番外編
月のような君
君と僕とが出会ったのは、僕が母に無理矢理舞踏会に連れて行かれたときだった。
「ねぇ、ライル、見て。あの子がアタシの一番弟子なのよっ」
煌びやかな装飾、上っ面だけの会話。全てに飽きていた僕には、君のその真っ白な純粋さが輝かしく見えた。
銀色の長髪が神々しく輝き、全てを見透かしたような青い瞳は真っ直ぐと歌に向かっていて。
その声に、その姿に。僕は心を一瞬で奪われた。
□■□
「リノラちゃん。とってもいい演奏だったわー」
「あ、ミラさん。……と、そちらの方は?」
「はじめまして。ミランティール・クロフォードの息子のライル・クロフォードと言います」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。リノラ・クランディール、と申します」
演奏を終えた彼女に話しかける。すると優しそうに微笑んだ。母には悪いけど、僕的には彼女と二人きりで話がしたい、という気持ちが強い。
リノラ。
舌の上でその綺麗な名前を転がす。なんとも言えず心地良い。
すると母は、女嫌いな僕が一目惚れしてしまったことに気付いたらしい。直ぐににやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「……あらあら。アタシはどうやら、お邪魔なようね~」
「? ミラさん?」
目を瞬かせる彼女には悪いけど、母には退席頂こう。
「アタシはあっちにいますから、何かあったら声をかけて頂戴ね。それじゃあ」
「えっ」
母が席を外したことを良いことに、僕は彼女と一緒に踊ることを決めた。
「宜しければ、一曲踊りませんか?」
「あ、の……わ、わたし、あんまり上手く踊れないのですが……」
多分、普通の家庭から歌姫(オペラセリア)になったんだと思う。だからこういう社交の場はあまり得意じゃなさそう。
でも僕はこれでも、侯爵家令息だ。
「大丈夫です。僕がリードしますから」
「……わ、わかりました」
見るからに固まっている彼女はとても可愛らしい。
すると、ワルツが流れ始めた。
ぎこちなくも作法通りに手を置く彼女。思わず苦笑する。
「リノラさん。踊りは楽しむものですよ。ですからそんなに固くならなくてもいいんです」
「……あ、足を踏んでしまうかもしれません」
「大丈夫です。これでも僕は、侯爵家令息ですよ? それくらいはリードできます」
周りからの視線が一気に集まるのが分かった。まぁ確かに僕がこんな場所で踊るのは、珍しいのかもしれない。
しかし彼女は踊りに精一杯なのか、その視線に気がついてはいなかった。
音楽に合わせて、滑るように足を運ぶ。
「……あ、れ。やりやすい、です」
「よかった。リノラさんも上手ですよ」
「お、おかしいですね……前にやったときは、転けそうになってしまったのに」
それはパートナーであった男の出来が悪かったのだ。思わずイラリとする。良くいるのだ。あまり上手くないくせに、踊りたがりな男というのは。
こういった踊りの場では女性が主役だと僕は教わった。男性は女性が動きやすいようにリードするのが役目なのだ。
「ところでリノラさんは、どういった経緯で歌姫(オペラセリア)に?」
「あ、はい。庶民の出にしては魔力が強かったのがはじまりです。それから歌姫の適性があることが分かって、歌姫(オペラセリア)になりました。歌うことは昔から好きだったので、楽しいです」
はにかむ彼女がとても可愛らしい。
歌姫(オペラセリア)というのは、歌を媒体として魔術を生み出す特殊な魔術師だ。
普段はこんな風に、普通の歌姫としての役割も担うけれど、いざとなれば戦える。魔術師として必要な触媒を利用しない彼女たちは、国としてはかなり貴重なのだ。
僕の場合は母という例外がいるけれど、歌姫(オペラセリア)はあまり結婚しない。理由は分からないけれど、子を成すより国のために働け、という概念が強いからだと思う。さらに言えば魔力が強い歌姫(オペラセリア)は基本、同レベルの魔力を持つ者でないと結婚出来ない、という規制があるからだ。
その点でいけば、僕とリノラは大丈夫だね。
ワルツも終盤に差し掛かる。はじめのほうより幾分も楽しそうな彼女を見ているのは楽しい。自然と笑みが浮かぶ。
