第3話♀薄い会話
最近巷で耳にする≪女子力≫。
いったい何を持ってレベルが高いというのだろうか。
髪やメイク、外見をかわいく着飾っていれば「女子力高い~❤」と言われ、料理を作ればこれまた「女子力たか~い」。
全く、バカの一つ覚えのように女子力という言葉を乱用をする。
料理が出来る、掃除が出来る、気が利く…
それを全て≪女子力≫という言葉で表現するならば世の中の“かぁちゃん”の女子力は高すぎて、計測不可能レベルではないか。
しかしながら、エコバックを持ってママチャリに乗って自分の事を二の次にして、家族の為に奮闘する“かぁちゃん”に向って「女子力髙いですね」と表現する人はいない。
すなわち女子力レベルを測定する基準は、≪外見≫ということになるのではなかろうか。
なんて事を、コーヒー片手に笑香は考える。
生物学上、女子に分類される笑香ではあるが、≪女子≫という生き物がどうも好きにはなれない。
群がる、グループを作る、心の中でのマウンティング。そして、上辺だけの褒め合い…そこに≪言霊≫はない。
笑香にとって、女子達の会話はコピー用紙よりも薄いものにしか思えない。
久々に会えば≪忙しい≫≪大変≫のオンパレードで、そんな屈強の中で健気に頑張る私≪可哀相でしょ≫≪すごいでしょ≫と、相手の言葉を自分が欲しい方向に導こうとしているのがバレバレで、笑香はあえてその言葉とは違う言葉を投げかけたくなる。
―可愛げのない女―
幾度となく浴びせられてきた言葉。そしていつしか自分自身でも、自分の事をそう思うようになった。
―可愛く、立ち振る舞わなきゃー
その思いは笑香を追い込み、笑香をどんどんと不器用な世界へ引きずり混んでいく。
笑香は≪女子≫とやらが好きにはなれないが、自分の性別を否定しているわけでもない。
そして、群がる、グループ化する、マウンティングする女子達を否定する気もない。
ただその姿を、全ての≪女性≫に求めるなと思うのであった。子どもの頃は、正直苦労してきた笑香ではあるが、大人になった今は随分と楽に立ち振る舞えるようになってきた。
しかし、三十路の仲間入りをしてしまった今、またしても≪女子≫という生態に悩まされつつある。
―結婚―
という言葉が≪逃がすものか≫と笑香を追いかけるのだ。取引先の社長、上司、同僚、友人…実家に帰れば、親・姉…。
笑香自身も、結婚について考えないわけではない。出来る事ならば親の作った≪家族≫ではなく、自分自身で≪家族≫を作りたいと思っている。
―何の為に結婚するの?―
笑香は幼少期から≪大人≫になる事にえらく憧れた。いや…早く≪大人≫にならなくてはと思い、自分の思い描く<大人像>に近づけるよう振舞ってきた。
困った時、傷ついた時…一人で抱え、ある程度、問題点が見つかり、解決策が見えてから人に話すようにした。
そう、感情をぶつけることはしなかった。そういった態度に周囲は≪良い子≫だと言い親、姉は≪可愛げがない≫と言った。
自由奔放な姉は、自分のやりたいようにやり気に食わなければ行方を晦まし、親に心配をかけることも、しばしばあった。その度に追い詰められた母は、笑香に支えを求める。姉とは歳が離れている。
―支えられる人=大人―
笑香の大人の方程式。幼少期から≪しっかり者≫を求められてきたはずなのに、世の男性はある程度の年齢になると女性に≪甘える事≫を求めてくる。
―甘えられない=可愛げがない=モテない―
と周りからつつかれる状況に笑香は飽き飽きしている。
―鬱陶しい―
そう思いながらも、笑いながら答えるその瞬間、自分も≪女子≫の素質を持っているなと密かに思う。
―お前の語る恋や結婚に意味はあるのかー
さっきから、恋人の居ない笑香にひたすら
「幸せになってくださいね~」
と言ってくる後輩に、笑香は内心毒づいた。
