八
図書室に電話がかかってきて、会議が終わったことがわかったので、生活指導部の職員室に戻った。
生活指導部には中村先生がいて、会議の内容について教えてくれた。
中村先生は30歳位の男性の社会の先生である。この学校は2校目で今年異動してきたばかり。前の学校もこの学校と同じような底辺校だったと言っていた。
「結局、西田君は学校に残す方向の原案になりました。それで、今日はもう遅いので明日臨時職員会議を開いて、『無期謹慎・目安は5日くらい』ということを提案する流れになった」
それを聞いてほっとした。
「そうですか。それがいいのかもしれませんね。どんな意見がでましたか」
「沢田さんのことを心配する声がけっこうあった」
「うーん、心配してもらえるのはありがたいし全然ありがた迷惑ではないのだけど、学校にとっていい方向にいってもらいたい。『沢田のことも大事だけどそればかり気にしないでください』ということはどこかで言った方がいいかな」
「まあ、もちろん言うのは自由だけど、俺は強いて言う必要はないと思うな」
「うーん、そういうものかなあ。どうもこういう場合に、自分の立場でどういうことを考えたらいいのかよくわからない」
「そんなことわかる人はいない」
「わからなければどうすればいいのかな」
「思っていることを正直に言えば、どうにかなる…かもしれない。それしかしょうがないよ」
「そーか」
「ところで、今日富田先生がかりかりしていたけど、あの人はどういう人」
「まあ、時々生徒とトラブルを起こしていて、前に今回の事件みたいなことがあった。自分に似ているかもしれない」
「あんまり似てないよ」
「そうかなー」
「キャラクターが違う。あの人はなんか田舎の秀才女史みたいだ」
「確かに頭がいいらしい。A大学を出ている」
「やっぱり。それでどんな事件があったの」
ぼくは、1年くらい前に起きた事件のことを中村先生に話した。
あれも2学期で、まだ少し暑さが残っていたので9月だったと思う。
多くの証言で一致していることは、「富田先生があるクラスで授業を始めたときに、山田君という男子生徒が乱入してきて、いきなり富田先生を突き飛ばした」というところである。
ただし、事件が起きる前の流れに関して、富田先生と山田君で言うことが食い違っていた。
富田先生の話。
「チャイムが鳴り終わった後、授業が始まっている時間なのに、教室の窓の外に山田君が校庭にいるのが見えたので、窓際にいって山田君に早く教室にはいるように言った。それだけだったのに、何を思ったか山田君が教室に来て私のことを突き飛ばした」
山田君の話。
「富田先生の授業をしているクラスに三沢君という友だちがいる。中村先生が授業を始める時に、校庭にいる自分のことを指さして『あんなしょうもない人間にならないようにちゃんと勉強しなさい』と言っていた。その発言があってすぐ、そのことを三沢君が教室を抜けて教えに来てくれた。それを聞いた俺は頭にきて、その教室にいき、富田先生のことを突き飛ばした。突き飛ばしたのは悪かったが、ちゃんとした理由はある」
これらの食い違いに関して山田君の方が正しい可能性が高いという印象を持った教員が多かったが、どちらの言ったことが正しいのか完全にはっきりさせることはできなかった。
合同部会を1回行ったが、結論は出なかった。
管理職と三沢君の担任や生活指導部の主な先生が相談した結果、結局2回目の合同部会は開かれず、富田先生の側にも問題がある可能性は否定できず指導を行うのは難しいということで指導は行われなかった。
謹慎等の指導を行ってもし富田先生の話が間違っていたら、富田先生や管理職などが困った立場に追い込まれた可能性があるので、仕方がなかったのかもしれない。
実際、教員の中には、富田先生が事実と違うことを言っているのではないかと考えている人の方が多かったと思う。
中村先生は話を聞き終えて言った。
「どこの学校でも似たようなことはあるんだな。教室の外から授業に乱入してきたところとか、沢田さんと富田先生のキャラクターの違いとか違う点もあるし、似ている点もあるし、まあ、詳しいことを知らないのでそれは何とも言えないけど」
「でも、本質的には似ていそうな感じがしているんですよ」
「本質的ねえ。まあ、生徒指導には一つとして同じケースというのはないんだけどね」
「まあ、それは確かにそうだ」
「でも、前にそういうことがあって今回も指導しないのでは、だんだんと学校がおかしくなっていくから、進路変更になるかどうかは別にして今回指導は行われそうだから、そこはよかったんじゃないかな」
中村先生は、椅子の向きを変えて本を読み始めた。
その時ぼくは、空いている机の上に原稿用紙の束が置いてあるのに気が付いた。
「これはなんですか、読んでもいいのかな」
中村先生が振り向いて、答えた。
「それか…。それは2Bの生徒が書いたものだけど、沢田さんには見せないことになっている」
「そうか」
「うん、まあ、自分個人としては見ていけないこともないと思うんだけど、一応多数派の考えに従って、見ないようにしておいてください」
「ふーん」
たぶん、生徒たちの今回の事件についての感想文なのだろう。
どちらかと言えば見てみたいような気もするが、もしかしたら見たらショックを受けるようなことが書いてあるのだろうか。暴力を振るわれる以上にショックを受けるようなこともないと思うが、先輩たちが見ない方がいいと言うのだから、見ないでおくことにした。
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