そんなときだった。
会場の明かりが一斉に消えた。
会場が一気にざわめいた。
「ど、どうしたんでしょうか?」
「……ただの停電だったらいいんだけどね」
いや、そんなわけがない。
でもどさくさに紛れてリノラを抱き締められたのは嬉しい。このままずっと抱き締めていても飽きないと思う。
「……取り敢えず、明かりを付けましょうか」
そうぼやいたリノラは、どこからともなく何かを取り出した。てのひらにおさまるくらいの小さな粒だ。
「それは?」
「ああ、触媒です。作るのが好きなので、こういうの作るんです。歌姫(オペラセリア)らしくない、とかは言われますが」
苦笑する声が聞こえる。まだ闇に慣れていないせいか、表情が伺えないことを残念に思った。
「……風の歌を讃えます」
「……わたしは貴方に応えます」
そんな歌と共に、彼女は幾つもの触媒を大きく放り投げた。
刹那、触媒が輝き出した。
それは会場内の天井にまんべんなく広がってゆく。
「風の歌の簡略版ですが、これで取り敢えずは持つと思います」
「……リノラさんは意外に、行動派なのですね」
「……親友にもよく言われます」
リノラが生み出した明かりがついたせいか、会場内は一先ず落ち着いたようだ。
「ライル、リノラちゃん、大丈夫!」
すると母上が小走りでやってくる。少しだけ腹立たしい。リノラは僕のものなのに。
「はい、ミラさん。ところでどうしたのですか?」
「……賊が入ったそうよ」
「……賊?」
思わず低い声が零れる。たかが賊如きが僕とリノラとの時間を邪魔するなんて……万死に値するよね?
「そう。賊がどうやら、この屋敷全体の電気線を切ったみたい。取り敢えずリノラちゃんのこの明かりで会場内はどうにかなりそうよ」
「始末は?」
「騎士たちが取り急ぎ行ってるわ」
まさか王家が主催する舞踏会にやってくるとは思わなかった。
僕はその賊たちを哀れみはしたが、許そうとは思わない。
「母上。僕も行ってきます」
「……本気?」
「勿論」
というより、その賊に鬱憤を叩きつけなければ気が済まない。
すると何故か、リノラが手を上げた。
「なら、わたしも行きますっ!」
……先ほどの件で行動派だとは思っていたけど、まさかついてくるというとは思わなかった。
久しぶりに困惑する。すると母上が彼女を止めてくれた。
「リノラちゃんはダメよ。ここにいなさい」
「……ですが」
「もし怪我人が出たときに対処するのがアタシたちの仕事よ」
その言葉に、リノラは渋々ながらも了承した。
直ぐに彼女の元に帰ってこよう、と決める。
そして僕は会場から出て、荷物を置いてある部屋に行って剣を取ってきた。
魔術を使って浮遊した明かりをひとつ灯す。そのまま歩いていたら、騎士のひとりと鉢合わせた。
「……賊は?」
「それが……あまり状況は芳しくないようでして」
役立たずが、と舌の上だけで転がす。ああ、面倒臭い。僕はリノラとの時間を大切にしたいんだよ。
どうやら意外にも強い賊に手を焼いているらしい。ひとつに囲って集めたはいいものの、全てに始末をつけられていないんだとか。
僕は笑顔でその場所にまで案内させた。こんな面倒なことはさっさと終わらせたい。
その場所についたときの感想は、馬鹿なのだろうか、の一言だった。
どうやら魔術を使える人材がいないらしい。無力化が追いついていない。
僕は手元の触媒を握り締め、笑った。
「とっとと消えてくれないかな」
──この先の話は、まぁ無事に賊は全て捕まえた、とでも言っておこうか。
□■□
賊を捕まえた後、リノラはウチに泊まることになった。夜遅いから帰り道が心配だと、母上がごねたからだ。
流石母上。空気が読めるね。
空は夜空が光っている。
同じ馬車に乗れた僕は、なかなか舞い上がっていた。
すると、肩に重みを感じる。
見れば疲れたのか、リノラは眠っていた。
そんな愛おしい彼女の寝顔を眺め、そっと瞼に口付けを落とす。
「リノラ……もう離さないから、覚悟してね?」
愛しい君の寝顔を眺め、僕は空に輝く月を見上げる。
君の全てが僕のものになればいいのに。
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