「私、結構幸せなんだけど…」
出かかった言葉を笑香は飲み込む。
恋人の居ない、独身三十路女性は、二十代の女子からしたら一括りに≪不幸せ≫に見えるらしい。
言い返した所で、見栄を張っているようにしか見えないであろう。
そんな薄く味気ない考えに、自分の人生観や結婚観をやすやすと口にして穢されたくはなかった。
―早く、家に帰ろう―
恋愛話に花を咲かせる後輩達を置いて笑香は店を出た。後輩達の不満や悩みを聞くのも副編集長の笑香の仕事ではあるが、どうも彼女達の恋愛トークには慣れずにいた。
彼女達が用意してくれた店は、笑香には馴染のない場所にあったため、笑香は少し散策をしてみることにした。夜はまだ浅く、時計は20時過ぎを指していた。少し歩くと、窓からこぼれるオレンジ色の光が飛び込んできた。
―なんだろうー
何のお店なのかも分からぬまま、笑香は引き寄せられるかのようにドアを開けていた。
「いらっしゃいませ」その声に、ハッとし周囲をさりげなく見わたし、ようやく此処が美容院であることを認識した。
―どうしよう―
カットもカラーリングも行きつけの美容院で先週済ませたばかりだ。かと言って何もせずに美容室を後にすることも出来ない…
「ヘットスパ、お願い出来ますか」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
小さく区切られた一室にイスと鏡。そして、シャンプー台があった。1度イスには座れば仕上がりまで席を立つ必要ない造り。
大げさではないが、少し特別な空間とも言える。
椅子に座って、少しすると若い男性美容師がやってきた。簡単な挨拶を済ませ、椅子を倒し彼はマッサージを始めた。笑香の頭皮に彼の細くひんやりとした指が触れる。
軽くお酒を飲んでいた兼ね合いもあり、少し火照っていた笑香にはその、ひんやりとした指が気持ち良かった。
後輩達との付き合い、上司の愚痴、部下の悩み…息抜きに友人と会えば、旦那やこどもパートの愚痴を聞かされる。
笑香の頭は自分でも気づかないうちに、カチカチに凝り固まっていたようだ。
そんな、カチカチの頭で考えていた
―シアワセってなに―
答えなんて出るはずもない。彼のひんやりとした指先が、少しずつ少しずつ、笑香の頭皮を揉み解していく。ついつい≪はぁ~≫と吐息が出てしまいそうになるのを、笑香は必死に堪えた。
初めて入った美容室。初めて会った人。初めての指先。全てが初めてのはずなのに、初めてのように思えない不思議な感覚。
―自分の不安や弱さが全て、この男は全て知っているのではいないだろうか。―
とすら錯覚するほど彼の指先は笑香の疲れたポイントを静かに押し当てる。そして、楽にしてくれる。
「お疲れ様でした」
本来であれば、現実に引き戻される瞬間のはずなのに、不思議だ。この一言が、笑香の心にまた魔法をかける。
―私、疲れてたんだ―
≪心が疲れる≫なんてこと考えたこともなかった。笑香は自分自身の感情よりも、自分の周りにいる人々の感情にいつの間に操られていた。
いい人や良い子になりたかったからかもしれない。
美容室を出た笑香の鼓膜の中で、美容師の言葉がこだまする。
笑香の足取りは軽く、普段は決して一人で入ることのないBarへと笑香は消えていった。
≪女子力が低い・高い≫なんて、もう気にならない。周りにどう思われても、何を否定されても笑香は変わらない。
≪好きなものは好き≫で≪嫌いなものは嫌い≫そして≪女子達の秋空のような付合い方≫は出来ない。
―無理をして、輪の中に入らなくていい―
ひとりという時間が、笑香を真の笑香へと連れ戻してくれる。
明日からは、彼女たちの会話すら
<可愛い>ものだと思えるだろう
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