に上がる前に考えが変わったのではないか。もし、教壇に上がってくるにしてもあの時よりは時間がかかり、その間にこちらでもどうすればいいか考える時間があったのではないか。
まあ、偶発的なことで、これを言っても本質的なことではないと考える先生が多いかもしれないが、意外と大事なことのような気がする。
事件が起きる少し前のことについても考えてみた。
西田君は『沢田先生が俺のことを動物をあやすように接するので、ふだんから腹が立っていた』と言ったそうだ。普段の接し方に問題があったのだろうか。
「まったくうるさいなー。まったくよくそんなにしゃべることがあるもんだ。前回の授業の時はちゃんとしてたのになあ」
「先生、俺前の授業の時は寝てましたよ」
確かに寝ていたことを高く評価するというのはどうも具合のよくないことかもしれないが、自分が高校時代に戻り逆の立場だったとしたら別に腹が立つというほどでもない。「変なことを言う教師だな」くらいのことは思うが、あんまり気にしないだろう。
今の高校生はナイーブなのだろうか。それとも、P校の生徒がナイーブなのだろうか。
あるいは、高校時代の自分が鈍感だったのだろうか。
自分の高校時代を思い返すと、一人も印象に残った先生がいないが、別にそれで損したとか寂しいとか思うことはない。
中学生の頃はやや微妙だが、小学生とか予備校生の頃の先生は、なかなか個性的で印象に残った先生がいた。
これらは果たして、「自分は高校の教員には向かない」という結論に結びつくことなのだろうか。
あれやこれや考えてみた。
結論としては、「今回の事件をどう考えるか」ということ関して決定的な鍵になるようなことは思いつかなかったが、三橋君が休んでいたということがけっこう重要なのではないかと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます